第28話 ウルボロス山越境戦(5)
「おい、オトハ。以前、バグを倒す兵器があるって言っていただろう。それを俺に貸してくれないか?」
息を切らしながら訊いた。
花壇にある花へとちらりと目を向ける。
この巨大な花は世界一臭いラフレシアのはずだが、あまり匂いはしない。
クレア・ザ・ファミリアの設定のせいか?
それより、設計者はなんでこんなグロテスクな花を匂いの設定を変えてまで電脳世界に再現したかったんだ?
まったくもって、この世界は意味不明なことだらけだ。
なんてのは後で考えたことで、その時はオトハのいう対バグ用兵器のことしか頭になかった。
「あ……あれですか……」
と、言葉を濁すオトハ。
たいへん言いにくいことなのですが、と前置きした後、
「実は……シティ・オブ・エパスメンダスにしかないのです」
首を横に振りながら言った。
風になびいていたラフレシアが動きを止める。
しん、と辺りは静まり返った。
シティなんとかって……シティ・オブ・エパスメンダスとかいうハンニバル小隊の目的地のことか?
それってウルボロス山の向こう側じゃないか。それを越えるために武器が必要なのに、越えたところにあるとは、なんて使えない兵器なんだ。
最も必要な時にその場にない武器など存在しないのと同じだ。
俺は腹の底から絶望した。
「本当に近くにないのか?」
諦めきれないので、確認した。
「え、ええ。残念ですが、ありません。でも、なぜバグを倒す武器なんか必要なんですか? 確かにウルボロス山に向かいますが、バグがいるとは限りませんよ」
「ああ、それはタイムリ……」
俺はそう言いかけたが、言葉を止めた。
今自然発生的にタイムリープという単語を使おうとしたが、これは正しく今の状況を表しているのだろうか。
タイムリープの定義は良く覚えていないが、どこかの時点まで過去に戻ることを指しているはずだ。
それはそれで正しいが、戻った際一時間ずつオートマチックに進むという良くわからない事象が発生している。
それが果たしてタイムリープと言えるのかは不明だ。
いずれにせよ、便宜上タイムリープとして語るしかないだろうが、それは今ではない。
一週間前に戻る件で、オトハに何か相談したところでこの状況が解決するとは思えないからだ。
そんなことを言われても、彼女の頭に策はひとつも思い浮かばないことだろう。要は、時間の無駄ということだ。犬や猫に相談した方がまだマシといえるかもしれない。
なぜなら、彼女はあのオトハ・エムエル・リュウノオトハネだ。頭が良くないことにおいては一定の定評がある。
「ハヤトさん、どうかしましたか? 何かバグについてタイムリーな話題をオトハに教えてくれるのでしょうか? それだったら、オトハはバグのことなんかより、聖帝十字陵の話題が良いのですけれど」
オトハが怪訝そうに眉を顰めながら、俺の顔をのぞき込んでくる。
「いや、何でもない……」
そう言って、俺はそのまま兵舎洋館の方へと身体を向けた。
こうしてはいられない。こうなればルートを変える、もしくは、ウルボロス山越境作戦の強制停止しかない。そう、それ以外に俺が助かる道はない。
痛い思いはもう嫌だし、死ぬ思いも嫌だ。実際に死ぬのはもっと嫌だ。
そうして俺は、閃光の役立たずオトハをその場に放置し、ハンニバル小隊事務室にいるのであろうエドワードの元へと向かった。
「ハヤト殿何を急いでおられる? 困ってる? それであれば拙者にご相談を。蒼天すでに死す、黄天まさに立つべしと言われておる。何やら漢字では蒼天已死黄天當立と書くそうな。その旗を掲れば、万事上手くいくでござる。もちろん、イエヤスには内密にしておくでござる。いやー、愉快、愉快」
「困ってる? 神の御加護を、ハヤト。それはいいとして、私のジャック・ダニエルどこにいったか知らない? 見当たらないんだけど。エドワードが盗んだのかしら? いや、スノハラの可能性の方が高いな。だとしたら、もはや燃やすしかない。いや、火炙りの刑に処した方がいいかしら」
「そんなの知らないよ。別におまえなんて困っててもいいし、その辺でのたれ死んだって一向にアメリアは構わないよ。別にこっちが困るってわけじゃないし。ねえ、イザベラ、こいつなんか表情やばいよ。きもい。やっぱこいつもスノハラと同じだよ。ホント生地を厚めにしておいて正解だったね。透けてるところばかり見てくるんだもの」
「……おい、ハヤト。困ってるって、まさかまたスノハラとのぞきの算段でもする気じゃないでしょうね。アメリア、やっぱり今の内にこいつらふたり去勢しておいた方がいいんじゃないかしら。毎回お風呂のぞかれたら、たまったもんじゃないわ」
「ローランド、テリー。ハヤトのために音楽を奏でよう。僕たちにはわからないが、何かに困っているようだ。そう、ハヤトの精神が落ちつく曲にしよう。きっと、すべてが時間が解決してくれる。ハヤト、案ずるな。心はいつもLet it be。なるようになるさ……」
道中に起きたそのような無駄なやりとりをすべて無視。猛スピードで小隊事務室に飛び込んだ。
「そいつは無理だな」
肩で息をしている俺が台詞を終えるや否や、エドワードはあっさりとその提案を断った。
こうして、俺の心の中にあった最後の希望というクリスタルは無惨にも砕け散った。
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