第29話 ウルボロス山越境戦(6)

「相変わらず馬鹿ね。ハヤト」

 エドワードと共に部屋にいたファウが見下した目を俺に送ってくる。

 

 聞くところによると、シルバー・クルセーダー軍作戦司令本部総監であるエス・カトーの命令に反すると重大な罰則があるらしく、その後のハンニバル小隊の存続が危ぶまれる事態になるそうだ。


 具体的には、特段の理由なく期日までに指定先に到着しないことを指定先指令未達違反といい、罰則がここ直近で第七号軍規違反に格上げされたらしく、今後その法を犯すとハンニバル小隊の年間維持費やメンバー全員分の給与イコールEXP支給が停止され、さらにはリーダーとサブリーダーは牢屋にぶち込まれるらしい。

 要はエドワードとファウは仲良くカップルで牢屋に入り、俺を含めたハンニバル小隊の面々は晴れてこの異世界で無職となるということだ。

 

 なんだ、その無茶苦茶なレギュレーション。危ういどころかハンニバル小隊は事実上の解散じゃねえか。プログラムバグ以上にシナリオが狂ってやがる。このままでは間違いなく、本年のクソゲーオブザイヤーに選ばれるぞ。

 当然ながら、俺は深く憤った。


「何だ、ハヤト。どうした? 今更戦時下に行くのをビビってるのか? もう決定は変わらないぞ。ハンニバル小隊を解散させられたら、たまったもんじゃないからな。馬鹿な奴だ」

「ダメな子ね、ハヤト。期日は絶対厳守だから別ルートもありえないわ。やれやれ、ね。そんなに怖いならジョン・スミスとお留守番していたらどうかしら? 一緒にポテチでも食べて帰りを待ってなさい」


 バカップルふたりから責め苦を受けるのは心外だ。

 この調子だとタイムリープの件を話しても時間の無駄に終わる可能性が高い。

 

 ふたりと話してひとつわかったことは、言葉によりハンニバル小隊を引き留めるような方法では何も解決しないということだ。

 司令本部のレギュレーション上の関係から、ウルボロス山への出発を止めることはもちろん、迂回ルートを取ることさえできない事実は変わりはしないのだ。


 期待のエドワードに裏切られた俺は、仕方なくスノハラに相談することにした。

 頼れない男ではあるが、名もなき草原――ひょっとして名前はあるかもしれないが――で苦楽を共にした仲だ。

 現状を鑑みると、彼以外の選択肢はまず俺にはなかった。


「タイムリープか……それは大変だな。ああ、わかったぜ、ハヤト。俺に任せろ」

 そう言って、スノハラは相談されているのが照れ臭いのか人差し指で鼻をさする。


 前言撤回になってしまうが、彼なりにこの一週間まじめに過ごしていて、いつもとは雰囲気の違う彼であれば、このムリゲー・ループも一緒にクリアできるかもしれない。

 考えてみれば、チート能力を持っているのは俺以外では彼だけ。はじめから、頼るべきはスノハラだったのだ。

 若干ではあるが、胸が軽くなった。


 そこで、後ろからポンっと肩を叩かれる。

「ハヤトさん、水臭いですよ」振り返った先にいたオトハが言う。「事情は聞きました(盗み聞き)。私にも任せてください。タイム……リープ? ……なんて病気みたいなものですよ、このオトハが治して差し上げます」


 胸を張って声オトハが、弱った俺の心には天使のように見えた。

 普段はスノハラと同様あまりに頼りにならないが、こういう時こそ力になってくれる頼もしい女性だ。

 さすがクレア・ザ・ファミリアの大先輩。どうやら、閃光の役立たずなんて小馬鹿にしていたことを心の底から反省しなければならないようだ。


 すっかり忘れていたが、このふたりこそが親友。そう、ピンチの時に助け合えるのが本当の義兄妹なのだ。

 そう思った瞬間、あの名も無きレストラン――本当は名前があるのかもしれないが――での三人の会話は桃園の誓いになった。


「ああ、俺たちも絶対にタイムリープ……してやるぜ。こういう時は、勝負をかける時を間違えないことが鉄則だ。仕掛け時までは観察だ、観察」

「そうですよ、ハヤトさん。何事も見ることが大事なのです。スノハラさんの仰られている通り、観察ですよ、観察。オトハはそれが今のハヤトさんに必要なものであると深く確信しております」

「ウルボロス山で雪崩に巻き込まれる……か。大丈夫だ。俺はスキーだけは得意だからな。氷上の狼と言われていたくらいだぜ。ドンと俺に任せろ、ハヤト」

「もう少し生きていてくれ……ですか。大丈夫ですよ、ハヤトさん。ほら、僕は死にませんとかいうドラマ観たことがありませんか? ウルボロス山にはトラック来ませんから、もっと安全です。問題ありません、あなたのオトハは死にませんよ」

「何々……次回に覚えてる? 覚えてるに決まってるじゃないか。俺が一度でも嘘をついたことがあるか? オトハの言葉を借りるようだが、水臭いぞ、ハヤト」

「そうですねえ。こういう話を聞いたキャラは、重要な役割を果たすものです。ご心配なさらなくても、オトハはスノハラさんと同じく絶対にタイム……リープ? したのを覚えています。そうですよ、スノハラさんの言葉をまた借りますが、まずは観察から始めましょう。とにかく大船に乗ったつもりでいてください」


 スノハラ、オトハのこれらの言動に若干嫌な予感がしたが、俺は兎にも角にもその意見に乗ることにした。

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