第27話 ウルボロス山越境戦(4)

 今度はスノハラが目の前にいた。

 これは廊下を歩いているところにバタリと出会った後の時点だった。


 そこで、俺は自分の身体をくまなく眺めた。

 例の死による恐怖のせいか、手が小刻みに揺れている。

 それを見て遅まきながら、ようやく自分が異常な状態に巻き込まれていることに気がついた。

 もちろん、夢である可能性も考えたがそれはない。

 夢であるとすれば、あのような痛みがあるはずがないし、バグを倒すくらいの妄想コントロールはできるはずだ。だが、現実であるのだからそんなことができるはずもなく、奇跡のようなものも起きない。

 奇跡とは起こるべくして起こるもので、起こるべくして起きたことのない俺には、夢以外に奇跡など起きるはずがないのだ。

 ゆえにこれは夢ではなく、俺たちが死ぬ日から一週間前までをループしていると断定する方が正解のはずだ。


 なぜかきっかり一時間、時間が進んでいることは気にかかるが、そうであれば少なくともこの展開に疑問を感じることはない。

 こういっては語弊があるかもしれないが、実のところ俺はあまりこのループしていること自体にそうは驚かなかった。

 元はVRMMOであるクレア・ザ・ファミリアであればありえないことではない、そう思ったからだ。


 ここまでわかれば話は簡単だ。

 君を救うためだったら何度だってやり直す。

 まったく覚えていないが、動画配信サイトか何かで観たレトロ映画のトレーラーのキャッチフレーズだ。

 トレーラーと述べたからにはもちろんその映画は観ていない。観てもいないからその映画の結末をもちろん知らない。今度観ようと思って心に留めてはいるが、タイトルさえ忘れてしまっているので観れていないのだ。だから、俺が結末から何から何まで知らないことは当然だ。

 とにもかくにも俺は今そうヒロイックに心に誓った。


 しかし、結論から先にいうと、そんなに忍耐は持たず、すぐに精神が底の底から折れた。

 よく考えてみれば、君を救うだなんて言ってはみたが、いったい誰を救うというのだろうか。

 だいたい君という単語自体、その対象が曖昧すぎる。スノハラでないことは確かだが、君なんてやつに心があたりはない。ましてや救うなんてもっての他だ。

 それに、どちらかといえば救って欲しいのは俺の方だ。


 何回かやり直しても、全滅という結果はまったく変わらない。

 昔やったことのあるレトロゲームの中のムリゲーのムリゲー感が半端なく出ている。


 仲間内でもチート能力を持つ俺個人でいえば、慣れのおかげである程度バグの攻撃は回避できるようになったのだが、どうアドバイスしても仲間であるハンニバル小隊のメンバーはスペランカーのようにすぐ死ぬのですぐに俺はひとりになった。


 そして、もうひとりのチート級であるスノハラも事前に雪の藻屑として消えてしまう。

 バグとの戦闘の前に去っていくこの友人に対し思うところは多々あるが、それは直近の課題ではないのでひとまず置いておこう。

 何にせよ、彼が不在の中、バグ一体でも相手にできず、逃げることしかできない俺が、数十体に囲まれた状態でそいつらを相手にすることなどできるはずもない。

 持ちこたえて数分、酷い時には数秒で駆逐される。

 そもそもどうやったらあんな化け物を倒せるのかが不明だ。


 さらに、初回付近は突然だったから痛みは一瞬に感じられたが、切られるとわかっていて首や手足を真っ二つにされるのは、結構どころか死ぬほど痛い。

 チート級の能力を得たとはいえ、俺は身体的にも精神的にも全然貧弱だ。

 二回、三回と周回を繰り返した後に、この無理ゲーをもう後何度もコンテニューすることなど不可能だと悟った。


 死んだ後のコンテニューなんてゲームだからできることで、クリアできるかもわからないのに痛みに耐えて死後人生の再トライを繰り返すことなど、そう何度も進んでできるはずもない。

 マゾでもサドでもサドマゾでもないどノーマルで温室育ちの俺が、拷問を遥かに超えた仕打ちを受けて耐え切れるはずもない。

 最高責任者はどこか? 最高責任者を呼べ。総責任者でも総支配人でも良い。

 なんなら京都三条河原三条大橋左手川沿い徒歩五分にあるボロアパートの音無響子似ではないがそれくらい可愛い大家を呼んでくれたら、俺は嬉しい。


 かのように心が崩壊しかけた時だった。

 199X年世界が核の炎に包まれたかのような天啓が俺の脳裏に舞い降りた。

 ひとつ重要な情報を忘れていたことに気がついたのだ。

 それは、次の周回、またバグに殺された後、いつもと同じく意識が戻った矢先のことだった。


 俺の能力でバグを倒せないのであれば倒せるものがあればいい。

 火がないのであれば、ライターを使えば良いのと同じ論理だ。何ならチャッカマンでも良い。

 よくよく考えなくても錆びた日本刀でバグと戦っても勝てるわけないじゃないか。

 なんて馬鹿なんだ、と自戒の意味を込めて自分の頭を叩く。


 その後、なぜか花壇の前でしゃがみ込み、世界最大で世界一臭いとされる全寄生植物ラフレシアっぽいグロテスクな花を愛でている魔法の使えない不思議少女改め閃光の役立たずオトハの元へと早足で向かった。

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