第34話 ウルボロス山越境戦(11)
ジョン・スミスを籠に乗せよっこらせと背中に担ぎ上げる。
なぜ俺が背中に粗大ゴミのような男を乗せる必要があるかというと、理由は単純で彼が歩きたくないからというだけだ。
このデブを中腹まで担いで行くのは癇に障るが、状況が状況である。背に腹はかえられない。
「あら、仲がいいこと」
雪の廊下に足跡を刻みながら、ファウが言う。
口調はあきらかにからかい上手のファウさん状態だった。
「いつの間にそんなに仲良くなったんですか?」
と、次にオトハ。
こいつもややからかっている口調だった。
「何だ、ハヤト。おまえとうとう飛脚ジョブを選んだのか?」
とスノハラも言う。
至極真面目な顔だった。
この馬鹿、そんなわけないだろう。
ジョブセレクトまでまだ半年以上あるってのをおまえは忘れたのか?
と文句をつけたかったが、こっちは百トンの重りを持ちながらの苦行と評しても過言ではない登山スタイルを取らざるを得ない身の上だ。
それにも増して、今や口もきけない程疲労困憊だった。
口を閉じる以外にできることは限られている。
そして、とうとう憎きあのウルボロスの山の中腹に差し掛かった。
ザクザクと、ハンニバル小隊一行の足音が響き渡る。
何度もバグと戦った場所へと徐々に近づいていく。
――ちょうどこの辺りのはずだ。
そう目測した俺は、錆びた日本刀を持って身構えた。
ジョン・スミスが俺の背中に体重を思いっきりかけて優雅にパソコンを弄っている態度が無性に腹立たしい。さらに付け加えるとすると単純に重い。
このままバグに襲われたら、このデブもろとも斬り捨てられることになるだろう。
そう考えて、ジョン・スミスを背中からおろそうとしたが、それを試みる度体重を妙なところにかけてきて一向におろせない。
しばらく、そのようなやりたくもない格闘が延々と続いた。
そして、ある程度の時間を経た後のことだった。
「……あれ? どうしたんだ?」
思わず口から声が漏れた。
未だ耳に聞こえてくるのは、ハンニバル小隊のザクザク音のみ。
全員が何事もないかのように、先へと進んでいる。
さらに吹雪の中に現れるはずの最初のバグ。あのすべての悲劇の根本原因であるゴキブリ野郎が、なぜか今回はいつまで経っても登場しない。
遭遇する時間を勘違いしているのかと思ったが、何度もループを繰り返している俺がそれを間違えるはずもない。
不思議に思った俺は、後ろで未だパソコンのキーボードをパチパチしているジョン・スミスに何か気がついたことがあるか尋ねた。
「この辺りのバグを除去した」
と、ジョン・スミスは短く答える。
「いや、それだったらもうちょっと早く言ってくれよ。というか、やる前に教えろ。ビビって損しただろ」当然、そう文句をつけた。「……でも、ジョン・スミス。もうバグはいなくなったんだろう? すなわちそれは、これでウルボロス山越境の件はすべてクリアってこと?」
「……まあ、何をもってクリアとするのかは難しいけど、きみの心配していた最大のものはこれで解決されたということになるかもね」
ジョン・スミスはほとんど感情がこもっていない口調でいう。
やけにあっけない結末だが、レトロ・ゲーム慣れしている俺としてはそんなものだろうとも思う。
とにかく、これでもうあのハヤト・ヨルノハ及びハンニバル小隊惨殺事件のループの輪から逃れられたということだ。
ここから先は山頂を越え、その先にあるシティ・オブ・エパスメンダスへ向かうだけだ。
しかし、そのようなことを俺が考えた直後、今までのループの中で経験したことがない新たなる事件が発生した。
「ヨシっ」という気合と共にスノハラが鉄製トンファーを手にして、いきなり突撃の準備を始めたのだ。
「おい、スノハラ。どこへ行くんだ。まだ何も現れていないぞ」
俺は当然そう注意した。
だが、スノハラは、「いいか、ハヤト。これは夢だ」の一点張り。
顔をよく確認してみたが、いつかと同じく今回も目がイっている。
毎回毎回この馬鹿は世話をかけさせやがって……
イライラしながら、スノハラの肩を掴もうとした。
だが、スノハラは俺の手を器用にすり抜けて、ひとりで勝手に全速力で前へと走り去っていく。
今回は以前のように横からきた雪崩に巻き込まれることもなく、自らその雪崩に突っ込んでいった。
やはりこのループでもスノハラは助けられないのか……
制止の言葉を無視して、雪崩の中へと消えていくスノハラの背中を見た俺は思わず頭を抱えた。
例のバグはもうここに存在しない。
なのに、なぜスノハラは何もない空間と刺し違えようとしたのだろう。
そこには何か一連のループにおける俺が知らない深い闇があるのかもしれない。
考えてみれば、これはバタフライエフェクトの影響ということも……
いや、と俺は首を横に振った。
度を越した低レベルな脳という特殊武器を持つあいつの行動なんて、所詮常人である俺には予測できるはずもない。
もうあいつはあきらめよう。考えても仕方がない。
そして、俺はその言葉通り考えることを止めた。
ああ馬鹿だと、もはや俺の能力が覚醒してステータスがインフレ化した主人公級か第四形態のラスボス級だとしても助けることはできないだろう。
「あれは、もう駄目だね」
スノハラの消え様に目をやりながら、いつの間にか俺の背中から降りていたジョン・スミスが無感動な顔をしてそう言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます