第17話 ハンニバル小隊(2)
スノハラと共に近くにあった椅子へそれぞれ腰を落ちつけた後、俺は、「さっき言ってたハーメルンと人口抑制の件なんだけど」と、話を切り出した。
「……オンラインゲームでは、ゲームを遊戯する人口が過剰に多くなると、過度のアクセスによりラグが多発する。これを防ぐため、幾人かをサーバーから締め出す種類のゲームがあるんだけど、クレア・ザ・ファミリアで起こっているのは、これと同じことなのか?」
「昔は、そうでしたが......現在、十分人口は想定の範囲内でおさまっていますので、そのようなタイプのハーメルンが出現すること自体稀です。ついてなかったですね」
オトハが少し苦笑いしながら言った。
ついていない? ついていないだけで、あんな目に遭ったということなのか?
それでは、いったい、どっちが不運を呼び込んだんだ? それは俺なのか、はたまたスノハラなのか。
俺は図らずも自問した。
「それについてはいいとして――さっき普通に死にますって言ってたよな。クレア・ザ・ファミリアは、永遠の命を与えられる場所じゃないのか?」
気を取り直して尋ねた。
「……トランス・マイグレーションルームに、そんな但し書きはありましたか?」
少し考えこんでオトハは訊き返してきた。
「確か、あったような……」
と、スノハラが横から口を挟んできた。
俺も彼の意見には賛成だった。そのような文言をトランス・マイグレーションルームのモニターから飛び出た映像上で観た気がする。
「いえ、あるはずがありません。クレア・ザ・ファミリアで保証されているのは、永遠の若さ、ですから。つまり病気や寿命では死亡しないということです。ですが、事故と殺人は別です。それらに起因して人は死にます。もちろん一回死ねば終わりですよ」
オトハはそう言い切った。
――このオトハとかいう女、童顔に似合わず、身の毛がよだつような台詞を吐く。
だが、どうやら復活はできない、というのは本当らしい。これでEXPハント団の仲間を生き返らせてやれないことは、本格的に確定したということになるだろう。なぜなら、オトハが俺たちにそのような誤情報を伝えるメリットがないからだ。
「知っていることと違うのは少し変だけど、寿命では死なない......そんなに悪くはない条件かもしれない」
俺はぼそりと胸の内に抱いた感想を吐露した。
彼らには少し悪い気がするが、自分の生存が確定した今となっては、事故や殺人なんてそうめったに起こるものではない。
例のバグと遭遇しないよう気をつけていれば、当初の予定通り、俺とスノハラは永遠の命を手に入れたに等しい。
が、人口は想定の範囲内に抑制されている、という先ほどからのオトハの言葉が引っかかる。みんなほぼ安全なはずなのに人口は抑制される。
何か矛盾してないだろうか。
そう考えた俺が首を捻った瞬間だった。
「けど、あのハーメルンってのはやっかいな代物だな。サーバーの管理人か誰かに人を殺せって命令されたら人を殺してしまうんだろ?」
スノハラが尋ねた。
確かにスノハラの言う通りだ。
ハーメルンのような人を死に誘う輩が街を闊歩しているようであれば、命がいくつあっても足りない。これでは永遠の若さがあったとしても、あまり意味をなさない気がする。
「いえ、人を直接殺すなんていう目的のためにはもちろん使うことはできません。いくらハーメルンといえどNPCの一種ですから。その本来の用途はより円滑にクレア・ザ・ファミリアの運営を進めるための道具です。なのでこのサーバーだけで造れる類いのものではありませんし、できて今回のようなことだけです」
「サーバーでは……でも、さっきレストランでサーバー自身がハーメルンを造り出すって言ってなかったか?」
「それは、クレア・ザ・ファミリアというサーバーの集合体の意味でのサーバーです。シルバー・クルセーダーなどの個々のサーバーではありませんね」
「何だか小難しいな」
「ええ。とはいっても、私がお伝えしたことは、すべて噂レベルです」
「噂? ただの噂なの?」
俺はがっかりした気分になった。
どうやら、今まで聞いてきたことは、すべて無駄だったようだ。
「……でも噂と言っても、ハンニバル小隊の中での噂ですので信憑性は高いですよ」
取り繕いもせず、オトハが言う。
「ハヤト、まあいいじゃないか。噂レベルでもないよりはマシだろ。俺たち、今まで情報なんて全然貰えなかったんだから。で、ハーメルンは実際にどこで造られるの?」
俺の肩を軽く叩きながら、スノハラが尋ねた。
「曖昧な言い方をしてしまったかもしれませんね。ハーメルンは然るべき場所でないと造れないそうです」
「然るべき場所ねえ」
「EXPを供給する場所と同じ――であると言われています。EXPはサーバーを越境できる数少ない存在ですから、筋は通っていると思います……では、スノハラさん。それがどこのことか、おわかりでしょうか?」
「学校の授業でも聞いたことがない」
お手上げといった感じで肩をすくめるスノハラ。
「……その回答はEXPバンクです。残念ながら、スノハラさん。学校の授業がすべてではないのです」
オトハは頬に笑みを浮かべながらそう述べた。
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