第33話 ウルボロス山越境戦(10)

「それはそうと、なんでハヤトは、自分だけ逃げようと思わなかったの?」

 ジョン・スミスが、訊いてきた。

「そんな選択肢があったのか……それはまったく考えつかなかった」

 正直な気持ちを吐露した。


 だが、例え思いついたとしても、俺はその選択は選ばなかっただろう。

 それでループを抜けられるなんて保証はないわけだし、スノハラとオトハを見捨てるようで、さらにいえばハンニバル小隊を見捨てるようで後味が悪そうだからだ。


 首を横に振った後、すぐに口を開いた。

「ジョン・スミス。この状況を解決するために、俺はハーメルンをこの中で探そうかと思っている」

「ハーメルン……この中で…それはハヤトがハンニバル小隊の中にハーメルンがいると思っているってことかい?」

「ああ、察しがいいな。ジョン・スミス。そう、ハーメルンはハンニバル小隊にいる……はずだ。何度ウルボロス山への越境を止めようとしても行軍を回避できないのは、ハーメルンによってハンニバル小隊が常に全滅へと導かれているとしか、今のところ……」

「……考えられないということだね。確かにハーメルンの仕業だというところは僕も同意するところだ」

 ジョン・スミスが少し目を細めた。


 その後、最終的に意思決定するのはエドワードで、彼が最も怪しいという推測も彼に伝えた。

 だが、いや、とジョン・スミスはすぐに首を横に振る。

「ハーメルンが、ハンニバル小隊にいる可能性は少ない。随分と前から彼らを僕は知っているからね。そんな素振りがあった人たちはひとりもいない」

「……そうなのか? だったらジョン・スミスは誰がハーメルンだと思っているんだ?」

 どこまでジョン・スミスの言葉を鵜呑みにして良いかは不明だが、ハンニバル小隊にハーメルンがいない前提で話を進めた。

「そうだな……おそらく、僕の予想では、ハーメルンはシルバー・クルセーダー作戦司令本部にいるはずだ」


 このジョン・スミスの推定が正しいとなると、眼鏡をかけていない名探偵ハヤト・ヨルノハこと俺の推理は早速否定されたことになる。

 だが、反論する根拠も自信もない俺は、素直にその後のジョン・スミスの話に耳を傾けることにした。


「まず、作戦司令本部に定められた罰則のレギュレーション自体がおかしいからね。まるで、フェーデが攻め込んでくるタイミングに合わせたかのようだ」

 ジョン・スミスはそう言うと、ポテチらしきものを口に入れた。

「言われてみれば、そうだな。タイミングが良すぎる気がしないでもない」

「……確かに軍隊の中で隊の存亡を左右しかねない重要なポジションだから、リーダーサブ・リーダーの逮捕、拘束という罰則は理解できる。だが、EXPの支払い停止という連帯責任は、あきらかに行き過ぎだね。それにこれは憶測に過ぎないけど、罰則自体もなぜか最近となって、ハンニバル小隊を狙い撃ちしたかのような内容になった。罰則のランクも格上げされたみたいだしね」

 ジョン・スミスが器用にポテチらしきものを食べながら説明する。

「なるほど。ジョン・スミスの結論は、ハーメルンが作戦司令本部の指令自体を作ったということだな」

「まあ、そうなるかな」

「……となると、そいつをなんとかすれば、ハンニバル小隊の全滅は避けられるということだな。よし、ジョン・スミス。そうと決まれば、そいつをぶち殺しに行こう。

 と言って、俺が勇んで歩き出そうとした矢先のことだった。

「どこに行くんだい? ハヤト」

 ジョン・スミスが声の抑揚も出さず尋ねてきた。

「どこって、決まっているだろ。シルバー・クルセーダー作戦司令本部があるところだ」

 鼻息を荒くしながら、言葉を返した。

「きみはその場所を知らないだろう。それに今のところ、シルバー・クルセーダー作戦司令本部はシティ・オブ・エパスメンダスに常駐しているよ」

 ジョン・スミスは衝撃の事実を告げる。


 何てことだ……

 俺は図らずも頭を大きく振った。


 シティ・オブ・エパスメンダスに作戦司令本部がいるということは、いずれにしてもウルボロス山を越境を試みる必要があるということになる。


「それであると、ハーメルンを作戦司令部に探しに行くことは不可能だ。おそらくバグを退治しないとウルボロス山の越境はできない。それが意味するところは、シティ・オブ・エパスメンダスに俺たちはいけないということだ」

 ショックを隠しながら、今までの経緯から至った推測をジョン・スミスに伝えた。


 かなり無理難題なお題を押し付けてしまったと思ったが、彼は次にあっさりと解決策を提示した。

「まあ、相手がバグだったら問題ないよ。僕も一緒にウルボロス山へ向かおう」

 待ち望んでいた台詞をジョン・スミスが告げる。

 もちろん問題ないという言葉が、解決策であるかはさておいてとしてだ。

 何にせよ、俺は一切状況に進展がないのにもかかわらず、深く胸を撫でおろしてしまった。

 

 だが、束の間の後、ふとした疑問が頭を過った。

 それをそのまま口にする。

「……ジョン・スミス。おまえ、いったい何者なんだ?」。

「僕? 僕は、この世界に迷い込んでしまった、ただの人間だよ。きみとそう変わりはないんじゃないかな」

 ジョン・スミスは、瞬きもせずそう答えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る