第32話 ウルボロス山越境戦(9)
ジョン・スミス――こいつ、今、タイムリープと言ったのか?
あまりにも予想外の台詞に、つい瞼をこれまでの人生の中で最も大きく開けてしまった。
「ハヤト、その反応……ゲフ。やっぱり、そうなんだね」
ポテチらしきものをポリポリ食べながら、ジョン・スミスが言う。
「ジョン・スミス。なんで、わかったんだ? まさか、オトハやスノハラと話をしているところを聞いていたのか?」
「それもあるけど、きみとオトハたちとの会話はただの裏付けだね。僕が観測しているバッファに異常な値が検知されたんだよ。異常な行動データと例えた方がより正確かもしれないけど」
「バッファ?」
ジョン・スミスが使ったあまり認識のない単語に、思わず甲高い声をあげてしまった。
この小デブが何を言っているか良くわからない。
バッファとは確か何かの領域を表す単語だったはずだ。それが異常な行動をとっているとはどうことなのか。
いや、データが何とかとも言っていたような……
考えれば考えるほど、頭がこんがらがってきた。
「ハヤト。きみ、ゲームに詳しかったんじゃないの?」
ジョン・スミスが訊いてきた。
口調はいつもと同じ。表情はポーカーフェースなので、何を考えているのかはわからない。
だが、俺が混乱しているのを見透かしたような質問だったので、若干腹立たしい。
「自慢ではないが、俺はゲームをプレイするのに必要な情報はたくさん知っている。例えば、サーバーとかの用語はオンラインゲームをやるのに必須の知識だ。だけど、そのバフなんとかというのはプログラム用語だろ? そんなの俺が知るわけないじゃないか」
「まあ、そうかもしれないね」
「ジョン・スミス。そうかも、ではなくて、そうなんだ。ゲームの開発者じゃないんだから、そういった知識は実生活では不要のはずだ」
この俺の台詞に、フン、とジョン・スミスが鼻で笑う。
内心イラっときたが、ここは会話を継続することにした。文句などを言って本題から逸れている余裕など、今の焦燥しきった俺にはなかった。
「……俺はなぜかループを繰り返している。ウルボロス山でバグに囲まれて、ハンニバル小隊全員がそいつらに殺されたら、その後になぜか時は巻き戻る。正確には、俺がバグに殺された後にタイムリープする」
と、簡易に状況を説明した。
「なるほど、データベースへバッファがリフレッシュされる前にバッファデータのタイムカラムをユニークキーとしてとロウが更新され続けているということか。ということは、きみの言う時が巻き戻るというのは、正確には過去には戻るけど何時間かは、時が進んだ時点に戻るということだね」
ジョン・スミスはペラペラと早口で説明した。
前半部分は意味不明で、さらになぜジョン・スミスが時間が進むのかわかったのかも不明だが、俺はあたかもすべてを理解したかのように頷いた。
「やはりそうなのか。ハヤト、それできみはループ……ループもどきが発生する原因をもうすでに知っているのかい?」
ジョン・スミスが話を進める。
「いや、わからない。ウルボロス山越境の日、初めてバグに殺された時に突然発生した。そこから一時間進むループが延々と続いている。そして、そのことを誰も覚えていない」
「そうなると、原因はおそらくリセット……データを合わせて状況を鑑みると、そう考えて然るべきかな」
「リセット……」
俺は思わずその言葉を復唱したが、彼が何を意図してそれを発言したのかよくわからない。
「それは後にしよう。説明し始めると物事の整理が大変だからね。で、ハヤト。まず僕が確認したいことは、正確には、何時間進むのかということだ。もちろんループが発生した後の話だよ」
「ああ、きっかり一時間進んだ時点に戻る」
「正確に一時間……なるほど、興味深い」ジョン・スミスはぼそりと呟いた。その後軽く吐息をつきながら、再び口を開く。「――巻戻る度に一時間時が進んでいる。だから、もしこのままウルボロス山での全滅まで時間が進んでしまったら、もしかすると、本当に全滅してしまうのかもしれない。きみはそう考えているということだね」
ジョン・スミスの説明は、的確に俺の状況を理解したような感じだった。
なぜそこまで正確にこの難解な事態を理解できるのか、先ほどに輪をかけて意味不明だ。
が、まさしくこいつが述べた通りでもある。
この巻き戻りがただのループではないところに、俺は底知れない恐怖を感じていた。
例えたった一時間でも、その一時間が積み重なると当然あの全滅の瞬間へといつかは到達してしまう。
時計の針が止めようがないのと同じだ。
過ぎた時間は取り戻せない。
たまたまループが発生してやり直せているように思っているが、実際には違う。
俺やハンニバル小隊はまわたで首を絞められるかのようにどんどん「その時」に近づいていき、やがて必然の破滅が訪れる。
ループはただそれを引き延ばしているだけだ。
巻き戻る、巻き戻らない。
いずれにせよ、やがて必ず悲惨な終わりを迎える。
俺がもっとも避けたいものは、そのような魔法少女的鬱展開だった。
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