第36話 シティ・オブ・エパスメンダス攻防戦(1)
「思ったより早く着きましたね。ハヤトさん」
開かれた黄緑色の城門を通り抜けた瞬間に、オトハが声をかけてきた。
「あ、ああ……そうだな、オトハ」
声を少し震わせながら、相槌を返した。
オトハは気がついていないが、ここシティ・オブ・エパスメンダスに辿り着くまで、俺たちハンニバル小隊は実に多くのものを失った。
鎧は砕け散り、越境用の荷物や食糧は地べたに散乱し使い物にならなくなった。血液は数十年の献血は賄えるであろうほどの量でウルボロス山の中腹を赤く染め上げ、さらに命は地面を這いつくばりながら天に召されていき……ありとあらゆるものが消えていった。
おそらくどのような戦場でも、あのような悲惨な光景を目の当たりにすることはないだろう。
そのような殊勝なことを一瞬思いはしたが、ループでそれらはすべて元通りになったので、最終的に失ったのはスノハラと鉄製のトンファーだけだ。
何にせよ、俺としては数十回、数百回の周回プレイを経てこの場にいるわけで感慨もひとしおだ。
だが、この閃光の役立たずにこの敬意を教えても無駄。オトハの足りない頭では、おそらく理解不能だろう。
「ほぼ全員無傷でだから、これ以上の成果を求めるのはさすがに強欲というものだ。スノハラの件は、俺たちではどうしようもなかった。あれはあいつの頭の問題も多分にあるからな」
先刻名付けたばかりのウルボロス山越境戦を思い返しながら、俺は言った。
「スノハラさんは残念な人でしたからね……」
自分のことを棚に上げ、オトハが妙に的を得た言葉を返してくる。
「それはそうと……」
と言い直し、オトハに今日中に確かめなければならない最重要課題を訊くために話題を変えようとする。「そういや、オトハ。バグを簡単に倒せる兵器がエパスメンダスにあるって、言ってたよな」
今回の最終周回でこそバグは登場しなかったが、いつどこであの物体に遭遇するかわかったものではない。
いち早くそのアルテミットな最終兵器を手に入れる必要がある。
それを装備した瞬間こそ、俺が最強のチートキャラに転生したことになるはずだ。
「ああ、その件ですね」
オトハが少しもったいをつける。
「おお、その件、その件」
ウキウキしながら、その先を促した。
「ハヤトさん、それは嘘です」
「え……は?」
彼女が何を言っているのか、理解ができなかった。
「聞こえませんでしたか? ハヤトさん。仕方がない人ですね。それは嘘です」
オトハは平然とした顔で言う。
その後も、悪びれた顔ひとつ見せる雰囲気はない。
単にそれは俺の気のせいだろうかと思うほどの自然な態度を取っている。
聞けば、俺とスノハラをハンニバル小隊へ強引にでも引き入れるため、恰好の餌が必要だと思ったからそのような嘘をついたとのことだった。
不人気集団のハンニバル小隊では新入隊員がまったく入ってこず、常々隊員の人数に困っていたこともあり、オトハはあの手この手を使って何も知らなさそうな旅人を度々籠絡しようとしていたそうだ。
だから、言葉を濁してやがったのか……このローキック女……
顔をぶん殴りたいのを我慢して、ゴツ、と軽くオトハのつむじ辺りにゲンコツを食らわせた。
「うう……痛いです」オトハはまるで虐められているかのような弱い声を出した。「でも、街でバグと戦闘になんてなりませんし、バグは街に入ることはできませんから。まったく問題はないですよ」
俺の拳が痛かったのか、頭をさすりながら目に若干の涙を浮かべている。
ふん、とそれを見た俺は鼻を鳴らした。
「……オトハ、その説明では五十点だ。街ではバグどころか、人の戦闘行為自体が不可能だ」
そのタイミングで、背後から男の声が聞こえてきた。
「あれ? 兄様?」
オトハがふとした感じで呼びかける。
振り返ると、オトハの言葉通り彼女の兄であるキラが立っていた。
いつものローブとは違いエドワードと同じタイプの軍服を身にまとっている。そして、彼の隣にはなぜかジョン・スミスが突っ立っていた。
「スノハラのことは、残念だったな」
しんみりとキラが言う。
それを聞いた俺は静かに頷いた。
「キラ。戦闘行為が不可能というのはどういうことだ?」
若干落ち込んだ気分を変えるため、キラが述べた言葉の意味を深堀りすることにした。
キラ曰く、外壁に仕組まれたシステムにより、人間の殺傷行為自体がクレア・ザ・ファミリアの街の中では抑制されているらしく、それはVRMMOであった時代からそういう仕様だったようだ。
例えば包丁など食材を切ることはできるが、それで人間の生命を奪うことはできない。人体が殺意を頂いた時点でNG信号が送られ、動きが自動的に抑制されてしまい故意には人を深く傷つけることはできないらしい。
ただし、石に躓いたり不慮の事故でモノが当たったりした場合は、この限りではないし、もちろん人を掴めるのだから、街の外へ人を誘拐し殺害するというような類の行動は可能であるそうだ。
ひと通りの説明を終えたキラは作戦本部に行く必要があると言って、すぐにこの場を立ち去って行った。
オトハとは違い、口調、人格、頭、すべてにおいてパーフェクトな兄だ。
彼の背中を見つめながら、俺はそう思った。
と同時にその妹は残りカスであるとも。
俺たちが去り行くキラの後ろ姿を見送った後、
「そろそろ、ホテルのチェックインの時間だよ」
と、ジョン・スミスが声をかけてきた。
え、なんでおまえ、ここに残っているの?
というか、キラとどこかに行くんじゃなかったの?
色々な疑問が頭を巡ったが、あえてそれを口にはしなかった。
そうして、ジョン・スミスと俺たちは本日ハンニバル小隊が宿にするホテルへと向かった。
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