第26話 ウルボロス山越境戦(3)
なぜ死んだはずの俺がこのような回想録を語ることができたかといえば、正確にいえばまったく死んでいなかったからだ。
他のハンニバル小隊の面々も同様に現時刻全員生存している。
かといって、それは俺たちがこれから先、ウルボロス山を越境しシティ・オブ・エパスメンダスに晴れて到着したということではなく、やはり向かったその日に全滅してしまうのだ。
何を言っているのかわからないだろうが、それから俺の身に起こったことは俺が今述べた言葉通りのことだ。
初めて死んだ後の朝目を覚ますと、俺の手が勝手に目覚まし時計を止めた。目覚ましの音は当然鳴っていない。時刻は七時ジャスト、起きたのはそのは数秒前。
ぎりぎりだったが、今日も目覚まし時計を使わず朝起きることができた、やったぜ!
もちろんそのような喜び方をするわけがない。
死亡したのに次の日の朝何事もなく目を覚ますとは、パラドックスもいいところだ。
というわけで、俺はカレンダーをいの一番に確認する。
ウルボロス山越境の日の一週間前だった。紛れもなく準備を始めるその日。オトハが迎えに来て、俺が起きていることに驚くところまで同じだ。二日目からはそこまでではなかった。
「あら、起きてたんですね?」
このくらいのものだった。
したがって、やはり俺は一週間前の当日にいることは間違いない。
先の一週間の未来を夢でも見たのだろうか。ずいぶんと長い夢だった。
その時俺はそう思っただけだった。
だが、夢から覚めてみてもエドワードは真面目に事務室で働いているし、スノハラも馬鹿なくせに鍛錬後三分間真剣に鉄製トンファーに向き合っていて、忍者ヨウドウ・ミツルギの歴史観はわりかしまともだった。
アメリア、イザベラの双子姉妹は厚着になるし、音楽隊の奏でる音楽も暗い。フレアもテキーラの一気飲みをその日に止めた。
そして、ファウはジョン・スミスにお尻を触られても彼を殴らない。
さらにオトハはいつも通り馬鹿だった。
要は見た夢と全く同じだということだ。
一週間後、準備を終えウルボロス山の入り口へと向うところも夢のシナリオと変更がない。
その後、オトハとスノハラと共に雪合戦をするし、エドワードは宴会後風俗にいった話がバレてファウに笑いながら腹部を殴られ、楽しく話しているふりをしろと命じられる。
ヨウドウ・ミツルギは雪に隠れて霜焼けになり、フレアはウィスキーに氷を入れ過ぎて頭痛を訴えながら吐く。
双子姉妹と音楽隊の宴会企画の相談にスノハラが突撃して、盛り上げたいなら全員で脱いで裸の演奏会をすれば良いと提案しアメリアに顔をぶん殴られる。
中腹に向かうまで何体かのモンスターに出会うが、バグに変形することもなくもちろん簡単に対処できる。
そして、チキンのはずのスノハラは普段見せない勇敢さでバグ正面に突進して、またも雪崩に巻き込まれた。
彼の消えていく姿やそれを見守るハンニバル小隊の面々の反応までほとんど同じ。
当然かのようにその後、俺たちはバグに囲まれる。
触手の集中砲火を受け、またハンニバル小隊はたいして抗うこともなく全滅。ファウはエドワードが死んで泣き叫んだところで殺られて、それを最後まで見ていた俺は首が身体から離れたところで、目の前が真っ暗になってジ・エンド。
これは正夢なのか、ただの夢なのか、はたまた新手の幻覚なのか。
俺の意識はまたウルボロス山越境の一週間に前に戻った。
ただ今度は目覚ましを止めることはなかった。
なぜなら、俺がいたのはベッドの中ではなく、俺の部屋の外だったからだ。
そして、目の前にいるのは目覚まし時計ではなくオトハ。唇を震わせながら立っていた。
「し、信じられません……今日はひとりで起きれたんですね。よ、ようやく巣立ってくれる気になった……んですね。この日をどれだけ待ったことでしょう。オトハ、感動です」
と声も震わせ、一週間前俺に感慨深げに言ったのと同じ台詞を吐く。
デジャブどころの話ではない。
……俺はまた一週間という異常に長い期間の白昼夢でも見ていたのだろうか。
いくら何でもリアル過ぎる夢だが、このようなことを誰に相談しても無駄だろう。
相談後、精神に異常が認められるとか診断されでもしたら大変なことになる。
そうなれば、スノハラやオトハのような異常者より、俺が異常な人間ということになる。これだけはさすがに我慢ならない。
それに間違って精神病院に閉じ込められでもしたら、永遠にそこで生活させられるハメになってしまう可能性もある。
そして、また俺は時の流れに身を任せるままにした。
といより、何が起こっているか意味不明で何か対処するなんて考えもしなかった。
何もしなかったので、例の如くハンニバル小隊は準備を終えるとウルボロス山に向かい、中腹までに何体かのモンスターを倒し、中腹に着いたら着いたでスノハラはまた雪崩に巻き込まれ姿を消す。
最後には、バグたちに首という首を触手で刈り取られて、晴れて全員死亡。
そして、俺はまたあの一週間前の朝に戻る。
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