第3話 立ち向かえ

 先程の耳鳴りとは打って変わって、毛布で包み込まれるような、そんな柔らかく高い音だった。そして何らかの脳内物質が出ているのか、脳がお湯に使っているかのようにじんわりと温かくなる。さっきまでの焦燥感と恐怖が薄らいでいく。


 指示だ。この高音と温かみを伴う指示は二人目ののものだ。一人目の指示を蔑ろにする訳では無いが、僕はずっと二人目の指示を仰いでいた。

 起死回生、つまり窮地から逃してくれるような指示はこいつの担当なのだ。それ故、追っ手に追われはじめた時から僕はこの指示を待ち望んでいた。


 この指示は、追っ手を視界でとらえた時に与えられた。つまり、活路は追っ手の方向、もしくは追っ手自身にあるということだ。


 改めて追っ手の姿を目に焼きつけるように確認する。彼らは巨大で黒光りする甲殻に包まれていた。その甲殻はキノコの青白い光を反射して、奇妙な禍々しさを持ち合わせていた。四対の鋭い足は、揃って地面に深く差し込まれていた。

 一際目を引いたのは、彼らの左手に備え付けられている巨大なハサミだ。胴体と同じく黒光りしており、不自然なほど大きかった。恐らく僕の首どころか、腰回りですら軽い力で寸断できるだろう。そんな圧倒的な力、畏怖の念を抱かせる凶器だった。

 大きなハサミの反対側、彼らの右手に備えられているのは槍だった。足よりもさらに鋭く、そして長い。あくまで想像だが、彼らは捕食した獲物の肉を左手のハサミで切り刻み、右手の槍を使って口元へと運ぶのだろう。僕自身がそのようにして捕食される絵が脳内に浮かんだ。想像にしてはやけに現実的で、少し嫌な気分になった。


 全長は大柄な人間の子供と同じ程度。二人目の脳内のは、そんな巨大な彼らに対して活路があると見い出したのだ。

 腰に差されている剣に目をやる。物理攻撃全振りのこの剣で、彼らを殲滅できるのだろうか。


 腰から剣を抜き出し、両手で構える。依然として耳鳴りは止まない。柔らかい音と、温かい液で脳を包み込んでいる。

 二人目のは「やれ」と言っている。つまり、僕はこの両手剣でハサミを持った多くの敵を殲滅できるのだ。僕の直感と違って、こいつの指示は信ずるに値する。耳鳴りと温かな包容も励ましのように思えてきた。

 それに退いてもどうせ崖しかないのだ。二人目のも崖下に対しては反応は示さなかった。活路はただ一つ。


 戦うしかない。僕は剣先を前方に向け、禍々しいハサミの群れへ駆けだした。

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