第6話 退魔防衛特務隊
防衛省・市谷地区庁舎内。
渋谷から電車で、取り換え込みの約二十分。歴は結局あの辱めに耐え続ける羽目になってしまった。やっと解放された今、オフィスで机に突っ伏してグッタリしていると、頭の上から苦笑交じりの声が掛かった。
「東永お前、今更だろ。ああして送り届けられるのなんて」
「だから慣れろって言うんすか、ふざけんな」
他人事だと思って何言ってんだこの人。思わずギロリと睨みつければ、机に向かうスーツ姿の壮年の男と目が合った。
「お前なぁ、曲がりなりにも上司だよ? 俺」
「上司ならちゃんと部下のメンタルに配慮してくれないと困るっす」
「そりゃぁ恥ずかしいのはそうだろうけど、いい子じゃないか彪木君。よくフラフラなお前をボランティアでここまで届けてくれるし」
「誰も頼んでないっすよ。実際一人で帰って来れるし」
実際に、ちょっと休めば動けるようになる。それを無理やり連れ帰ってくるのは完全にアイツの勝手であり、大きなお世話というやつだ。
「お前、本当に彪木君の事、嫌いだよなぁ」
「一々イライラするんすよ。危機管理意識エンプティーだし」
「まぁお前の言う事も、確かに分からなくはない。彼の迸る陽の気は100%体質に恵まれてのものだから、実際に彼の陽の気に力押しで勝るほどの強い陰の持ち主――悪霊とかに目を付けられたら、彼に防御の術はない」
そうなのだ。そのくせ勝手に出張ってきて力のままに悪霊をぶっ叩こうとするんだから、仕方がなく歴がフォローする羽目になり、こうして苦しむ羽目になる。
俺に、一般人を守らない理由は存在しない。しかしその結果があの辱めなんだからどうやって好きになればいいのか。土台無理というものである。
「それに、欲しくてたまらないのに絶対に得られない物を持てあまし続けている彼は、お前にはちょっと酷でもあるか。そうじゃなくても極度の霊媒体質ってのも、祓い特化の陰陽師をするにはかなり面倒臭いしなぁ。彼から陽の気を分けて貰えれば、ずいぶん楽になると思うが――」
「それは死んでもゴメンっすね」
「まぁそうだよなぁ」
歴の即答に、彼は苦笑いする。
霊の類は自分達が纏っているのと同じ陰の気の持ち主を好み、対極にある陽の気を嫌う傾向にある。霊媒体質の歴は、生来陰の気が強く、そのせいで霊から霊媒的な影響を受ける事が多い。
しかしそれも、例えば彪木の陽の気を纏っていれば、ある程度の解決は見るだろう。が、定期的に貰いに行かないといけないし、何よりもアイツの気を纏うとか、常にあいつについて回られてるみたいで腹が立つ。
「あーあ、どうせ現場でバッティングするんだから、この際彼もうちに入っちゃえばいいのになぁ」
「魔防にっすか? あー、無理無理。だってアイツの悪霊ぶっ叩き始めた理由って『剣道してる途中に目の端でユラユラされたら邪魔だから』だし、今だって『相談事を放っておくのも後味が悪いから』ってだけだし。誰かを守るとかそんな事、全く頭に無いっていうか」
万が一にも同じ組織で仕事をする事になるなんてかなり嫌だが、それ以前にそうなる心配はしていない。アイツにとっての退魔なんて「たまたまやったら簡単に出来たから、見える範囲のモノは片付けておくか」くらいの認識だしな。仕事にする気概は絶対に無い。
「いやぁ、実は彼には毎回リクルートかけてるんだけど、いつも『俺はただの会社員ですから』って断られちゃってね。予備自衛官っていう選択肢もあるのになぁ」
「絶対やめろ」
予備自衛官は、普段は会社員として働き有事の際には手を貸す者の事。アイツが入省する現実味が妙に湧いてしまったせいで、思わず真顔で拒絶する。
残念そうに「磨けば一層光ると思うんだがなぁ」などとぼやいているが、本当に辞めてくれ。
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