第2話 修行と魔女
突然空から落ちてきた魔女のキリンは、僕のベッドでしばらく寝た事でかなりの体力を回復させていた。顔色も良くなったし、目にも光が満ちてきた感じだ。ベッドから起き上がると、すぐに部屋にある本を読み始めた。
「知らない世界の本だよ、読めるの?」
「それを言うなら、知らない世界の者同士が普通に会話出来ておるじゃろ?」
「それって魔法なの?」
「だから、今の我に魔力はほぼない。これはマジックアイテムの力じゃ」
キリンは僕に指輪を見せてくれた。見たところ、特に変わったデザインが施されているようには見えない、ただのシンプルなリングだ。彼女いわく、素材自体に術式が埋め込まれているのだとか。
「つまり、無理なく本が読めるのじゃ」
「便利だなあ……。あっ」
本が読めると言う事で、僕はこの小さな魔女に魔導書を差し出した。どうせ読むならこの本を解読して欲しかったのだ。僕から本を受け取ったキリンは、その内容の中身を見て目を丸くする。
「これは……我が書いたものじゃぞ。何故ここに?」
「えっ? じゃあこのサインってキリンって書いてあるの?」
「う、うむ。そうじゃのう……」
何か奥歯にものが挟まったような返事だったものの、今は突然の情報に動揺しているからそうなったのだろうと受け止める。とにかく、これで僕の魔法修行が一気に進む事が確定した訳だ。
次は、彼女を家に置いてもらう方法を考えよう。
「うーん。両親には何て言えば……」
「正直に話せば良いじゃろ。嘘はバレた後のダメージが大きいぞ」
「そうなんだけど……そうだ!」
僕は今思いついた設定を説明する。まず、キリンは記憶喪失になって家に迷い込んで倒れていた。話を聞くと断片的な事は覚えていて、それが魔法を研究する学者だったと言うもの。
それで、記憶が戻るまでの間、家に置いて欲しいと頼まれた――。
「……ってのはどうかな?」
「お主、それをさっきの間に思いついたのか? 詐欺師の才能の方がありそうじゃ」
「ヤダなぁ~。そんな褒めなくても~」
僕が照れ隠しに頭をかいていると、彼女からの冷たい視線が突き刺さる。どうやら皮肉だったみたいだ。僕は軽く咳払いをすると、早速両親の説得をするためにキリンを連れて部屋を出る。
両親の前に立った僕は、海外の人みたいなオーバーリアクションをして彼女の窮状を訴えた。
「記憶喪失かぁ。そいつは大変だ」
「病院に行った方がいいんじゃない? 私、連れてってあげるけど」
「いや、そう言うんじゃ……」
「全く、我に任せよ」
話がうまく行かなくて困っていると、キリンは右手を広げて両親に見せる。その時、手が一瞬光った気がした。きっとマジックアイテムの力を使ったのだろう。次の瞬間には、もう両親は彼女を受け入れていた。
「キリンちゃん、いつまでいてもいいからね」
「早く記憶が戻るといいわね」
「ざっとこんなもんじゃ」
ドヤ顔で胸を張るキリンを見て、僕は小さく拍手をする。こうして、空から突然現れた小さな魔女は、僕の家の居候になったのだった。
家の中で何の役割を持たない彼女は、積極的に家事の手伝いをするようになる。現実主義者の母と魔法使いのキリンでは考え方自体が合わないんじゃないかと思ったものの、意外と馬が合うみたいだ。記憶喪失設定なので、文化の違いもうまくすり合わせが出来ている。
僕は、2人が仲良く笑い合っているのを見て安心した。
「で、マーガレット殿。これはどうすればいいのじゃ?」
「それは私がやるから。キリンちゃんは食器を出しておいて」
「了解じゃ」
今は朝食の準備。最初はキリンも料理の手伝いをしていたものの、分量を間違えたり、加減を間違えたり、砂糖と塩を間違えるなどのヘッポコさを発揮して、料理はお役御免になっていた。
他にも色々失敗続きだったので、魔法の修行の時間にそれとなく聞いてみる。
「キリンってやっぱ見た目通りの年齢なの?」
「は? 我は今年で800じゃ。バカにするでない!」
「嘘? あんなに家事失敗してるじゃん。今までどうやって生活してたの?」
「今までは魔法でチョチョイのチョイじゃったのじゃ……」
彼女はそう言うとまた淋しそうにうつむいた。現代風に言えば、今まではルンバが勝手に掃除をしていたから、掃除の方法とか知る必要がなかった的な話なのだろう。方法を知らなければ、失敗が続くのも納得だ。
僕が勝手に想像して同情していると、キリンからの軽いげんこつが僕の額にヒットする。
「何をぼうっとしておるのじゃ、早速行くぞ」
「はい、師匠!」
そう、彼女に家にいてもらう目的は、僕の魔法の先生としてと言うものだ。テキストは彼女が書いたと言う、我が家にあった古い魔導書。
別の世界から来た彼女の書いた本がこの世界にあると言うのも不思議だけど、そうだとしたら本文も向こうの言葉のはず。何故日本語で書かれているのだろう?
「つまり、この本は写本なのじゃ。我の世界で書いた本がインスピレーションを通じて誰かの頭に転写されたのじゃろう。それを訳して現地の言葉で書いたと言うものじゃよ」
「そう言う事ってあるんだ」
「現にこの魔導書が証拠じゃろうが」
キリンは僕の軽い質問にも明確に答えてくれる。やはり世界が違うので直接的な繋がりはないみたいだ。この魔導書の謎を解くにはやはり僕の先祖を入念に調べるしかないのだろう。
ただ、そう言う方面に興味はなかったので、それはそれと割り切った。
流石現役の魔女だけあって、キリンの授業はとても分かりやすかった。1人では中々読み進められなかった部分も、分かり易い言葉に言い換えてくれたり、例え話にしてくれたりして、どんどん内容が頭に入ってくる。理解が深まるごとに、自分でも魔法を使えるような確信を深めていった。
勉強に集中していると、ノックもなしに部屋のドアが開く。
「そろそろ休憩にしない?」
「うむ、ちょうといいタイミングじゃな」
入ってきたのは母だ。お盆の上に飲み物とお菓子が乗っている。どうやら勉強をしていると勘違いしているようだ。まぁ勉強をしているのは間違いないけど。
母はお盆に乗せていたものを降ろすとニコニコ顔ですぐに部屋から出ていった。何の勉強をしているか聞かれたらボロが出るところだったから、すぐに退場してくれて僕は胸を撫で下ろす。
僕が夢中でお菓子を食べていると、キリンがじいっと顔を見つめてきた。
「お主、意外と飲み込みが早いのう」
「そう? じゃあすぐに魔法使えるようになるかな?」
「まだ早いわ」
調子に乗った僕は彼女から軽く小突かれる。どうやら、しっかり魔法理論を学んでから実践した方が効率がいいらしい。魔法は失敗すると辺りの物を予想外に破壊したり大怪我をする事もあるので、そう簡単には実践出来ないのだとか。
「座学はつまらんか?」
「そんな事ない。知らない事が分かるようになるのは楽しいよ」
「お主は良い生徒じゃ。教え甲斐があるわい」
僕達はお互いに笑い合う。学校の授業と違って、好きな事を学ぶのは本当に楽しい。それに、この勉強は極めれば魔法が使えるようになると言うご褒美まである。熱が入らない訳がなかった。
こうして、楽しい時間はゆっくりと過ぎていくのだった。
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