第19話 ハンニバル小隊(4)

 そんなある日、

「……ハヤト殿、その強さ。そなた、もしかするとイエヤス・トクガワの子孫なのか?」

 忍者服を身にまとった男、ヨウドウ・ミツルギが訓練場にいた俺に訊いてきた。

「いや、違うけど」

 苗字から血縁を含め何から何まで関係ないので、もちろんそう即答した。


 聞けば、以前から鍛錬時に俺とスノハラをずっと観察していたとのことで、彼にとって俺たちの戦闘能力の高さはかなり興味深いものだったらしい。

 どうやれば自分もその高みに到達できるか日夜考え、現在もそれは模索中であるそうだ。

 だが、もし遺伝子的な経緯の結果であれば諦めざるを得ないので、その確認をしたくて俺に話しかけたとのことだった。


 というか、その遺伝子的な問題に関するところから、何をどうやったら先ほどのような質問を導き出せるというのか。

 そう言いたかったが、この忍者男であれば仕方がないと諦め、俺がそれを口にすることはなかった。


 ヨウドウ・ミツルギは、たまに使う言い回しもそうだが、歴史認識自体が少し変だ。

「ハヤト殿。実は拙者、イエヤスが忍者であったことを誇りに思っている……」

 ヨウドウ・ミツルギがその後そう続けたところからも、俺の彼の人となりに対する感想は決して俺個人の思い込みではないことが良くわかる。


 ちなみに彼は歴史認識だけではなく服装も変だ。

 常に同じ種類の忍者服を身につけ、さらには布で顔を隠して普段から生活している。

 その出立ちからわかる通り、出会った当初から彼は俺の中で一際存在感のある男だった。

 忍者とは主に隠密を生業としている役職であるはずなのにひと目で忍者とわかる服を日中着ており、その異常な言動とあいまって目立つことこの上ない。大元の目的からそもそも激しく逸脱しているこの男の存在が気にならないはずはなかった。


 そんな経緯があり、彼の存在を知ってからすぐにオトハやファウに彼のことを聞いた。

 オトハたちも元は日本かぶれの外人である可能性が高いくらいしか知らないらしく、未だかつて、誰も彼の素顔を見たことがないそうだ。さらに彼の素性はハンニバル小隊の記録にもなく、すべてが秘密のベールに包まれているらしい。


 だが、彼女たちのヨウドウ・ミツルギが元々日本人ではないという推察はあながち的外れではないと俺は踏んでいた。

 クレア・ザ・ファミリアでは言語が共通化されているので、正確にどれくらい彼の日本語や発音がおかしいのかはわからない。

 しかし、言葉の節々の誤用や歴史認識の誤りは、彼が日本育ちでないことを如実に証明しているように思えた。

 

「だけど、ふたりとも戦闘能力だけだったら、おそらくだが……エドワードよりも上だな」

 俺とヨウドウ・ミツルギのそんなやりとりを無視して、ヒューイがスノハラに語りかけた。

 今日もまたスノハラと決闘形式の鍛錬を行なっており、今しがたひと段落終えたようだ。

「たぶん、そうでしょうね」これに同意するファウ。が、すぐに相反するような台詞を述べる。「確かにハヤトとスノハラの動体視力は彼よりも上かもしれない。でも、戦いの中でもっとも大切な物は知力よ」

 そう言葉を終えるや否や、こちらに挑戦的な視線を送ってくる。


「……ファウさん。いやファウ殿――武将としてステータスに必要なのは、人徳でも武力でもなく……知力だとでも?」

 眉間に手を当てて言った。

 

 にじり、と図らずも目元に力が入る。

 俺がこう述べたのは、ヨウドウ・ミツルギとの会話の影響があったというわけではない。

 彼女の言い分は、レトロゲームの金字塔、俺の愛する歴史シュミレーションゲームへの冒涜だったのだ。

「何がファウ殿よ、この馬鹿。いいわ、証拠を見せてあげる。構えなさい、ハヤト」

 そう言うと、ファウはこちらに向かってプラクティスソードを放り投げてくる。


 このプラクティスソードは切られても身体に傷かつかない、文字通りの練習用の剣だ。ソードの一部が相手の身体に触れた際、親切にも当たり判定のアラートを脳内に送ってくれるという初心者にとってありがたい機能付きである。


「いいんですか?  女だからって容赦しませんよ」

 若干鼻息を荒くして、俺は宣告した。

「ええ、もちろん」

 頷くと、ハンニバル小隊女性用の白い制服を脱ぎ捨てるファウ。黒のタンクトップ――大きく開いた胸元。そこから、こぼれそうなほどのふくよかな谷間。


 それに視線を送りながら、俺もプラクティスソードの束を握りしめる。


 たしかに俺のキャラ設定――強さの設定――からすると、歴史シミュレーションゲームの武将タイプでいう武力型だ。

 ゆえに武力型は知力が欠乏している傾向にあるとファウは想定しているのだろう。

 だが、それは否である。武力と知力は並び立つ。

 なんぴとたりとも、その事実は変えられない。


 細い腰に手をあて、ファウは未だ俺を小馬鹿にしたような態度をとっている。あたかもそれは、知力勝負であれば絶対に勝てると確信しているかのようだった。


 やはり、この女。魏の張郃、呉の呂蒙、蜀の関羽……これらの世に敬愛される伝説の武将たちを知らぬと見える。


 どうやら、この巨乳には誠の文武両道とは何かを教えてやる必要がありそうだな。

 俺は胸の内でそう気概を吐いた。

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