第25話 ウルボロス山越境戦(2)

 準備を始めてから一週間後、ウルボロス山越境の朝、先に目的地に向かったキラと作戦に参加しないジョン・スミスを除いた俺たちハンニバル小隊の面々は、雪積もるウルボロス山の入り口にいた。

 ウルボロスなんて名前がついているとなんだかおどろおどろしい魔境を想像してしまうが、麓近くで見ると何てことはない。

 それは単に雪が積もっているだけの文字通り何の変哲もない雪山だった。

 

 当初、俺の第一印象に間違いはなかった。

 軽く雪が舞う中での登山だったが、何ら異常事態は発生することもなく、その当時の俺もスノハラやオトハと雪合戦――要はふざけあいながら、ピクニック気分で雪山の登山を楽しんでいた。


 ラスボス級モンスターがいきなり俺たちの目の前に現れるなんてこともなく、その道中はウリボリアン級が少々いるくらいのもので、俺たちはそのほとんどを無視してやり過ごした。また、そのウリボリアン級も温厚な性格をしているものが多いせいか、こちらを襲ってくることはなかった。

 運悪く俺たちと戦闘になり殺害されたウリボリアン級も数体いたが、それらが死亡してからバグに変形するといったこともなかったので、すべてが簡単に対処できた。


 このような楽勝モードで山道を進んでいったこともあったせいか、いつの間にか俺たちだけではなくハンニバル小隊その他全員の緊張感も弛緩するようになっていった。


 越境を杞憂していたはずのエドワードはファウと何やら楽しそうに歓談しており、双子姉妹も音楽隊男メンバーと今後どのように宴会を盛り上げるか明るい表情で話し込んでいた。

 他の仲間たちもそれぞれ思い思いに雪と戯れているようだ。

 その中でも特に目立っているのは、ヨウドウ・ミツルギとフレアだった。ヨウドウ・ミツルギは雪に隠れて何かしらの忍術の研究をしており、一方のフレアは雪を氷がわりにしてウィスキーをあおっていた。

 だが、次第に雪が強く吹きつけるようになり、俺たちを含めハンニバル小隊一行全体がどんよりとした空気に包まれていくこととなった。


 そして、事が起こったのは、俺たち一行がウルボロス山の中腹に差し掛かった時だった。

 驚いたことに、俺が知る限りいつもはモンスターを媒体として変異するパターンしかなかったバグが、丘の上に単体で現れたのだ。

 あまりに突然のことに俺たち一行は、パソコンがフリーズしたかのようにその場に立ち止まった。


 だが、何を思ったのかスノハラだけが、すぐさま鉄製トンファーを手に持って、バグの目がけて突進していった。

 トンファーと身体で吹雪を切り裂いていく彼の様子をただ俺たちは背後から見ていた。

 そう、バグの出現に凍り付いている俺たちには、彼の行動止める時間なんてなかったのだ。


 スノハラがバグにトンファーで挑もうとしたその時、何かが軋む音が鳴った。

 小さな雪の玉がコロコロと俺の足元に落ちてきたかと思うと、すぐに地鳴りのような音が山頂の方角から聞こえてきた。


 これはもしかすると……危険な状況じゃないのか。

 俺がそう推察した瞬間だった。


 突如として横から現れた雪崩にスノハラはあっけなく巻き込まれた。

 こちらを振り返ることもなく、後ろ姿のままテトリスのように積み上げられていく雪の中へと消えていく。


「なんてあっけない最後なんだ」とか、「早く救助しなければ」とか、その時思うことはなかった。

 俺を含めたハンニバル小隊は彼を救うチャレンジさえすることは叶わず、各個人自分の身を守るため、ただほふく前進を繰り返し雪崩を避ける行動しかとることができなかったからだ。


 雪の崩落がおさまってしばらくたった後、俺は周囲を確認した。

「いつの間に……」

 状況を把握した瞬間、図らずもそう声を漏らした。

 信じがたいことだが、先ほどまで一体しか姿の見えなかったバグが数十体に増えており、それらが俺たちハンニバル小隊を取り囲んでいたのだ。


 その時の俺がどう思ったかはさして重要ではない。

 なぜなら、抵抗することなんて一切できなかったからだ。

 

 俺たちハンニバル小隊はなすすべもなくバグに蹂躙された。

 エドワードとヒューイ、さらにオトハは瞬殺。ヨウドウ・ミツルギは何かしらの忍術を詠唱しようとしたところで身体を真っ二つにされた。

 双子の踊り子含む我らがハンニバル小隊音楽隊は音も奏でることなく散っていった。

 修道女フレアは神に祈っているところを、脳天から一直線に切断された。

 ファウは少し抵抗したのでエドワードよりは生き延びた。


 俺の目の前を飛び散る血しぶき、首、手、足、肉片、様々な装備品。

 それは、全員顔見知り以上の間柄の人たちのものだ。

 だからといって、俺がショックを受けたり、感傷に浸ったりする時間などはなかった。


 一呼吸の間を空けることもなく、全員の死を見届けた俺の首を黒い触手が掻っ切ったのだ。

 目の前が真っ暗になった。

 異常に痛いと思ったのは束の間。巷で言われているような死の間際に走馬灯が現れるといったことも一切なかった。


 そして、俺の短い人生はここで終わった。

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