第24話 ウルボロス山越境戦(1)

 今思えば、その一週間はおかしかったかもしれない。

 戦いに向かう前であるのだから、ただ全員がナーバスになっている。

 当時はそう単純に思っていただけだった。

 だが、こんな状態になった現在を鑑みれば、それはウルボロス山中で起こる事態の前兆だったのだろう。


 シルバー・クルセーダー軍作戦司令本部から、エドワードがシティ・オブ・エパスメンダスの防衛任務を指示されたことがすべての発端だった。

 エドワード曰く、フェーデという国が近日中にシティ・オブ・エパスメンダスへ攻め込んでくるという情報を事前に司令本部の諜報機関がキャッチしたらしく、それをもって司令本部は支配下にある各街から所属軍隊を参集しこの防衛にあたるつもりであるとのことだった。

 当然、シルバー・クルセーダー軍に所属しているハンニバル小隊にも白羽の矢が立ち、エドワードがこれを断る理由もないので、俺たちはほぼ全メンバーでシティ・オブ・エパスメンダスへ行くことになった。

 初めは飛行船で行くのかと思っていたが、司令本部の見解では時期にフェーデに制空権を支配される可能性があるとのことで、ウルボロス山を越えてシティ・オブ・エパスメンダスに徒歩で向かうことを指示されたらしい。


 エドワードは初めウルボロス山越えをかなり渋っていた。

 ウルボロス山は標高が高くオールシーズン自然の猛威が吹き荒れる厳しい環境で、越境のためには、色々な物をハンニバル小隊の年間予算を使って調達しなければならないそうだ。

 また、ウルボロス山ルートのシティ・オブ・エパスメンダスへの旅路は遭遇するモンスターのレベルは低いが降り積もった雪のせいで道自体に危険性があるらしく、一説によるとその道程はハンニバルのアルプス越えに近いとのことだった。

 

 映画を観た僕でもそんなシーンがあった記憶はなくそれが何のことかはわからなかったが、ハンニバル・レクターのような老人がアルプス山脈を越えることは、イメージするだけでも難しいことがわかる。


 そういった経緯があり、準備や食糧調達などで慌ただしくなったせいで、俺は普段であれば簡単にわかったであろう異変に、最後まで気がつくことはなかった。


 考えてみると、まずおかしかったのは、いつもはオトハに叩き起こされるのが日常だった俺が、その一週間に限っては目覚ましも使わず、朝起き続けたことだった。

 寝起きの悪い俺が目覚まし……というより、オトハに起こされずに目を覚ますなんて、少なく見積もっても俺がハンニバル小隊に入ってからはなかった珍事だった。

 それもそれが一日だけではなく一週間。これだけで異変に気がつくべきだったのだが、この時の俺はようやく体内時計が正常になってくれたのかくらいしか思わなかった。


 これだけであればただの偶然で片付けられるかもしれないが、通常であれば気づかないような小さな異変は他にも起こっていた。

 いつも宴会後の酒の残りで顔を赤らめ千鳥足で歩いているあのエドワードが、その一週間はなぜか酒を少し控え真面目に働いていたことだ。顔の赤みが取れ、普通の有能な指揮官のようになってしまっていたのだ。

 彼がまともに仕事に勤しんでいる姿など今まで見たことはなかったのだが、当時の俺の持った感想は、飲んだくれがようやく更生したかくらいのものだった。


 修道女のフレアはテキーラの酒瓶の口を燃やしながら一気飲みをする癖があるのだが、この一週間彼女のその姿は見られなかった。考えるまでもなく、エドワード以上の酒豪であると噂されるフレアにしてはありえないことだ。

 だが、当時はそもそも修道女が酒なんか飲むなと思っただけで、たいして気にすることでもないと思っていた。


 さらに、いつもは鍛錬をサボり、ファウにすぐ見つかっては拳で頬を殴られるのが常であったスノハラも、その期間は少しおかしかった。

 毎日真面目に鍛錬に参加しただけであればまだしも、鉄製にバージョンアップしたトンファーを鍛錬時間外なのに三分くらい磨くといった、今考えれば異常な行動を取り続けていた。


 忍者ヨウドウ・ミツルギいたっては、「ハヤト殿。拙者、土佐藩十五代藩主山内容堂と同じ名を持つが、親戚であると勘違いはしてくれるな、ヤツは忍者ではない」というくらい――同僚に対して言うことかという疑問はあるが――まともな歴史認識を語っていた。


 アメリア、イザベラの双子姉妹は、アメリアは白、イザベラは紅という肌が透けた薄い布でいつも踊っていたのに、ちょっと寒くなってきたからという理由で、厚い布を身につけて踊るようになった。

 厚着になったのはスノハラのいやらしい目に悪寒を感じたという噂はあるにはあるが、音楽隊であるテリー、ゴーシュ、ローランドたちが奏でる曲もどんよりしたものが多く、彼女たちの踊りに激しさがなくなる原因となっていた。

 とにかく、この一週間彼らはそんな調子だった。

 双子姉妹含めてハンニバル小隊音楽隊であるくせに、スノハラの目と耳を楽しませないとは何事か。責任者は誰か? 責任者を呼べ。

 今思えば、彼らにそう注意しておくべきだった。


 そして、あらゆるおかしいことの中でもその最たるものは、ジョン・スミスのセクハラの最大被害者であるファウが、彼にお尻を触られても殴らずただの小言で済まし続けたことだ。


 一周間このような様々な異常事態に陥っていたのにも関わらず、当時の俺はそれに気がつかなかった。何か違和感があるな程度の認識しかなく、ただ日々を過ごしていただけだった。

 ちなみに、オトハはその一週間においても、いつも通り馬鹿だった。

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