クラッシュ ✕ バディ ~防衛省・退魔防衛特務隊~

野菜ばたけ『転生令嬢アリス~』2巻発売中

第1話 東京結界を守護する者



 夕暮れの都会は、人が多い。

 スーツ姿の社会人や学校帰りの学生、買い物袋を下げた主婦など。様々な人がこの後の目的の為に各々足を速めて先を急ぐ。

 しかしこういう人が雑多に入り乱れる場には、よく紛れ込んでいたりするのだ。


 ――人ではない、別のモノも。



「最近緩くなったよなぁ、東京」


 スクランブル交差点の信号待ちをしながら、東永とうえい れきは仕方が無さげにため息を吐いた。

 彼の声はすぐに雑音に掻き消えたものの、目の前の現実はそうはいかない。彼には今クッキリと見えている。すぐ目の前に立っている、おそらく会社帰りの男。彼の背中に、妙なモノが憑いているのが。



 この世には、人ならざるモノが居る。

 実体を持つようなモノから霊体、人の形をとどめぬ異形に、果ては黒い靄のようなモノまで。人の悪意や欲望を糧に己を保ち続けるそれらは、ヒトの感情の残滓ざんしみ、やがて成長して害を為す。

 だから日本の中心・東京には、昔から結界が張られている。妙なものが蔓延らぬように、緻密な計算をし、建物を配し、土地に護法を施している。

 昔から実しやかに、神秘的に、面白おかしく語られているこの手の都市伝説を知っている者は多い。

 しかしそれが決してフィクションなどではないという事を知っている者は、おそらくこの世に数少ないだろう。

 実際に、こんなにもはっきり視えるのに周りで騒ぐ者は皆無だし、本来ならば結界のお陰ですぐに霧散する筈の存在がこうして今原形を保っている現状に危機感を覚える者も、歴以外には居合わせていない。


 それにしてもこの男、一体何をしたんだか。強い憎悪を発するに、歴は思わず呆れ返ってしまった。

 おそらくまだ生まれて間もないだろうソレは、霊魂ではなく思念だった。そうである以上、思念の持ち主はこの世で生きている事になるが、生きながらにこれほどの強い憎悪を発せるとなると、かなり恨んでいるのだろう。

 こういう何の害もなさそうな人間ほど実はえげつないとかよく言うけど、コイツに限っちゃ当たってるなぁ。


 ――さぁて、どうすっか。


 この男には、もちろん縁もゆかりもない。ただの行きずりでしかない。これから向かうの事を考えれば、力は温存しておくに越したことはない。

 けれど、もしこのまま放っておいて、肥大化を続けたならば。間違いなく、事は今彼が感じているであろう肩こり程度じゃ済まないだろう。


 もし万が一被害を周りに齎すような存在になれば、必然的に歴自身が被る面倒事も増える。しかし今ならまだ、最小限の労力で被害を未然に防げるのは間違いない。


「……六根清浄ろっこんしょうじょう、急急如律令」


 些かの逡巡の後、歴は仕方がなく口の中でそう呟いた。男の肩をトンッと叩けば、そこに憑いていた女性の影がスゥーッと薄まりすぐに消え去る。

 残ったのは、疑問顔で振り返った男ただ一人。目が合った相手に軽薄に笑い「あ、すんません」と軽く言えば、おそらく金髪ピアスのチャラい男が見た目に違わぬ非常識さで形だけ謝ったのだろうとでも思ったのだろう。その男は何一つとして言葉を返す事も無く、再び前を向き直った。

 それで良い。何がやったのか気付かれなくても、褒められなくても。そこに歴の行動原理は存在しない。彼の自負は、誰にも気付かれずに人助けをするという所にある。


 信号が、青になった。目の前の人混みが交差点を、縦横無尽に渡り始める。

 その波に乗って歴も足を踏み出したところで、ジーパンのポケットがヴーッヴーッとバイブし始めた。

 ねじ込んでいたスマホを取り出しディスプレイを見てみると、そこには「魔防・橋占はしうら」の文字。タンッと通話ボタンを押しつつ、耳に付けていたインカムをオンにすると、若い男の声がした。


<あー、先輩>

「何だ、どうした」

<『探し物』についてなんですけどね?>


 駅から出たし、そろそろ連絡が来る頃だろうと思っていたが、思ったよりもバツが悪そうだ。彼との付き合いもそれなりになれば、何が起きているのかくらいはもう大体想像がつく。


「もしかして、もう反応が出てるのか」

<そうなんですよ、残念ながら>


 ピヨッピヨッと鳴く信号機に、急かされるように道を渡る。途中で「それで?」と言葉の先を促せば、彼は「えーっと」と言葉を続けた。


六壬栻盤サーチには、今の先輩の位置から見て丑寅と出ています。既に障りは活動期アクティブです。そこから結構近いですよ>

「おいおいおいおい近いって。ここ、めっちゃ街中だぞ。近くでどんちゃんやったりしたら周りに迷惑掛かるだろ。ついでに俺の手間も増える」

<クレームなら俺に言っても無駄ですよ? 僕はあくまでも探知要員。出来る事といえば、占いで現状の情報を集め状況を見極める事だけ。探しモノの動向を操るのは無理なんですから>


 言われなくてもそんな事は分かっている。

 ヤツラは総じて、陰の気が強い場所に集まって来る。そういう力の吹き溜まりはあらかじめ把握可能だし橋占の占いは高性能の霊的レーダーの役割を果たすから、発生場所を予測する事は出来るだろう。が、意図して誘導する・おびき寄せるとなると話は別である。

 理論的には人工的に霊力の吹き溜まりを作ればいいのだが、そんな事が出来るのは精々安倍晴明くらい。そんなバケモノ、もちろんこの令和時代に存在しない。


 でも既に活動期という事は、現着したらすぐに戦闘だ、少しくらい愚痴も言いたくなる。


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