第18話 ハンニバル小隊(3)

 あれから早くも一か月が過ぎ去った。

 まだクレア・ザ・ファミリアの生活に完全に慣れたとはいえないが、どことなく心と身体がこの元VRMMOの世界に溶け込んでいっている気はしている。


 結局、俺とスノハラはハンニバル小隊に所属することになった。

 理由としては、色々あるが、その動機として大きかったのはやはり俺たちがジョブに一年間つけないことだ。


 EXPを稼ぐには、例外はありはすれど原則ジョブに準じた仕事を行う必要があるらしく、直近でジョブ資格を得られる可能性がほぼない俺たちには、オトハの勧誘がなくともハンニバル小隊に所属する以外の道はすでに残されていなかった。

 ゆえに、もしハンニバル小隊に入隊していなかったとすると、俺たちが長期に渡りEXPが稼げず、その間まともな生活を送れないことは確定していたと述べても過言ではない。

 何せ、俺たちがジョブ資格を得られるジョブセレクトが開催されるのは一年後。その間浮浪者として過ごすことなど、ゴキブリのような生命力を持つスノハラについては知らないが、温室育ちの俺としては到底耐えきれるものではなかっただろう。

 これらのことから鑑みると、俺たちは、ハンニバル小隊にかなり消極的な理由で入隊したといえる。


 だが、今となってはそれは過去のことだ。入る前は軍隊ということもあり忌避していたが、ハンニバル小隊で過ごす毎日は、そう悪いものではなかった。

 おそらくハンニバル小隊のメンバーたちとの触れ合いが、俺をそのような気分にさせてくれているのだろう。

 たった一か月の付き合いだが、なんとなくそう思っていた。


 俺とスノハラは、日中は兵舎ほど近くにある広大な訓練場で、そのハンニバル小隊のメンバーたちと共に鍛錬と称される小隊特有の訓練に勤しむ生活を送っている。

 もちろんハンニバル小隊は軍隊なので鍛錬は戦闘訓練関係が多い。もう少し日が経つと戦略や銃器の扱いなどの軍事関係のことも俺たちに教えてくれるらしいが、シーズンが時期ではないらしく、今はまだ単純なトレーニングや決闘形式の戦闘訓練がその主だった。

 そして、俺とスノハラは、その現在の鍛錬を通じてあることに気がついた。そのあることとは、俺たちは精鋭とうたわれているらしいこの小隊の中で、意外なことに少なくとも戦闘では際立って強いということだった。


 本来弱者であろう俺たちがいきなりそのような強者になったのは、クレア・ザ・ファミリアの特殊な事情があった。

 その事情というのは、転生してきた者の身体はまったく成長しないということだ。筋肉、身長、その他諸々。どのようなことをしても現実のように自然に成長することはない。

 ゆえに、小隊で行う鍛錬の内容は筋肉をつけるといった類いのものが一切なかった。

 俺たちクレア・ザ・ファミリアの住人は人間といえど、これらのサーバー群上の単なる電子信号に過ぎないので、ジョブによる格差は多少あるが、そういった例外を除けば筋力はどの人間もほぼ一定であるそうだ。現実世界と同じように身体を鍛えても無駄になるだけといえる。

 なので、動体視力と言っていいのかどうかは定かではないが、唯一訓練により格差ができるスピードの認識力を高める鍛錬にその大半が割かれていた。


 認識スピードを一段階あげるのだけでも相当時間がかかるらしく、ハンニバル小隊のメンバーはかなり努力しているが、コツを掴むなどでの劇的な向上はほぼ見込めないらしい。

 一方の俺とスノハラは、触手を持った物体バグたちとの戦いのおかげで――といっても逃げ回っていただけだが――死線を潜り抜けたせいか、その認識できるスピードがそうではない者たちより明らかに三倍程度は上回っていたのだ。

 俗にいう通常の三倍というやつだ。


「いや、きみたちには、敵わないよ」

 そう言って、ヒューイ・ハンネマンが鍛錬が行われている箱庭にプラクティスソードを投げ捨てた。

「なぜか見えるだよな。現実世界では喧嘩なんかしたこともないのに」

 いつもの通り鎧と身体がミスマッチであるスノハラが、あっけらかんとして言う。

「何せまったく当たらないんだから。ホント、嫌になるよ」

 ヒューイが愚痴を零す。


 ヒューイは、背が低くみすぼらしい体系のスノハラと違い、高い背丈と青銅の鎧が良くマッチしている金髪のナイスガイだ。これこそが俺のイメージする金髪のイケメン外人だと述べても良いような面構えもしている。

 オトハ曰く、このヒューイはハンニバル小隊の最古参で、隊長であるエドワード・ローリングストーンズの右腕といった立場の人間らしい。また料理人ジョブの中でもコックという最上位資格を持っているので、彼の料理の腕前はその辺のレストランをはるかに凌ぐらしい。実際に彼の料理を食べた俺もそれは事実だと思っている。


「ハヤト君といい、きみといい……たった一週間でハンニバル小隊創立メンバーの僕を軽く凌ぐとは……もうちょっと手加減というか、気にして欲しいもんだよ」

 そう深い吐息をつくヒューイ。

 台詞とは裏葉に嫌味はまったく感じない。彼の人柄によるものだろう。

「そうよ、情けないわね、ヒューイ。あなたも装備を解いて、バグたちがいる場所に行ってみたらどう?」

 見かねた様子で、ファウ・エッフェンベルクが口を挟む。

「何を言ってるんだ、ファウ。そんな自殺行為できるわけないじゃないか」

 ヒューイは困った顔でそう返した。


  兵舎に着いた当日玄関先で出迎えてくれたこのファウは、リーダーであるエドワードの彼女的な存在らしく、ハンニバル小隊の中でもその立場はエドワードに継ぐらしい。

 要はサブリーダー的な存在であるということだ。というか、実際にサブリーダーである。


「ファウさんも厳しいですね」ヒューイとスノハラの戦いを俺の隣で見守っていたオトハが言う。「しかし、これはチートというやつですね……スノハラさん。いえ、スノハラさんだけではなく、ハヤトさんもですが」

「いや、チートと言われてもな……」

 と言葉を濁しながら、俺は頭をぽりぽりと掻いた。

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