空から落ちてきた物語 魔女編
にゃべ♪
第1話 力を失った魔女
僕は何の特徴もない普通の14歳の少年だ。何か特別なものになりたかったけど、でもそう言うのはごく一部の人間だけだって言うのも分かってる。
話は変わるけど、僕の住んでいる家はかなり古い家で、たまに不思議な気配を感じる事がある。歴史のある家って言うのはきっとそう言うものなのだろう。
ある日の日曜日、僕は父の書斎に侵入した。目的は本棚だ。書斎には2種類の本棚があり、ひとつは最近のもので、もうひとつはすごく古いもの。最近のものには最近の本が収まっていて、あんまり興味はない。そして、古い方に並んでいる本は背表紙からも何の本かは分からない。
子供の頃に一度手にとって中身が分からず戻した事があったけど、今回はそれを攻略しようと意気込んでいた。
「え~っと……これに決めた!」
僕は古い本棚に並ぶ謎の本の中から一番引き抜きやすい位置にあるものを抜き取る。そうして、パラパラと中身を確認。古い本のはずなのにちゃんと文字は読め、その内容に驚愕した。
「これは……魔導書ッ?!」
そう、本に書いてあったのは魔導理論と魔法陣と呪文の数々。この本がいつの時代に書かれたものか分からないけれど、普通の人が簡単に手に入れられる本でない事はすぐに分かった。本の最後のページを確認したところで、この直感が正しかった事を確信する。
「やっぱりだ。市販本じゃない……」
この本には普通の本にあるはずの奥付が書かれていなかった。つまり、書店で売っていた本ではなく、自分で作ったか、誰かが個人的に作ったものを譲り受けたりして手に入れたものなのだろう。
ちなみに作者名はあったものの、特殊なサインで書かれていて全然読めなかった。
内容が魔導書なだけに、その特別感も半端ない。もしかしたら世界に一冊しかない本かも知れない。他に並んでいる本は図鑑が多く、読めない文字で書かれているものもあった。ヴォイニッチ手稿みたいなものだろうか。こんな本が我が家にあっただなんて。
結局読める言葉で書かれていて、しかも何とか理解出来そうなのは最初に手に取った魔導書一冊だけ。後の本は読めても意味が難解で1ページも読み進められなかった。
魔導書を手に入れた僕はすぐに父親を探す。休日だから歩きまわればすぐに見つかるはずだ。案の定、庭で花に水をやっているところを発見する。
「父さん、書斎に魔導書があったんだけど」
「おおロバート、ついに見つけたかあ」
「なんでこんな本があるの?」
「それは我が一族に代々伝わるものだ。驚くなよ? ウチの先祖は魔法使いだったんだ」
父は僕の知りたい事を全て話してくれた。僕の両親は父親が日本人で母親がイギリス人。母方の方の先祖に魔法使いがいたのだとか。
今僕達が住んでいるこの家は母方の親族が建てたもので、そこに後で僕達一家が移り住んできたのだそうだ。
「父さんは魔法が使えるの?」
「いや、残念ながら。お前が手にしている本を初めて読んだ頃は修行に励んだものだったけどな。どうやら父さんに才能はないらしい」
「僕なら出来るかな? 母さんの血が入ってるし」
「どうだろうなあ。母さんの一族が魔法を使わなくなって数百年って話だから、あんま期待しない方がいいぞ」
父はそう言って笑う。話を聞いた僕は、自分の内側から湧き上がってくる謎の自信に突き動かされた。この時、僕には魔法使いの才能が眠っていると、どうしようもなく信じてしまったんだ。
父に頼れない以上は母だと、僕はリビングでネトフリのドラマを見ていた彼女に魔導書を見せる。
けれど、母は父より更に現実主義者で、魔導書自体を本物だと認定してくれなかった。
「こんな誰が書いたか分からない落書き、ロバートは信じてるの? ああ、今はそう言うアレだったっけ。そう言うの、早く卒業した方がいいわよ」
「もういいよ!」
お菓子をポリポリ食べながらの母の嘲笑に耐えきれなくなった僕はすぐにその場を離脱。とりあえず自室で魔導書を読み込む事にする。
しかし、この本の内容が上級者仕様だったために中々ページを読む指が進まなかった。
「なんで初心者用のコーナーとかないんだよ……」
それでも何とか分かるところも出てきて、その部分だけを何度も熟読する。僕が最初に出来そうだと感じたのは召喚魔法だった。召喚と言うと、魔法陣に向かって呪文を唱えて悪魔とか妖精とかを呼び出すアレだ。
すぐに部屋の床に紙を並べて魔法陣を書いてみたものの、ここで実践していいのかと思いとどまる。何かアクシデントがあった時、自室は危険な気がしたのだ。
僕の魔法研究は独学だ。つまり師匠がいない。と言う事は正解が分からない。手探りで続ける以上、成功は膨大な失敗の末に導かれる。長丁場になる事を覚悟して、僕は部屋を出た。
召喚魔法をするなら広い場所が必要だ。僕は家の周りを見回して庭の隅っこを研究場所に定め、そこに改めて魔法陣を描く。
「これでヨシ! 千里の道も一歩から作戦開始!」
こうして、僕の魔法研究は本格的に始まった。何度も失敗を繰り返して、手応えを全く掴めないまま一週間が過ぎていく。でも全然あきらめる気にはなれない。それどころか、やればやるほど今度こそ成功するに違いないと謎の自信を深めていった。
召喚魔法の実践を初めて8日目、いつものように召喚術の儀式をしていると頭上に暗雲が立ち込めてきた。今までこんな事がなかったため、僕の手は興奮で震え始める。
「やった! 今度こそ成功だ!」
しかし暗雲は頭上に留まっているものの、何も召喚される気配はない。もしかして、ただの自然現象を勘違いしただけなんだろうか。僕は空を見上げ、暗雲の正体を確認する。
雲はぐるぐると渦巻いていて、とても自然現象で出来たものには見えなかった。
「こんなにおかしい雲、初めて見るんだけどな……」
その時、雲の中から強烈なフラッシュが何度も炸裂したかと思うと、何かが落ちてきた。僕はその正体を確かめようとじいっとその一点に集中する。だんだんその正体が目視出来るようになってきて、僕は驚いた。
今まさに地面に激突する勢いで自由落下している存在は、ホウキにまたがった黒装束の女の子だったからだ。
「魔女ォ~?!」
僕に力があれば落ちる魔女を助けに動けただろう。しかし何の力もない僕は一歩も動けなかった。
動けたところで、そのまま彼女にぶつかったらお互いに無事では済みそうもない。
「ごめんっ……」
僕は何も出来ない悔しさに強くまぶたを閉じた。地面に激突してぺちゃんこになる姿を見ていられなかったのだ。視界を闇に移して数秒。聞こえてくるはずの衝撃音が聞こえず、僕はまぶたを上げる。
そこにあったのは、地面激突まで後数センチと言う所で空中停止する魔女の姿。どうやらギリギリで意識を取り戻して、魔力を逆噴射して衝突を免れたらしい。
「ほ、本物だ……」
落下の勢いを完全に消した魔女は、そのまま召喚魔法陣の上に落ちる。地上数センチからの落下なのでほぼノーダメージだろう。僕はこの落ちてきた魔女をお姫様抱っこして自室に連れ戻る。そうして、ベッドに寝かせて改めて彼女をじっくりと観察した。
見た目は10歳くらいの幼女。金髪のロングヘア。魔女の着るような黒い服に黒い大きな帽子、そして黒いブーツ。透き通った白い肌――。その頬に触ろうとしたところで、彼女のまぶたがカッと見開いた。
「何をしようとしておる変態! て言うか、お主は誰じゃ?」
「僕は金谷ロバート。君は僕の目の前で空から落ちてきたんだよ。覚えてない?」
「そうか……。我名はキリンじゃ。我は魔力を失う病にかかっておってな……」
魔女、いや、キリンはそう言うと視線を床に落とす。落下していたのは魔力をなくしたからだったようだ。僕は、魔女だって魔法が使えなければ人間と一緒だよなと同情する。あのまま力が復活しなかったら今頃は――。
けれど、初めての本物の魔女との出会いに僕の心拍数はどんどん高まってもいた。
「キリンさん、僕の師匠になってください!」
「は? 何を……」
「僕、魔法使いになりたいんです。どうかお願いします!」
キリンは、僕が差し出した右手を気味悪そうに見つめている。いきなり申し込んだんだ、戸惑うのも当然だろう。しばらくの間、僕は手を差し出したまま硬直する。本気具合を見せるためだ。
長い沈黙の後、彼女は僕の手を取らずに視線を窓の外に向ける。
「ところでここはどこじゃ? 我の知る世界ではなさそうなのじゃが」
「ここは日本で、舞鷹市と言う地域です」
「日本とな? じゃあ我は次元の壁を破って異世界に落ちてしまったのか。これでは帰れぬ……なんて事だ」
キリンは自分の置かれた状況を秒で理解して頭を抱える。流石は魔女、頭の回転が早い。そして、それは僕にとってチャンスでもあった。
「それじゃあ、僕がこの世界での生活を保証します。帰れるようになるまでここにいてください。それで、あの~」
「分かった。お主の魔法の師匠じゃろう。素質があるなら見てやる、無能ならあきらめるのじゃぞ」
「やったー!」
こうして、魔女のキリンは僕の魔法の師匠になってくれたのだった。
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