第20話 ハンニバル小隊(5)
「来なさい」
両手でプラクティスソードを握り締めた後、ファウがそう挑発してくる。
「行きますよ」
そう言って、プラクティスソードを手に取り、振り上げるや否や、俺は前方に突進した。
一撃を放つ。
これは、ひらりと簡単にやり過ごされた。
今度は、ファウがプラクティスソードを天に向かって振り上げる。
彼女の動きはまるでスローモーションだ。
俺には見える――
ファウの一撃を、マトリックスないしイナバウアーが如く俺はのけぞってかわした。
彼女が再度剣を振り上げるにはまだ時間がかかる。素早くそう見積もった。
勢い余ってファウのプラクティスソードは地面に向かったままだったのだ。
次はこちらが一撃を見舞う番だ。
勝った――
そう思った俺が、柄を強く握り締めた瞬間だった。
なぜかファウは、プラクティスソードから片手を離す。
その手で、自らのスカートを少しだけ捲り上げた。透き通るような純白の下着がちらりと俺の目に飛び込んでくる。
「え……」
と、俺は思わず手を止めた。
だが、彼女の動きはまるでスローモーションだ。
そう俺には見える――純白の下着が……
「隙あり」
ファウのプラクティスソードが、俺の腹を斬りつけた。
しまった――うわ、と声をあげて、俺はその場にうずくまるはめになってしまった。
「いいこと、ハヤト。これが知力というものよ」
プラクティスソードを腰につけた鞘におさめながら、ファウが言う。
「いや、それが知力っていわれても……」
俺の口角の片隅が図らずも斜めに曲がる。
だが、いいものを見せてもらったような気もした。
「まあ、今日はこんなところね」俺の台詞を無視して、ファウは肩を竦めた。そして、続け様に言う。「で、ハヤト。負けたんだから、オトハと買い出しに行ってきてね」
そのファウの言葉から数分後――
俺はオトハとシティ・オブ・ハンニバルの商店街を歩いていた。
「買い出し、買い出し」
と、オトハは上機嫌に鼻歌を歌っていた。
このただのパシリと言っても良い任務の何が楽しいのかまったくわからない。
巨乳女ファウやオトハのいう買い出しとは、無論、現実世界と同じ食材のことだ。
電気や水道水などはEXPをメーターに直接注入することで補充が可能だが、食材や武器などはそうはいかず直接取引が原則であるそうだ。
何でそのような仕様にしているのかは不明だが、おそらくそれまで自動補充にしてしまうと人々がジョブに就く意味がなくなってしまうからだろう。この永遠の世界では、生き甲斐という目標が必要なはずだ。それを奪ってしまっては、人が人でなくなってしまう。
ほとんどは俺の憶測だが、それがこの食料調達とういうシステムに端的に現れている気がする。
「いつ来ても、にぎやかだな」
俺は独り言を零した。
今日もシティ・オブ・ハンニバルの商業区は、街を闊歩する多数の人々からEXPを稼ごうとする商売人の呼び込みの声で活気に溢れていた。
クレア・ザ・ファミリアの経済は、このジョブやEXPを持つ人たちの間でEXPが取引されることにより回っている。その営みはEXPとお金という違いはあれど、現実の大都市の商業区域とほぼ同じだ。
この商業区に来ると、現実世界に戻ったような感覚になり心が癒される。この世界に来た当初は悪いところばかり目についたが、実際はそう悪い場所ではないのかもしれない。
だが、この区を歩く時、いつも不思議に思うことがあった。
現実世界とは違い、なぜか街の片隅に座り込みほぼ身を動かさず黄昏れている人々がいるのだ。それも決して少なくない数の人数。ハーメルンやNPCではないことだけは確か。人間である彼らが、どうしてそういった状態に追い込まれているのか、心のどこかでは知っているような気がするのだが、それがなんであるかは今のところ釈然としない。
「兄様……それにエドワードさん、コレキヨさんも」
突然オトハが三人連れに向かって声をかけた。
「オトハ、買い物か?」
薄茶色のローブを身にまとった糸目の男が言う。
「ええ、兄様、ハヤトさんと食料の買い出しです」
オトハに兄様と呼ばれたのは文字通りオトハの兄、キラ・メルエム・リュウノオトノハだ。
「ハヤト、オトハは若干計算が苦手だから、支払い時に気を付けてくれ」
と、そのキラが言う。
計算が苦手……
俺も得意な方ではないが、兄にこのような心配をされることは元より、一か月ほどの付き合いでしかないこの俺に、その兄がこのような頼み事をしなければならないとは、もしかするとオトハは……
いや、そんなはずはない。
俺は静かに首を横に振った。
だが、この街での初回の夜に見たファウのオトハを見る目が、どうしても脳裏に蘇る。
この症状は、ファウが巨乳であることは無関係のはずだ。
オトハについては、他にも疑わしいところがたくさんある。
それらを鑑みると、あいつはもしかして――
「おい、ハヤト。なんだ、おまえ。もしかしてファウに負けたのか? 情けねえ」
キラと同行していたエドワードを声をかけてきた。
すでに酔っ払っているのか、顔を極端に赤らめている。
紺色の軍服、口、手足問わず、至る所から酒の匂いが漂ってくる。言わずと知れたハンニバル小隊のリーダーだ。
いつも身体に酒が残っているのか、頬に赤みを帯びているのは今に限ったことではない。
「まあ、そんなところですよ」
俺は頭をかきながらそう言葉を返した。
エドワードに思考を邪魔されたので、オトハの件は後程とすることにした。
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