第3話 迷惑過ぎる素人特攻


「問題ない。コイツ程度なら俺でも殺れる」

「真顔で一々物騒なのは百歩譲って置いといてもだ、素人仕事で介入されても迷惑でしかねぇんだよ!」

「迷惑? 一体誰が」

「テメェだよ! 見てみろ、このひび割れたコンクリ! ちょっとは反省するとかねぇのか!」


 ピッと足元を指させば、僅かに片眉を上げた彼が怪訝そうな声で言う。


「何を言ってる。竹刀一つでひび割れる道路の方が悪い」

「もしここがまっさらなコンクリだったとしても、テメェが霊力を込めて打撃すれば必ず割れるくらいの力に……って、あぁもう面倒臭ぇ!!」


 ふてぶてしいにも程があるし、どうしてこんな事を一々コイツに説明しなきゃならない。


「とりあえず、ここからはプロの仕事だ。素人テメェはその辺にすっこんでろ!」

「断る」

「はぁ?」

「俺は『近頃ここで妙なものを見る』と、同僚に相談されて来たんだ。途中で人任せにする気はない」


 結果として片付くんだから任せとけば楽に済むだろうに、相変わらず融通が利かないというか何というか。頑固なのは、高校の時から相変わらずか。

 コイツの事だ、どうせ職場でも条件反射で見えた霊を竹刀で突然ぶっ叩いたりしてるせいで「何をしてるの?」という話になって、霊が見えるとかペロッと喋ったせいでそういう相談事が来るようになったんだろう。面倒事が舞い込み続ける負のループが、容易に想像できる。

 まぁ多分常に迸っている強い陽の気のお陰で、退魔や除霊の類に特に苦も感じていなければ、自分が危ない目に遭うとも思っていないんだろうけどな。

 でも修行も無しにソレが出来るのは、あくまでもそういう体質だからだ。修行も何もしていないんだから、それは諸刃の剣である。それなのに、それを自覚せず余裕綽々でいるあたり、一々人の神経を逆なでしてくれる。


 何か言い返してやろうと怒り任せに息を吸った。しかしここでハッとする。

 耳鳴りがする。これは強い霊力の波が引き起こす念波、霊的存在が何かを仕掛けてくる予兆に他ならない。


 反射的に体が動いた。

 人差し指と中指を立てた刀印を作り、網目状に九字を切りながら詠唱に霊力を乗せる。 

「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・前・行」


 九字が完成した直後に、周りの空気がキィンと冷えた。

 ――来る。歴が身を固くした横で、彪木が持っていた竹刀を、スッと上段に構えて立つ。


「相談してきた同僚には、実際に霊障っぽいのも出てる。早くコイツを消滅させない、とっ」


 こんな状況であってもマイペースに話を続けながら、彪木は竹刀を振り下ろした。ブンッという風切り音とほぼ同時に、悪霊からまるで叩きつけるような圧が押し寄せて九字がズシッと重くなる。

 グッと耐えた歴の隣で、彪木によってぶった切られた圧が、彼を綺麗に避けたのを感じた。しかし圧が無くなった訳ではない。彼を逸れた圧はもちろん周りに余波を生み、近くの建物のガラスがパーンと割れる。

 しかし被害はそれだけに留まらない。アスファルトに触れてすらいないのに、竹刀の先の延長線上には新たなにアスファルトの亀裂が作られる。

 はぁ。やっぱり上位結界にしておいて良かった。


「チッ、霊力バカ力野郎が」

「褒めるなよ、照れる」

「一ミリだって褒めてねぇよ!」


 あぁもう一々腹が立つ。だけどこれでも一般市民、一応魔防の庇護対象だ。ちゃんと守ってやらないと――。


「よし」

「ちょっと待て、何が『よし』なん……って、おいコラテメェ!」


 竹刀をスッと中段に構え直したかと思ったら、彪木から陽の気が迸る。大人しくしてろと言ったはずなのに、明らかに実力行使の構え。やべぇ、マズい。

 慌てて手を伸ばしたが、歴の手が肩を押さえる少し早く彼が地を蹴った。悪霊に一直線に突進する彼に、大きく舌打ちをしつつまた札を出す。霊力を練り上げ、札に載せ。


「のうまく さんまんだ ばざらだん せんだ まかろしゃだ そわたや うんたらた かんまん!」


 早口詠唱も、慣れたものならば最早噛まない。札を彪木に向かって投げると、背中にピタリと張り付いて、まるで脈動するかのように彼の体が淡く光る。

 札に書かれているのは『心身強化』。物理的に、霊的に、外的要因への抵抗力を上げる護符であり、加虐可能な活動期アクティブ状態の霊を前にした時には、術者がかけて然るべき保険だ。

 相手がどれだけ弱いとしても必要な措置だっていうのに、そういった防御も施さずに突っ込む。「俺には出来ん。殺られる前にやればいいだろ」と術の習得もせずに力業。こういう所が素人だって言うんだフザケンナ。


 歴の護符の効果くらいアイツ自身感じただろうに、振り返りもしないあたりがまた腹が立つ。俺がフォローするのを当たり前だと思うなよ?! などと思っている内に気付けば、彪木はもう敵の目の前だ。

 先程と同じくただの物理的打撃に、霊力を乗せて振り下ろす。悪霊が放出した霊的防御を簡単に切り裂き、逃げようと身を捩った悪霊をスパッと斜めに切り払った。


 つんざくような耳鳴りがした。これが悪霊の断末魔である事は、経験上よく知っている。しかし、思った以上に余波が大きい。

 顔を顰めつつ、咄嗟に札を持って精神防壁を張った。しかし所詮は突貫工事、詠唱も無しの術如きでは、完全に防ぐ事が叶わない程の余波が襲う。


 きっと、歴の体質のせいでもある。気が付けば、まるで脳内に直接投射でもされたかのように、頭に知らない筈の映像が押し寄せて、流された。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る