第2話 街に優しくないバーサーカー
足早に丑寅の方角、大通りから裏道へと入ると、途端に人気がなくなった。
こういう人ゴミと隣り合わせの過疎地域は、心霊スポットと事故多発地域の次くらいに実は陰の気が集まりやすい。おそらく今回も例に漏れず、
<あ、そうだ先輩。分かってるとは思いますけど、くれぐれも『物的・人的被害はゼロに』を心掛けてくださいよ? なんせ僕たちは――>
「あーはいはい分かってるよ。俺達は、霊的脅威から一般人を守るだけじゃなく、それらの存在そのものを周りに悟られないようにするのも仕事。それが俺達、防衛省・退魔防衛特務隊――秘密裏に設立されている国家防衛組織の存在意義、だろ?」
もう一体何度聞かされたか分からない組織理念を口にする。
当たり前の事を聞くなよと片眉を上げると、インカム越しにこんな呆れ声が返ってきた。
<分かってるならちゃんと気を付けてくださいよ。先輩ってば、いつもいつも派手に立ち回って周りの物を壊しまくりだし>
「あぁ? それは俺のせいじゃねぇだろう。十中八九、毎回何故か先着してる――あ」
途中で思わず、間の抜けた声を上げてしまった。理由は簡単。歴の方でもやっと『探しモノ』の嫌な霊的気配を感知する事が出来たのだが、そのすぐ近くにもう一つ、腹の立つくらい煌めく気配が駄々洩れ状態で存在している事に気が付いてしまったからだ。
間違いない。これはアイツの……。
いやな予感を抱えつつ、目的地へを足を進める。そうしてちょうど角を曲がり目的のモノが視界に入ったところで、予感は確信へと変わった。
寂れた路地に妙な存在感を放つ人影は、青白い顔の血まみれの女。無表情でありながら、光の無い瞳に怒りと悲しみと恐怖をない交ぜにしたような底知れぬ感情を宿している。
幽霊、亡霊、心霊など。呼び方は色々とあるだろうが、今回の場合、最も近い表現は『悪霊』だろう。実体の無い霊魂が、周りの悪意を吸って成長し最早キメラの様相で別物へと変質を遂げている。
しかし歴が目を留めたのは、そちらではなくもう一人の方だ。
「あーあ」
<ちょっと、何ですか今の「あーあ」って! もしかして――>
「もう手遅れだ」
黒縁メガネに黒いスーツ姿。如何にも真面目そうな彼の手には、ミスマッチにも竹刀が握られている。そして足元には、既に真新しいひび割れのアスファルト。
「橋占、道の亀裂抹消費、とっとと申請出しとけよ」
<またですか?! それで直接怒られるの、先輩じゃなくて僕なんですけど!>
「まぁ頑張れや」
そもそも俺のせいじゃないから、俺に言われても仕方がない。フンッと鼻を鳴らしながら、歴はスマホを通話中のまま再びポケットにねじ込んだ。ついでに腰に下げていたツールポーチへと手を伸ばし、必要なものをスッと取り出す。
手にしたのは、飾りっ気の無い銀色の長方形缶ケースだった。どこにでも売っていそうなソレはもちろん、無〇良品で買った量産品。しかし中身は少し特殊だ。
ワンプッシュでふたを開け、中から紙を一枚を出した。一般人には読解不能な文様の書かれたソレを、指で挟んで顔の前へ。息がかかる距離に構えて、グッと霊力を込める。
「結界隔戻、急急如律令!」
紙札がポウッと黄色の光を放った。空に向かってピッと飛ばせば、高い宙で停止した札が光を網状に四方へと伸ばし、路地一帯をドーム状に覆い込む。
結界隔戻。幾つかある結界術の中でも、それなりに上位の術式だ。外と中を隔てるだけじゃなく、構築以降の結界内での破壊等を解除後に巻き戻す事が出来る。
もちろん高度な分、術式発動にはそれなりの集中力と霊力が必要になってしまうが、たとえこの程度の相手には不要な対処でも、周囲の破壊に頓着しないバーサーカーが今正にそこに居るんだから仕方がない。
国費の使い過ぎが怒られるのは、公だろうが秘密だろうが、国家組織にはよくある事だ。
「おいコラ
「遅いぞ、東永」
「遅ぇじゃねぇよ!」
そもそも待ち合わせもしていなけりゃぁただの
シュッとした体躯に、ポーカーフェイス。相変わらずのいけ好かないヤツ。きっちりとネクタイを締めスーツを着込んでいるあたり一見すると優等生のように見えるものの、歴はちゃんと知っている。この男は、この顔のままで力任せ、考え無しをやらかす事を。
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