第21話 ハンニバル小隊(6)

「オトハちゃん。悪いけど、キラ君を少し借りるよ」

 エドワードたちのとなりにいた見かけない初老の男が、オトハに向け言った。

「ええ、聞いてますよ、コレキヨさん。たしか、シティ・オブ・エパスメンダスまでの護衛でしたよね。あ、こちらは、ハヤトさんです」

 と、ついでとばかりに男へ俺を紹介するオトハ。

「キラ君とは作戦司令本部までだよ、オトハちゃん。エドワード君は街外れまでだけどね。それは良いとして……やあ、これは。これは。ハヤト君、コレキヨと呼んでください」

 しゃがれ声でそう言って、その男――コレキヨはにこりと笑った。


 コレキヨの姿、形は、この世界では若干異様だった。

 肌つや恰幅こそ達磨のように良いが、髪の毛は黒いところが見当たらない程真っ白……その姿はあきらかに初老を少し過ぎたあたり。美男美女が溢れるこのクレア・ザ・ファミリアにおいて、中年より上の者の姿を見かけるのは珍しい……というより、俺の知る限り存在しない。

 プラスして身につけている服はトリコロールのような袴に黒の着物。さらにポッコリ出たお腹――若干どころではないな、と俺は思い直した。


 その初老の男は挨拶もそこそこになぜか俺の方に近寄ってきた。

「ハヤト君。さっき、あちらの方々を見ていたね」

「え、ああ……そうですね」

 俺は少し挙動不審に頷いた。

 あまりちらちらと見ない方が良かったかと、少し反省した。

「やはり、君も興味があるようだね……」

 コレキヨが奥歯に物が挟まったような言い方をする。

「興味も何もただ目に入っただけですよ」

「……ハヤト君。僕は今の政府の方針は間違っていると思うのだよ」

「政府の方針?」

 俺は目を丸くして尋ねた。

 人の話を聞いていたのかという疑問はあるが、政府という名前がいきなりでてきたことに驚いた。


 政府とは、シルバー・クルセーダー・サーバーを統治する機構のことで、居住する住人たちやEXPバンクの支部を包括する、文字通り現実世界における国家の政府と同等の存在であると、オトハからは教わっている。


 その政府の方針があの浮浪者体をした連中とどのように結びつくというのだろうか。

 コレキヨと俺とは興味のベクトルが違うのは確かだが、この点については関心がある。


「そうだよ、政府。でも、その前にEXPの仕様がおかしいから、彼らのような存在が生まれてしまうんだよ」

 俺の思惑を無視するかのように、勝手に話を進める。

「コレキヨさんはEXPバンクに務めてらっしゃる方で、EXPの研究に携わってらっしゃる方なのですよ、ハヤトさん」

 そこにオトハが口を挟んできた。

「オトハちゃん、オトハちゃん。務めているといっても、僕はたかだかEXPバンク、シルバー・クルセーダー支部の頭取というだけだよ」

 コレキヨはあっけらかんとして言う。

「でも、ハヤトさん。各国にひとつしかないバンクなのですよ、EXPバンクの支部は。なので、コレキヨさんはとっても偉い方なんです」


 ……頭取? 頭取と言ったか、この初老の男?

 個々の国――各サーバー毎にひとつしかないEXPバンクの頭取……たかだかサーバーひとつといえど、その人口は何十億どころではない。

 ということは、大統領とか総裁とか社長とか会長とか。そのくらいすごく偉い人ってことか?


「ところで失礼ですが、ハンニバル小隊の給与一ヶ月分のEXPは、現在、おいくらかな?」

 俺の脳内コンピューターがパンクしそうになっている最中、若干もじもじとしながらコレキヨが訊いてくる。


 なぜ、いきなりそのようなことを……

 困惑した俺は、それに回答することを躊躇した。


「ハヤトさんの場合は、入ったばかりなので、十五万EXPです。兵舎代や食費、保険。さらに徴収税などの各種税金を差し引けば、手取りは四万といったところでしょうか」

 オトハが勝手に答える。

「お、おい……」

 俺はオトハの肩を手で引っ張ろうとした。

 が、すぐ思い返し、手を引っ込める。

 言ってしまったものをなかったことにできない。と早々に諦めることにした。

 しかし、オトハは兄であるキラに計算が苦手と言われていたが、足し算引き算くらいはできるらしい。

 気を取り直してから俺は思った。


「やはり、そんなものか……変わらないものだね、オトハちゃん」

 そう言ってコレキヨは手で顎を抱える。

「私の初任給が支給されたのが二十年前……そこから全然上がってませんものね」

 と、返すオトハ。


 二十年前? そんな前からクレア・ザ・ファミリアにいたのか。

 って、普通に換算しても俺の年齢より全然上じゃないか。


「ああ、そう。そうなんだよな……そうなんだよ」

 と言いながら、コレキヨは急に上の空となりふらふらと立ち去っていった。

 彼の護衛が任務なのであろうエドワードとキラもその彼の後をついていく。


 ぽつんとその場に残される俺とオトハ。

 何だったんだ、いったいあの男は?

「コレキヨさんはいつもああなんですよ」

 苦笑いしながらオトハがフォローを入れてきた。

「ああ、そうだな。オトハ、コレキヨさんの件はいいとしよう」

 そう一旦話をおさめてから、俺はそっと目を閉じた。

 これまでの話の中で、俺にはコレキヨより気になったことがあったからだ。

 

「……ところで、おまえ。いったい何歳なんだ?」

 瞼を開きながら、俺は訊いた。

「国家機密です」

 オトハは声色を一点も変えずそう即答した。

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