第30話 ウルボロス山越境戦(7)

 この一周は、とにかく観察だ。

 

 スノハラ、オトハと協力して、事件解決に向かえば万事問題ない。

 何しろ、こいつらとは桃園で誓いあった仲だ。

 そう胸の内で呟いた。


 とはいえ、もうすでに俺は夢から覚めそうになっていたので、その起こってもないイベントをさも発生したかのように自分を錯覚、ないし納得させることによって、彼らに対する疑いを脳裏から払拭した。


 そして、数日後、この世に生ける者として信じ難いことだが、本当に特に何の進展もなくそのままウルボロス山越境の日を迎えた。

 ウルボロス山への出発までの期間、いくら俺が催促してもスノハラとオトハはのほほんと暮らしているだけで、具体的な行動を起こそうとはしなかったのだ。


 結局、この期間ずっと胸の内に抱いていた、おまえらマジ何もしなくて大丈夫なのか、という俺の極自然な心配は、まったく杞憂に終わらなかった。

「ハヤト、心配するな。俺の胸を借りるつもりでいろ。俺に任せていれば、すべて無問題だ」

 道中、スノハラはそう言った。

 使う言葉が若干間違っているが、この際、追い詰められていた俺はそれを不問にすることにした。

 なのにもかかわらず、案の定スノハラはそのまま中腹で雪崩に巻き込まれた。


「ハヤトさん、大丈夫ですよ。あなたのオトハは死にません。ええ、そうですとも。そうですとも。オトハは絶対にスノハラさん、ハヤトさんよりも生き延びて見せます。例え、火の中、水の中。さらに地を這ってでも」

 オトハは雪合戦中、そう俺に語っていた。

 確かに、スノハラよりは長く生きたが、オトハはエドワードと共にバグの触手により秒殺された。

 そもそもこいつも言葉の使い方を間違っている。

 頭の悪い奴の共通点なのだろうか。


 さらにエドワードに至っては、

「おい、ハヤト。バグなんて現れるわけがねえよ。それに、安心しろ。もし出てきたとしたら、俺がこの手で秒殺してやる」

 と、胸を強く叩いて宣言していた。

 無論結果は先述の通りだ。もはやこいつにかける言葉はない。

「エドワード……何でこんなことに」

 そして、ファウはエドワードの惨殺死体を見て嘆きの声をあげる。


 何でこんなことにじゃねえ! バグってんのか!

 と告げようと思ったが、バグの触手攻撃により阻まれてしまった。

 辞世の句くらい述べさせてくれと思いはしたが、それは後の祭りだった。


 それから、俺たちハンニバル小隊改めスペランカー部隊は仲良く揃って全滅し、時は遡って四日前くらいにまた戻る。


 覚めると、俺はひとりだった。

 先程の経緯を鑑みて、憤然たる思いで地面を踏み締める。

 一言文句を言ってやろうと、オトハとスノハラがたむろしている場所へと突撃した。

「何言ってんだ、おまえ。タイム……リープ? そんな馬鹿みたいなこと言ってないで、あの錆びた日本刀でも磨いておけよ。俺の鉄製トンファーの磨き具合と比べてみろ、ほら」

「そうですよ、ハヤトさん。スノハラさんの言う通りです。戦いの前でナーバスになっているのはわかりますが、お子様じゃないんですから。そのタイム……リープ? なんて与太話をしてないで、ちゃんと心の準備をしてください。いくらオトハでも怒りますよ」


 前回の周回と比べて俺への態度が明らかに違う。

 これは状況が前回より悪化したということだろうか。

 なぜ何もしていないのに悪化する? これもバタフライエフェクトによるものなのだろうか。

 あまりにも釈然としない事態に、俺は強く頭を振った。


 このやりきれない思いをどこにやれというのか。

 いや、それより前に言いたいことがある。

「おい、おまえら。全然覚えてないじゃん。何が桃園の誓いだ!」

 腹の底から湧きあがる怒気を声に乗せ、言霊を放った。


 そして、俺のその言霊に反応したふたりが声を揃えて返してきた台詞は、深く傷ついた俺の心を絶望の淵に追いやった。

「ところで、タイムなんとかって何?」

 

 ふたりの頼りない――改め馬鹿な仲間の協力を失ってからも、俺はその後気が遠くなる回数周回した。

 そして、その間バグに殺されながらも、何とか諦めず気を確かにして、自分の置かれた状況を整理し続けた。


 どうやら、俺は死んだら過去のある時点、正確に言えば一時間程度進んだ時点に戻る。

 注釈はつくが、つまり俺は殺されても死なないということだ。

 そして、元々のタイムリープ先は全滅の日の一週間前だったが、今はすでに三日前。俺の行動の変化によって何かが変わるせいか、全滅までの期間発生する事象が、似てはいるが若干違う。


 ということは、過去を変えられないというわけではないようだ。さらにループ後一時間進んだその時点の前は事実として確定し、改変はもう起きない。

 つまり、まったく時間が進行していないということではない。

 しかし、このことは、全滅の時間まで時が進んでしまったら、もう後戻りはできないということを意味している。


 ウルボロス山の越境を回避さえできれば、このループから抜けれられるような気はする。

 だが、これは何の根拠もないただの憶測だ。

 それに回避しようとしても、やはり最終的に越境の日にはウルボロス山へとハンニバル小隊は出発してしまう。


 ループうんぬんはひとまず放置しておくとして、これらを包括的に鑑みた時、EXPハント団を地獄のデスロードとも例えるべき名称不明の草原へと誘ったトラビスのことがなぜか脳裏に過った。

 よくよく考えてみると、色々な点が類似しているような気がする。

 なぜ俺たちは必ずウルボロス山へ向かってしまうのか。さらになぜそのような状況にハンニバル小隊は追い込まれてしまうのか。

 常々妙だと薄々考えていた点を整理すると、疑惑はさらに深くなった。

 そして、いつしか俺はこの事件に彼のような者が関係しているのではないかと思うようになった。

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