第6話 スパウトパウチのコマセ、〈アミチェーブ〉

 叔父が指差した棚に置かれていたのは、大きめの飲むゼリーみたいな袋、〈スパウトパウチ〉という名の容器であった。

 プラスティック製の口を〈スパウト〉、軟らかな容器が〈パウチ容器〉で、例えば、ゼリーなどが入っている部分が〈アルミ〉の場合には、〈アルミパウチ〉と呼ばれる事もあるのだが、いずれにせよ、軟らかい袋にキャップが付いた容器の事を〈スパウトパウチ〉と言うのだ。

 仁海は、以前、飲むゼリーの容器の名称が知りたくて、色々と調べた事があったので、キャップ付きの柔らかな容器の呼び名を、たまたま知っていたのである。


「ところで、オイちゃん、このスパウトパウチには、いったい何が入っているの? 釣り人用の補給食とか?」

「す、すぱ……、何だって?」

 仁海から説明されて、叔父は、この口付きの柔らかい容器の正式名称がスパウトパウチという事を、この時初めて知ったようだ。叔父は、これまでこの容器を〈ゼリーのイレモノみたいなデッカいヤツ〉とか〈チューブ式〉と呼んでいたそうである。


「この、その〈スーパーなんとか〉、えっと……、要するに、〈チューブ式〉に入っているのは、人のためのエサじゃなくって、魚のエサ、つまり、コマセだよ」

「えっ! 白い冷凍庫に入っている、例の赤い冷凍ブロックの〈コマセ・アミエビ〉と同じ物が、このスパウトパウチに入っているっていうのっ!?」

「その通おおおぉぉぉ~~~り」

 そう言いながら、叔父は、右腕を直角に曲げると、その〈L〉字形のまま、腕を下に引いてみせたのであった。

 

 それから、叔父はコマセについての説明を再開した。

「コマセを冷凍してブロック状にして固めているのは、要は、保存のためなんだよね。で、この冷凍ブロックを使うためには〈解凍〉しないといけないんだよ」

「自然解凍だと数時間かかって、解凍時間短縮のためには、水に浸けたり、お湯をかけたりするんだったよね?」

「そう。で、ここまでは、さっき、ヒトミにも説明した通りで、これは、当たり前の話なんだけど、凍ったコマセは硬いブロックの状態だけど、当然、解かしたら、ビチャっと軟らかくなっちゃうし、それだと、お客さんに手渡す時に使う薄いビニールじゃ耐えきれなくて、コマセが漏れ出ちゃうわけ」

「たしかに」

「それに、そもそも、解けたコマセは、釣り場の水を入れてかき混ぜてエサにするんで、だから、コマセを使って釣りをする場合には、コマセを入れておく容器が必要なんだよね」

「それって、普通のバケツでもいいの?」

「まあ、構わんけど。ストレスなくコマセをマゼマゼするのに足るイレモノの方が絶対によくって、できれば、コレ、コマセ専用のバケツを使った方がよいのさ」

 そう言って、叔父は、大きな箱の右脇に置いてある白いバケツを指さしたのであった。


「この〈コマセ・バケツ〉は、コマセを入れるために作られた専用の品なので、取っ手もついているし、持ち運びが、とってもし易いんだよね」

 仁海は、試しに、バケツの中に赤いブロックを入れてみた。

「でも、オイチャン、赤いレンガに対して、このバケツ、少し大き過ぎない?」

「これで、いいんだよ。バケツはコマセを入れておくだけじゃなくって、解かしてから、水を入れてかき混ぜるから、入れたコマセよりも大きくないと混ぜ難いわけ。例えば、一キロのコマセだったら、バケツは三リットルの物って感じかな」

「なるほど」


「あとは、普通のバケツだと、なかなか蓋付きって売っていないけれど、コマセ・バケツでは蓋付きが普通」

 叔父に言われて、仁海がバケツの蓋を閉じてみると、蓋はぴったりはまった。

「これはな、蓋がキッチリと閉まって、密閉性が高いんだよね」

「そうみたい」

「まあ、蓋なしのコマセ・バケツもあるけれど、やっぱりオススメは蓋付きかな」

「どうして?」

「ヒトミも実体験したけれど、コマセって臭いがキツいエサなんだよ。だから、たとえ、エサを使い切って、バケツをキレイに洗ったとしても、コマセの臭いはバケツからは完全には取れないって事が多いのさ。

 釣り場みたいな外はまだ大丈夫かもだけれど、帰りの電車や車、家の中で漂ってきたら、それはもう……」

「わかったよ、オイちゃん、ミナまで言わなくてもいいから」

「まあ、とにかく、だからこその蓋付きなんだよ」


「でも、なんで、コマセってこんなに臭うの?」

「それはな、まさに、この臭いが魚を呼び寄せるからなんだよ」

「なる。じゃ、この臭いは絶対に必要なんだ」

「そおゆうこと」


「でも、さっき、オイちゃん、コマセ釣りはお手軽って言っていたけど、話を聞いた限りじゃ、解凍とか、コマセをバケツに入れて水と混ぜたりとか、その後、バケツも洗わなくちゃだし、そんなに簡単には思えないんだけど」

「あんま釣りをした事がない人が釣りをする場合の最大の問題って、針にエサを付けることなんだよ。でも、コマセを使った釣りの場合、エサ付けをする必要がない釣り方ができるんで、その意味で、初心者にもお手軽って話なんだよ」

「でも、そこまでのプロセスがなあああぁぁぁ~~~。バケツも買わなくちゃだし」


「だろっ、だから、なっ!」

「?」

 叔父は、急に勝ち誇ったような顔をしてみせた。

「今のヒトミの意見が、まさに、気軽に釣りをしたい人、皆の考えなんだよ」

「どおゆうこと?」

「針にエサを付けるのがメンドクサイ。それならば、コマセを使えって話なんだけど、冷凍コマセは、解凍に時間がかかるし、その後、マゼマゼしてエサを作んなきゃならない。

 それに、たまにしか、もしかしたら一回こっきりしかしない釣りに、必要だとはいえ、専用のバケツを買う事まではしたくない」

「まさに、その通りだね」

「そんな、文字通りに〈気軽〉に釣りをしたい一見さんのために、〈必要は発明の母〉から生み出されたのが、まさに、棚に置いてあるコレなんだよな」

 そう言って叔父は、白い冷凍庫の脇の棚から、スパウトパウチの容器を取り出したのであった。


「飲むゼリーもそうだけれど、この軟らかい容器って、軽くてかさばらないし、持ち運びにも便利だよな」

「たしかに、そうだよね。しかも、スパウト部分が自由に開け閉めできるから、一気に飲み切らなくてもよいし」

「まさに、その発想をコマセに応用したのが、コレなんだよ」

「どおゆうこと?」

「コマセの場合、熟練の釣り人が一日中釣りをしたら、ブロック一個じゃ足りないんだけれど、ちょっと釣りをしたいだけの人の場合には、ワン・ブロック使い切れない場合もある」

「そうかもね」

「でも、作ったコマセは使い切らないとアカン。臭いがキツいんで余らせて持ち帰ると、それはもう大惨事」

「たしかに」

「でも、このチューブ式のタイプならば、使いたい分だけ、歯磨き粉みたいにチューって取り出せばよいし、蓋をしっかりしめれば持ち帰れるし、次の釣りにも使えるわけ」

「なるほど」

「そういった、一回の使用量が多くはない、お手軽に釣りを楽しみたい人には、このチューブ式のコマセが合っているのさ」

「へえ」

「このチューブ式なら、容器から出してそのまま使えるし、解凍する必要も、水と混ぜて作る手間も、わざわざ専用のバケツを買う必要もないって事」

「そ、それは、イイネ」


「さらに、だな」

「まだ、なんか初心者に優しいところがあるの?」

「あるよ。

 コマセをマゼマゼする時とか、作ったコマセをバケツから出す時には、スプーンとか柄杓を使うんだけど、やっぱ、出す時に手にコマセが付いちゃうってのは、どうしても避けられないんだ。

 で、手に付いたら、洗っても、臭いは簡単には取れないんだよね」

「そうかもね」

「でも、このチューブ式のコマセならば、歯磨き粉を出すみたいに使えばよいから、バケツに入れて作ったコマセよりも圧倒的に、手に付きにくいんだよ」

「なるほど」

「もちろん、昔からの釣り人の中には、こんなの素人が使うモンだって断固使用を拒否する人もいるけれど、ファミリーとかカップルで、ちょっと釣りでもやろうかって人には人気の商品で、最近だと、まあまあ売れてる品なんだよね」


「オイちゃんの話で、そのスパウトパウチもコマセの一種って事は分かったんだけど、冷凍のコマセ・アマエビとか、アミエビが入ったそのチューブ式のコマセって、具体的に、いったいどおゆう風に使う物なのかな?

 話だけだと、あんまりイメージできなくって」

「うぅぅぅ~~~ん、ヒトミの説明のために、売り物を使うってのは、やはりもったいないな。そうだな、動画配信サイトとかで、コマセの作り方、使い方ってのを配信している人もいるから、それを見てみたら」

「そうだね。夜にでも視聴してみるよ」


 !

 ここで、仁海は何かを思い付いたようだった。


「チューブ式のスパウトパウチに入れたコマセ・アミエビって、こう言ってよければ、まさに〈アミチューブ〉だね」

「……」

 叔父は、どう反応してよいのか戸惑っているようであった。

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