マジカル・エボリューション!#1★魔法の使い方間違ってる?★

埴谷台 透

マジカル・エボリューション!#1★魔法の使い方間違ってる?★

 アスタリア王国魔法学園寮の裏手のボロっちい倉庫。

 その中でかがみこんで何やらせっせと作業をしている少女の後ろ姿が見える。

 赤毛がモジャモジャ頭のツインテール。そして魔法学園の初等科の制服。年頃は12、3歳といったところか。


 「おっしゃ! どうだこれは!」


 少女は手にしたものを掲げて見据えみすた。

 それは光を放つほど磨かれた木製の歯車。

 彼女は振り向くと、奇妙な箱に近づきまた腰を落とす。

 おでこを出して茶色いカチューシャで押さえ込んだその髪型はどうしょうもなくあちこちはねている。

 そんな彼女の顔には針に糸を通そうとしている時のような表情が浮かんでいた。


 「この最後の歯車を、こう!」


 彼女は手にした歯車を奇妙な箱にはめ込んだ。

 その顔は期待に満ちている。


 「では、起動実験に入ります! はっ! 了解しました!」


 ひとり2役か。ノリノリすぎて変なことになっている。しかしそれはいつものことだ。

 彼女は奇妙な箱にいくつか取り付けられたボタンのひとつを押した。


 「魔力注入開始!」


 彼女の身体から指先を通って奇妙な箱に魔力が流れ込む。


 「魔力変換駆動機、準備完了! さあ起動だ!!」


 そう言って別のボタンを押した。

 「がっがっがっ」という音をたてて奇妙な箱の中の歯車が回り始める。


 「おお! 計算通り空気中のマナを取り込んでいるぞ」


 箱の下部に取り付けられた筒から白煙が立ち上る。

 そして奇妙な箱の全面に取り付けられたランプがカッと光った。その光はどんどん明るくなっていく。


 「やったー! 成功! 魔力変換駆動機が正常に動い……」


 そこで立ち上がってバンザイをし、喜びの声を上げかけたのだが。

 魔力変換駆動機と呼ばれた箱がいきなりバンという音とともにものすごい勢いで飛び出して壁に激突した。

 そのショックで向きが変わった魔力変換駆動機は倉庫の中を壁や床、天井にぶつかって飛び回る。


 「あ、あああ! え、何? なんで?!」


 魔力変換駆動機を目で追う彼女の顔は真っ青になっていた。

 そして最後に彼女の目の前の床にぶつかると「ゴワンッ」という音とともに分解し、歯車のひとつが彼女の顔へはじけ飛ぶ。

 彼女は反射的に目を腕で守るが、歯車がおでこに直撃した。その衝撃で彼女は倉庫の外までころげ出る。


 「ぐ、ぐぬ……魔力変換駆動機三号が。しかしとうとう爆発せずに大気のマナを変換してランプが光った! 大体わかったぞ! よし四号機を……」


 彼女は勢いよく起き上がるとふらついてまた倒れそうになった。そんな彼女をガシっと受け止める男の影。

 魔法学園の用務員のおじさんである。

 ガッチリとした体躯で左目のあたりに傷がある。無精ひげをはやしていたが、それが似合って見える4、50歳ほどの男だ。


 「メイリン、大丈夫か。せっかく貸した倉庫が粉々になるところだったぞ」


 そう言ったおじさんはメイリンと呼んだ少女から手を離す。怒った様子はなかった。逆に笑顔を浮かべている。


 「ううう……ごめんなさい、おじさん」

 「ええと、なんだ。あの妙なからくりを作るのをやめてきちんと魔法の勉強をした方が……」

 「わたしはあきらめない! 役立つ魔法のみ使えればそれでいいのだ」


 メイリンはふんすかと鼻息を荒くしておじさんから離れて顔を見上げる。

 おじさんはやれやれと言う顔をした。このやりとりを何度繰り返したことか。


 「おじさん、また材料ちょうだいね」

 「それはかまわんが……っとお友達が来たぞ」


 メイリンとおじさんは走ってきた少女を見る。


 「メイリーン! もう門限だよ! 早く中に入らないと」


 そう叫んだ女の子はメイリンのルームメイトで親友のターニャ・ダヴィストックである。

 栗色のフワフワとしたロングヘアをなびかせてメイリンのそばまでかけてくると、両膝に手をついて息をつく。メイリンとおない年の13歳である。


 「息切れするほど走らなくても」

 「い、いえ、そんな事を言ってる場合じゃないのよ」


 ターニャが顔をあげてメイリンを見ると「ぐあんぐあん」という鐘の音が聞こえた。


 「あ、ああ! あと5ミーツ!」

 「じゃあ行こうか、しょうがない。おじさん、片付けは後でするからね」

 「そんなことどうでもいいから早く戻りなさい。ターニャちゃんまで門限破りになるぞ」

 「お? おおお、それは一大事だ! ターニャ、もたもたするな!」

 「なんで私がそんなことを言われなければ……」


 そう言って駆け出すふたり。

 用務員のおじさんは優しげな表情を浮かべて彼女達を見送った。



 ふたりが寮に入る寸前に、非情にもまた鐘がなる。

 正面玄関の前には銀髪ロングヘアで30歳前後の女性が立っていた。

 初等科の先生、マリア・ステイプルトン。彼女は寮長も兼任している。

 美しい顔のその目を細めて笑っているように見えたが口元は笑っていない。


 「メイリン・グランフィールド、ターニャ・ダヴィストック、門限は過ぎましてよ?」


 そう言って首を少しかしげた。だんだんと殺気が強くなるのは気のせいだろうか。

 メイリンは慌てて口を開いた。


 「あ、あの、ターニャはわたしを呼びに来て遅れてしまったので……」

 「問答無用。メイリンがきちんとしないからターニャは巻き込まれたのよ。いい加減にしなさい。ルームメイトに世話ばかりかけて」


 メイリンはターニャほうに顔を向けると、気にしないでという彼女の優しい顔が見えた。

 メイリンはターニャは天使かと思いつつ、ふたり一緒に頭を下げた。


 「ごめんなさい、以後気をつけます」

 「明日はふたりとも登校時間の前にかわやの掃除をしてもらいます。ひとりじゃなくって良かったわねえ、メイリン」

 「うぐっ……」

 「さあ早く入りなさい。お祈りと夕食に間に合わなくなりましてよ」


 そう言ったマリア先生はようやく本当の笑顔を見せた。



 魔法学園ではお祈りというより学園の理念を唱和するだけである。教会の様な格式張ったことはしないし、聖書からの引用で神の御言葉を説いたりもしない。

 代わりに七元徳しちげんとくというものをとなえるのだ。

 それは七つの大罪に対応する言葉である。


 『憤怒』は『忍耐』

 『嫉妬』は『慈愛』

 『強欲』は『救恤きゅうじつ

 『傲慢』は『謙譲』

 『暴食』は『節制』

 『色欲』は『貞節』

 『怠惰』は『勤勉』


 こういう具合であるので、寮長の話を含めて10ミーツほどで終わってしまう。

 そして晩御飯。この寮には食堂がある。生徒たちはぞろぞろとその食堂の方へ歩き始めた。

 メイリンもターニャをせかして今日の夕食を取りにいく。


 「今日は、炊き込みご飯に冷ヤコ、ワバメの味噌汁か」

 「嫌いなもの無くて良かったね」


 ターニャはメイリンの方を見てニッコリと言う。

 メイリンの苦手なものは玉ネキ、長ネキ、ミョンガにラキヨである。

 ちなみにターニャはピューマン、セルリ、ゴヤなどだ。

 それが出たら押し付け合い。自分の事は棚に上げて、お互い好き嫌いは駄目だよと。

 メイリンはご飯を食べながらターニャに謝った。謝るのはこれで何度目か。


 「今日はゴメン。罰ゲームはわたしひとりでやるから」

 「気にしない気にしない。というかゲームじゃないよ? ところで今は何を作ってるの?」

 「魔女のほうき

 「作らなくても持っているでしょ?」

 「今度の実技のための特別仕様なのだ」

 「特別仕様?」


 ターニャはメイリンが作っているものをまだ見ていなかった。

 用務員のおじさんもなんでそんなものを取り付けるのだ、と首をひねっていた。魔法の力で動く装置だとは思いもよらない。

 そもそも魔法の力で動く装置にどんな意味があるのかわからないのが普通である。魔法をそのまま使えば事足りる世界なのだ。


 食事が終わるとお風呂。そしてその後は自由時間と称する予習復習、宿題の時間。

 ターニャは真面目にやるが、メイリンは宿題だけやってベットに寝転んだ。

 魔力変換駆動機の設計図を見ながら、うーむとうなっている。


 「メイリン、予習復習は?」

 「今の範囲は全く興味がない。とりあえず教科書は全部目を通したし、時間は有効に使わねば」

 「目を通した? 魔法使いにとって重要なところだよ」

 「魔法で戦うつもりはないし、そこんとこの魔法はもう使える。そんで今は知りたい術を勉強中」

 「……まだ初級なのに中級を飛ばして上級の魔法だよね。信じられないよ」

 「そんな大したことじゃないよ」


 メイリンは設計図を見ながら答える。

 こんなで成績がそれなりにいいのが納得できないターニャであった。

 翌朝、メイリンは結局ターニャに手伝ってもらって便所掃除を終える。寮舎は3階建てなので、それぞれの階の3つと食堂のある場所のを掃除しなければならなかった。やはりひとりで遅刻しない様にするのは大変である。


 「まあ良しとしましょう。私が担任ですから遅刻は絶対に許しませんよ」


 わざわざチェックにきたマリア先生はそう言って校舎に向かっていった。

 顔を見合わせるふたり。マリア先生はクラスの担任と寮長を兼任して大変なのではないのかと。それなのに迷惑をかけてしまい深く反省したのであった。

 そしてふたりは急いで支度すると教室へ走っていった。



 国立魔法学園は初級、中級、上級と魔法大学院からなっている。

 入学金はそれほど高くはないが、入試はかなり厳しいということで有名である。魔法の素養がないとみられた子供は門前払いなのだ。

 奨学金もあるがその返済も難しくはない金額である。

 王国は人材育成に力を入れているのであった。

 しかし毎年おこなわれる昇級試験を通らないと留年である。悪い結果で退学になることはないが、留年はあるので生徒たちは真剣だ。

 そして上級の履修後は大学院に進んで王国の要職を目指すか、通わせてくれた領主の元や故郷に帰ることになる。

 もしくは進級しないで自分の研究を極めて魔導師になるか、魔法を活用できる職につくという選択肢もあった。

 魔術師と魔導師の違いは公務員かそうでないかという様なところだけである。

 魔導師は自活することになるが、その代わりに専門家を目指すことができるのだ。

 ターニャは領主の娘なので故郷に帰ることになっている。早くから魔法の素養があるとわかっていたため、魔法学園に入学するよう勧められたのであった。

 メイリンはというと、それまでの奇行から多分魔導師になるか街で仕事をするのかと思われた。

 しかし本人は「どうしよっかなー」などとのんきなことを言っているので、なにも考えていないようである。

 もともと王都に住んでいたのだが、魔法学園に入学した理由やそれまでの生活、家族のことが話題になってもはぐらかして誰にも教えなかった。

 奨学金をあてにして入学したことだけは言っている。

 本人いわく「屋根付風呂あり、そんで食事に困らないからねー」ということらしい。



 メイリンは変人と思われてはいるが、危険人物ではないので友達は多い。さすがに男子でよってくるのは少数だ。

 その少数のうちのひとりはエリオット・ディアマンテス。父親が王国の大臣という貴族階級の息子である。

 髪はブロンドのショートカット。生意気そうな子供であるが、身分をひけらかすようなことはしない。かなりの自信家なのである。

 そして試験の成績はいつも一番だが、それを誇示こじすることもなかった。

 もうひとりはセイン・コンラッド。いつもエリオットと一緒にいるが、金魚のふんのような子供ではない。

 髪はプラチナブロンドのミディアムストレートにおでこ出し。ニッコリしていれば似合うのに、うつむいていることが多くてだいなしである。

 それでも王国の魔法使いの最高位である大魔術師の曾孫ひまごなのだ。


 「相変わらずボッサボサな頭だな。それなんとかならないのか。見苦しい」

 「大きなお世話です〜」


 メイリンとエリオットが顔を合わせると、毎度こんな感じである。それでもメイリンはエリオットを嫌っているように見えなかった。ウザい友達のひとりといったところか、追い払ったりなどしない。


 「その頭なんだけどよ。カチューシャってのか、お前のやつはかなり古びてるよな」

 「エリオットに言われる筋合いはない」

 「んでよ、姉さんがいらないとかいったやつをもらったんだけど、俺には使いみちがないんでやるよ」

 「なんでわたし……びっくり箱か?」


 エリオットは木製の平たい箱をメイリンに渡す。

 メイリンはそれでも木箱を開けてみる。

 入っていたのは金色のカチューシャ。メイリンは怪訝そうな顔をしてエリオットの顔を見る。


 「かなり違和感を感じるんだけど」

 「どこが?」

 「お姉さんはなんでアンタにこれあげたの? 金髪に金色はいまいちだし、その髪型には必要ないし」

 「そ、そんなこと知らねえよ。勝手にくれたんだ」

 「ふーん。それともうひとつ。なんでわたしに? 彼女とかにあげればいいのに」

 「か、彼女なんていねえよ。知ってるだろ。お前のそのボサボサ頭の赤毛になら似合うかな、と思っただけだ」

 「ボサボサ頭って言うな」


 そう言いつつメイリンは箱からカチューシャを取り出してあちこち調べるように見た。


 「これ、まさか本物のきんじゃないよね。金なら売っぱらって小遣いにしろってことかな」

 「金か金メッキかなんて俺にはわからねえよ」


 ターニャとセインが顔を見合わせる。

 メイリンとエリオットはお互いの顔を見た。


 「いらないなら返せ」

 「もう貰ったのでどうするかはわたしの自由です〜」


 メイリンはそう言うとカチューシャを取り替えてみる。


 「ターニャ、どうだ。ボサボサ頭が目立たなくなったか?」

 「そうねえ。ボサボサ頭は変わらないけど、より可愛くなったね。似合ってるよ」

 「か、可愛いわけないだろ!」

 「僕も似合っていると思うよ。ねえ、エリオット」


 珍しくセインが自発的に会話に入る。

 エリオットはセインが自分にふったことに驚いた。セインはかなり無口なのである。なにか聞かれたり話しかけられた時くらいしか喋らない子であったのだ。


 「もういい。セイン、ちょっとこい。話がある」

 「な、なにかまずかったかな」


 そう言って男子ふたりは離れていく。

 

 「あ。エリオットありがとうー」

 

 メイリンは去っていくエリオットにお礼をいう。

 エリオットは首だけまわして手を振った。

 なんだかんだいってこの4人は仲良しである。

 そして放課後、メイリンはまたいつもの倉庫に走って行く。早く魔力変換駆動機を完成させたくて仕方がないのだ。

 彼女はそんな日常を送っている、たぶん普通の女の子であった。



 数日経った放課後。

 相変わらずメイリンはいつもの倉庫でガチャガチャと何やら作業をしていた。


 「ふふふ。四号機完成しましたー!」


 やたらテンションが高い。

 四号機は見た目三号機と変わらない。しかしメイリンなりの工夫がしてあるようだ。彼女は「これだから素人しろうとは」と言うに違いない。

 しかしこの世界でこんなものを作っている者が何人いるのだろうか。少なくともこの国にはメイリンしかいない。


 「よし、早速試運転!」


 そして三号機と同じようにボタンを押す。


 「魔力変換駆動機四号、起動!」


 魔力変換駆動機は最初ガタガタど揺れたが、それが収まると「うるうぅぅぅん」という音をたて始めた。飛んでいく気配はない。

 それをじっと見つめるメイリン。

 そして取り付けられたランプが徐々に光始め、最終的に眩し過ぎる程の光を発した。


 「お! おおお!! 改造成功!!」


 メイリンがそう叫ぶとランプがパリンと砕けちった。

 彼女は慌てて魔力変換駆動機を止める。


 「ランプよ、君はお高い物であったが、その死は無駄にはしない。ええと何個目だっけ」


 そして今度は脇に転がっていた箒を取り、掲げてみせる。その箒の柄の先端には魔力変換駆動機よりやや大きめの奇妙な箱が取り付けてあった。

 その箱の横から左右2本ずつのくだが斜め下を向くように飛び出している。更に前方に握りがついた棒が1本ずつ。そして前面に四角い穴が空いている。


 「では! 最終工程に入ります!」


 メイリンは魔力変換駆動機をズッポリと入れ、箱と接続させた。そして倉庫の外に持ち出していく。


 「よし、準備完了。試運転、いくぞ!」


 彼女は箒にまたがって左右に突き出た握りを掴み、キッと前を向いた。

 そして握りに取り付けられたボタンを操作する。


 「魔力注入かーらーの、魔力変換駆動機、起動!!」


 魔力変換駆動機がうなりを立て始めると、取り付けられた4本の管から魔力と水蒸気を吹き出した。


 「よーし、レッツラゴー!」


 メイリンが握りをぐりんと回転させると更に魔力の吹き出しが激しくなる。

 そしていきなり竿立さおだちになり、メイリンのまたがった辺りで箒のがボッキリと折れた。


 「あうっ」


 箒にまたがったメイリンはひっくり返り、後頭部を地面に激しく打ち付ける。

 折れた箒は彼女を引きずりながら、そのまま進んで壁に激突した。箒はそれでも前に進もうとする。

 仰向けに倒れたメイリンは無言で魔力変換駆動機の停止ボタンを押すと、ようやくあたりに静けさが戻った。

 しばらく倒れたままのメイリンは黙ったまま身体を起こす。


 「……まさか箒の強度が足りなかったとは。決してわたしの体重のせいではないぞ。噴射口の角度の計算間違いだった。そうなのだ」


 などとブツブツつぶやいて立ち上がると、折れた箒を拾い上げて倉庫に戻る。しばらくすると、箱を外した折れたままの箒を持って出てきた。

 メイリンは無言のまま歩き始め、用務員室へ向かう。

 そして用務員室の扉の前に立つといつもの調子の声を上げた。


 「おーじーさあん! いるかー!」


 失敗したことは引きずらない。失敗しても前に進むのが彼女の本質だ。

 用務員室の扉が開き、おじさんが顔を出す。


 「どうした、メイリン。そんなに大声を出さなくても聞こえるぞ……その箒はどうしたんだ」


 おじさんが出てくると、メイリンは罰の悪そうな顔をした。


 「えへへ。折っちゃった」

 「どうしたら箒の柄が折れるんだ。どれ、見せてみろ」


 そう言われたメイリンはおじさんに折れた箒を手渡渡した。おじさんは受け取って折れ口を確認する。


 「これは駄目だな。接ぎ木をあてて固定をしてもすぐに壊れる。またがって飛ぶのなんて問題外だ」

 「どうしよう」

 「学校からの貸与品だからなあ。正直に言って新しいのに交換するか、別の棒で箒を作り直すしかないな」

 「怒られに行くのはいいんだけど、また同じのと交換でしょ。できればちょっとやそっとでは折れない箒が欲しい」

 「まだ何かやるつもりなのか。まあいいか。そっちの倉庫にいい感じの棒がないか探してみよう」


 ふたりは連れ立って倉庫に入ると、あちらこちらをゴソゴソと探して回る。


 「あ、おじさん、これは? ちょうどいい感じ」


 メイリンが見つけたのはホンアシカカシという木の棒である。地面に思いっきり打ち付けても折れたりしないほどの硬い木だ。


 「どれ……」

 「でもさきっちょが削ってある。おじさん、何かの作りかけ?」

 「まだこんなものが残っていたのか。その棒で手槍を作ろうとしたんだが、途中で必要なくなった。だから捨てたとばかり……」

 「手槍? 用務員なのに必要だったの? 泥棒対策?」

 「用務員になる前の話だよ。どっちにしてももういらない棒だ。これならそうそう折れたりしない。さあ、箒をなおそうか。メイリン、貸してみろ」

 「え、棒をもらうだけでも助かるのに。自分でやるよ」

 「お前がやるととんでもない箒ができそうだ。いいから渡しなさい」

 「ひどい……でもありがとう。お願いします」


 用務員のおじさんが直しても、結局とんでもない箒になる訳なのだが。



 そして箒にまたがって飛ぶという実技を行う日がやってきた。

 実技といっても地面に描かれた線に沿って飛んでいき、向こうがわに立てられた棒を回って戻ってくるというだけのものである。

 魔力を自在に操れるかどうかを見るためということになっていた。


 「おいメイリン。なんだその箒は」


 エリオットは先端に四角い箱をつけた箒を持っているメイリンをみて不審げな顔をして言った。

 ターニャとセインも妙な顔をしてメイリンの箒を見ている。


 「えへへー。秘密」

 「それで掃除ができるのか? 先生には怒られなかったのか」

 「先生の死角をついて見つからないように、こう、こそっと」

 「……何をするつもりなんだ?」

 「え? 箒で飛ぶ実技だよ?」


 エリオットとターニャ、セインには嫌な予感しか浮かばなかった。

 そして実技が始まった。生徒が順番にやってみせる。

 この魔法学園に入学できたのだ。この程度なら何でもない。しかし隠された意味があるのかもしれないと、生徒たちはいくぶん緊張していた。

 セインは「だ、大丈夫かな」と不安げに言っていたが、なんの問題もなくやり遂げた。


 「ほらな、なんともないだろ。セイン、自信を持てよ」


 そして次はターニャの番。

 彼女は箒にまたがらず、腰掛けるように箒にに乗るとかろやかに飛んでみせる。


 「ターニャはなんで普通にまたがないのかな」

 「俺に聞かれてもな」

 「うーむ。可愛こぶりなのだ」


 ターニャも問題もなく戻ってきた。そして次はエリオットの番。


 「メイリン、よく見ておけよ!」


 エリオットはいきなり宙返りをすると、これまた上手に課題をこなす。


 「エリオット・ディアマンテス、減点。誰が宙返りをしなさいと言いましたか」


 マリア先生の厳しいひとこと。


 「何が『よく見ておけよ』なの。アホじゃない」

 「エリオットはメイリンにかっこいいとこみせガフウ」


 セインは余計なことを言おうとしてしまい、みぞおちにエリオットのパンチを食らってしまった。


 「と、ともかくだ。次はメイリン、お前の番だぞ。そのヘンテコな箒の実力とやらを見せてもらおうか」

 「まかせなさい! ギャフンと言わせてあげる」

 「メイリンの方がギャフンと言うような気がしてならないのですが、どう思います? セインさん」

 「正直に言ったら今度はメイリンに殴られるかもしれない」


 そしてメイリンの番。


 「魔力注入。魔力変換駆動機、起動。魔力排出装置、問題なし。座席設置!」


 メイリンはそう言って箱からとびでた座席に座る。何故か余計な機能が増えていた。


 「メイリン・グランフィード、いっきまーす!!」

 「待ちなさい! なんですか、その箒は!」


 マリア先生は止めようとしたが、メイリンは思いっきり握りをまわす。

 次の瞬間、ブオンという音とともにメイリンの姿が消えて、立てられた棒の後ろの茂みが爆発したように飛び散った。

 なぜ目にも止まらぬ速さで飛ぶ魔法使いの箒を作ったのだろうか。生徒たちは目を点にしていた。

 口をあんぐりと開けて固まるエリオットとセイン。

 額に手を当て上を向くターニャ。

 メイリンはうなだれて箒を引きずりながら3人のところへ戻ってきた。頭に木の枝がひっかかり、体中葉っぱだらけである。


 「う、ううう、驚いた。気合いが入りすぎて思いっきりふかしてしまったよ」


 エリオットたち3人は『やっぱりね』というような顔をして見つめ合った。


 「メイリン・グランフィード! 零点!!」


 マリア先生の非情な一言がメイリンの胸をえぐりとる。


 「なんでそんな物をつけたんだよ。バカかお前」

 「いやあ。最初はね、飛ぶとキラキラしたのを吹き出すみたいのにしようとしたんだけど、気がついたらこうなってた」

 「どうしたらそれがこうなるのかさっぱり理解できん」

 「同じくそう思うわ」

 「すごい、メイリン! 目にも止まらぬ速さなんて!」

 「セイン、無理してほめなくていいよ。余計悲しくなるのだ」


 マリア先生と後ろの方でさりげなく見ていた用務員のおじさんはがっくりとしてため息をつく。

 そうして魔法使いの箒の実技が終わったのであった。



 『魔法使いの箒事件』から12年後。

 エリオットとセインはメキメキと成長し、今では国王の両脇にひかえる若き大魔術師になっていた。25歳の若さで大魔術師になるのは史上初めてのことである。

 ふたりは手を合わせて国王に助言し、政務にたずさわっていた。

 ターニャは大学院には進まずに故郷に戻った。そして独学と努力の結果、大魔導師と言っていいほどに成長していた。

 その上ある事件を解決し『光輝く辺境の魔導師』などと呼ばれるようになってしまっていた。

 

 メイリンも大学院には進まずに王都の城壁の外にある家に住んでいた。

 そんなある日、エリオットがメイリンを訪ねてきた。

 エリオットが呼び出そうとする前に、ちょうどよく彼女が玄関から出てくる。

 その頭は相変わらずボサボサで、編み込んたツインテールも健在だ。大工のような出で立ちにエプロンという格好で女性らしさは微塵みじんもない。


 「む。お前、なぜそうたびたび訪ねて来るのだ。大魔術師が国王陛下のそばを離れてどうする。それにひとりで来るなと言ったはずだぞ。このあたりには物騒な連中もいる。毎回そう言ってるのにその頭に何が入っているのだ。この馬鹿者が」

 「つれないなあ。何もそこまでまくしたてなくても」

 「まさかお前、『アレ』を見に来たのか?」

 「ああ。そのまさか」

 「秘密にしていたのに何故王城まで話が届くのだ」

 「そこはそれ。常時俺の部下がこのあたりを監視している」

 「わたしは危険人物か、この野郎」

 「まあ、そういうことになるかな。それより早く『アレ』を見せてくれないか」

 「しょうがないなあ。そこで待ってろ」


 メイリンはそう言ってきびすを返し家に戻る。

 しばらく待つと、隣の蔵のような建物の扉が「ごうんごうん」という音とともに開いた。

 1階建てなのにやたら天井が高い。それに合わせて扉もでかい。

 そして『ソレ』が大地を揺るがしながら倉庫を出ると目の前の空き地まで移動する。

 出てきたのはなんと巨大なからくり人形であった。

 その身体に取り付けられた何本もの管から魔力と水蒸気を吹き出させている。

 まだ外装をつけていない胴体や手足の中に機械や歯車などがギリギリと動いているのが見えた。

 エリオットは『ソレ』の背中につけられた平たい皿のような物が大気に満ちたマナを吸い込んでいるのを感じた。

 動くたびに手足の内部にある円筒が伸び縮みする。

 空き地の中央まで進むと、なんの不自然さも感じさせずに蔵の方へ向きなおって巨大な両腕を高くかかげて仁王立ちする。決めポーズのつもりなのだろうか。

 そしてゆっくりと腕を下ろすとエリオットに向かって3本指をガチガチと開いたり閉じたりしてみせる。

 巨大なからくり人形。いや、人形と言っていいものなのだろうか。

 これほど大きな人型が少しの不安定さを見せないとは。

 『ソレ』の頭にあたる部分にメイリンが乗り込んで操縦していた。

 彼女は無造作に『ソレ』を動かしてみせてやる。気分が高揚したのか、色々なポーズを取ってみせたり終いには走り出させる。動かすたびに身体のあちこちにつけられた管から水蒸気と魔力が放出される。

 エリオットはゴクリとつばを飲み込んだ。

 ここまで凄いものだとは思っても見なかったのだ。学生時代に見た、からくりつき魔法使いの箒の様に役にたたないものであろうなどと思っていたのである。

 しかし報告された内容には少しも誤りがなかった。いや、エリオットはそれ以上のものを目にしていた。


 「どうだ、なかなかイケているだろ。それなりに重いものも持てるんだぞ」


 メイリンは自慢げに胸を張った。

 エリオットは唖然としながら『ソレ』を見つめ続け、ぼそりとつぶやいた。


「これが『魔力駆動二足歩行機マジカル・バイペダルマシーン』……信じられん。魔力とからくり仕掛けで動くのか」


 メイリンはとんでもない物を作り上げてしまったのだ。人間の様に動く巨大なからくり人形を。


 「一応言っとく。これを戦いに使わせるつもりはないぞ。えっと、その、なんだ。エリオットがピンチの場合を除いてだけどね」


 メイリンはそう言ってニッコリと笑った。

 その笑顔はエリオットにはまぶしすぎた。

 その笑顔が彼を押してしまった。


 「ならばその代わりに俺は、メイリンをこれから一生護り続ける。まあ、『ソレ』を借りなくてもそのつもりなのだが」


 エリオットは真剣な顔をしてメイリンを見つめながらそう答えた。


 「な、何を言い出すのだ。このバカ野郎」


 メイリンは照れながらもニッコリと笑う。

 そして金色のカチューシャに手を触れた。

 それでもメイリンの瞳には、更に先をゆく魔導機械を作ってやるという意思が浮かび上がっていた。



 のちに『魔導機術師』と呼ばれる事になる彼女は無邪気にあっかんべーをしてみせた。

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