第4話 逃避しろ

 ハサミの怪物達はまだ離れたところに居る。僕は剣先を彼らに向けたまま走り続ける。

 「うおおおおお゛!!!!」

 自分自身を勇気づけるため、ありったけの雄叫びをあげる。大声は静寂な洞窟内に響き渡った。彼らは一様に巨大な甲殻とハサミをビクッと震わせ、気持ち程度の後退りをした。

 

 勝てる…!予想外の、彼らの弱気な姿勢を見て、両足が勢いづく。脳内ののおかげで恐怖は無い。足により一層力を入れ、距離を詰める。


 手近な一頭まであと数歩。両手で剣を強く握り、大きく振りかざす。右足で地面を強く踏み込み、軽く飛び上がる。

 狙うはハサミの横、不気味な触覚を備えた黒い頭!

 多少の重力とともに、銀色に光る剣を怪物の脳天に振り下ろした。


 低く重々しい風きり音の直後、大きく甲高い金属音が鳴り響いた。そして辺りは再び静まり返る。


 「あれ…?」

 剣は、大きなハサミと鍔迫つばぜいになっていた。


 怪物は、陽射しを遮るような姿で、ハサミを顔にかざしていた。そして、そのハサミは剣は見事に受け止めていた。

 いつの間にか耳鳴りが止んでいた。脳を温かく包んでいたものも剥ぎ取られていた。血の気が引いているのか、まるで耳から氷水を流し込んでいるかのように、頭が真っ白に冷たくなっていく。

 

 怪物は剣をハサミで受けたまま、顔をこちらに向け、首を傾げた。「あれ、弱くね?」と言わんばかりに。周りの他個体も同様に首を傾げている。


 「ハハ…」

 動揺で手を震わせつつ、そっと剣をハサミから離す。

 重厚感のある黒いハサミには、目を凝らせば視認できる程度のかすり傷ができていた。硬すぎた。物理攻撃全振りのこの剣では、あまりにも相性が悪すぎたのだ。比較的柔らかそうな頭部ならともかく、少なくともこのハサミには太刀打ちできない。 ただでさえ数的に不利なこの状況、相性まで悪くては勝ち筋なんて存在し得ない。


 おい。おかしいだろ。

 尋常でない動揺と、少しの腹立ちを覚えながら、脳内の二人目のへ問いただす。いつものように返事は無い。脳をひんやりと冷やしたまま、一切音を発しなかった。


 「キィィィィ!!」

 空気を切り裂くような複数の鳴き声が響き渡る。僕の存在が恐るるに足りぬと判断したのか、周囲の怪物達は四本の足を細かに動かしながらこちらへ迫ってきた。両手のハサミと槍は、殺戮という目的を達成するため僕に向けられていた。


 彼らの接近とともに耳鳴りがした。低く唸る震え。鈍い頭痛。

 二回目の一人目の指示だ。脳内のが警告を発したのだ。崖下に右足を踏み込もうとした時と同様に、「このままだとお前は死ぬ」と明確に告げている。


 従うしかない!

 身の危険、警告、それに伴う鈍い頭痛。

 それらから逃れるため、そして自らの命を救うため、僕はハサミの怪物たちに踵を返し、駆け出す。握られている両手剣は壁に向かって投げ捨てる。一人目が「逃げろ」と言っているのだ。こんな嵩張る武器なんて必要ない。


 全力で敗走しながら、ふと思い出す。

 この先にあるのは…


 どす黒い闇に染まった地面。

 底の見えない崖下。


 間違いない。このままだと僕は転落死する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る