第5話 いつも
意識のリンクがブッツリと途切れ、五感がやっと戻って来た。
それでも強制的にさせられた追体験のせいで、気分は最悪、めまいもする。お陰で立っていられなくて、思わず地面に片膝をついた。
出た冷や汗をそのままに、懸命に呼吸を整える事に集中する。
おそらくこれが彼女を悪霊にした、この世への強い心残りだ。なるほど確かにこれほどの強い思いなら、引っ張られるのも道理だろう。
きちんと修行をして、防衛措置を取って。だからこの程度で済んだ。下手をすれば一日寝込んでいたかもしれない。が、あんな無茶な除霊をしなければ、もっと影響も受けずに済んだ。
目の前に落ちてきた影を、恨めし気に睨み上げる。
手を差し出してきた彪木が、偉そうに顎で「ん」としゃくった。まるで「邪魔になる、立て」と言わんばかりだが「テメェのせいだろうが」と言いたい。
しかしそんな元気も今は無いので、そもそも後始末もできないくせに一々偉そうにしてんじゃねぇよという気持ちで、手をパシッとはたいて立った。
缶から取り出した札を再び、指で挟んで顔の前へ。
「祓いたまえ、清めたまえ」
達筆で書かれた『祓除穢符』の札が、込めた霊力の分だけまたポウッと黄色く光る。
悪霊は消滅したものの、結界内にはまだ先程の悪霊の残滓――瘴気が多く残っている。このまま結界を解いてしまうと近くの霊的なものに作用して、また面倒事の種になる。そうしない為に、除霊の後は場を浄化する必要がある。
「穢呪清浄、急急如律令!」
詠唱と共に投げた札が、カッと光を放ち霧散する。代わりにキラキラと天から光の粒を降らせ、重く冷たかった周りの空気が、ふわりと軽く、温かくなった。
体への負荷が少し軽減された気がする。それを証明するように、インカム越しにずっとこの場を遠隔地からサーチし続けていた橋占から<瘴気消滅。お疲れ様です>というお墨付きをもらえた。
あー、終わった。任務完了。
ホッと安堵し、気が緩んだ。疲れが足にどっと押し寄せ、膝がカクンときて体がバランスを崩してしまう。
思わず「あっ」と声が出た。咄嗟に手は出るが、膝の擦り傷は覚悟して両目をギュッとつぶる。
しかし何故か、予期した衝撃は来なかった。代わりに感じたのは、トンッという軽い衝撃。そして、何かに包み込まれるような感覚だ。
「……?」
そろりと目を開くのと、背中に何かが触れたのが同時。次の瞬間、体が一瞬無重力になり「おわっ、何!」と目を見開いた。
「暴れるな」
「えっ」
不愛想な声が近くて驚く。見ればすぐそこに彪木の顔、足は完全に宙ぶらりん。何じゃこりゃぁともがくものの、ヘタッた体は力が出ない。
割れていなかったショーウィンドウに、スーツ姿の男にしっかりとお姫様抱っこされた金髪ピアスが映っていた。
一瞬「は?」とキョトン顔になる。しかしすぐに気がついた。大の大人の男が男にそんな恰好、いやいや無理無理キツイキツイキツイ。
「おっ、下ろせっ!!」
今度こそ本気でジタバタとする。が、逃れられない。
そうだった。スーツをシュッと着こなしてるから最早忘れかけてたが、コイツ実は高校の時、剣道で全国大会の常連だったくらいには鍛えていたのだ。それが、まだ『心身強化』が有効な状況で生身の俺程度が暴れてどうにかなる訳もなく――。
「とりあえず、全部『解』っ!!」
術式を解けば、結界用の札が燃えて網目状の隔離が消えた。まるで巻き戻されでもするかのように、辺りの景色も地面の亀裂が消え、砕けたガラスが元通りになり、結界を張る前の状態にまで回復する。
同時に彪木の『心身強化』の効果も消えたようである。これ幸いと身を捩って逃げようとして。
「周りの迷惑も考えろ」
「テメェに言われたくねぇんだよ!」
説教された理不尽に、諸々の苛立ちを込めて声を荒げるが、どこ吹く風という感じで彪木はそのまま人ごみの方へと足を向けた。
「いやいやだから早く下ろせ!」
「フラフラな人間を放って帰るのは、俺の寝覚めが悪いからな」
「はぁ? 知らねぇよ! 放っといて帰れ!」
<なんですか、先輩。もしかして今日もお持ち帰りされるんですか?>
「テメェ橋占、紛らわしい言い方をするな! 持ち帰られる先は
と、ワーワー言っていると、俺達の話の途中で彪木が、ぬっとの顔を近づけてきた。
「いつも通り、そっちまで送り届ける」
<あ。助かります>
「おいコラ彪木、俺のインカムに割り込むな! いつもじゃないし、橋占テメェも返事すんな!」
寄ってきた顔をグイーッと押しのけ不服を叫んだが、彪木は変わらずポーカーフェイスで我が道を行く。
あぁぁ腹立つ! 絶対コイツとは相容れねぇ! っていうかとっとと下ろしやがれ!!
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