第16話 ハンニバル小隊(1)
結局のところ、ハンニバル小隊に入ることを余儀なくされた俺とスノハラは、オトハに連行されーーもとい連れられハンニバル小隊の宿舎へと向かうことになった。
不服感満載の中、レストランのほど近くにあった狭い路地を抜け、長い一本道に出た。
その道を真っ直ぐに進む。
しばらく歩いていると、『ハンニバル小隊兵舎まで500m』という看板が遠目に見えてきた。
「あれ? 宿舎じゃなかったのか?」
看板の文字に注目した俺は、オトハに尋ねた。
「こ、この付近に住んでいる皆さんは兵舎と言いますね。ハヤトさんたちには宿舎といった方がわかりやすいかと思いまして」
何故か若干焦りを感じさせる口調で、オトハは答えを返してきた。
彼女の態度は気がかりだが、住民がそう呼んでいる以上、今後は兵舎という単語を使った方が良い気がした。
ハンニバル小隊兵舎の看板を右に折れ曲がった後、道なりに行く。
「さあ、着きましたよ」
しばらくの間直進した後、オトハは俺とスノハラに向けそう宣言した。
彼女の背中越しに現れたのは、ルネッサンス様式の大きな洋館だった。
暗闇の中、どっしりとその身を構えており、あまり兵舎といった風情ではない。どちらかというと、やはり宿舎と呼んだ方がまだしっくりする造りに思えた。
洋館の重厚に造られた正門に向け、「オトハです」と、オトハは告げた。
こうするからには自動で門が開くのかと思ったが、すぐに分厚そうな鉄板を両手で押し始める。
名前を言ったのは、何かの儀式だったのだろうかと俺は若干不思議に思った。
門は、ギギっと鈍い音を立てて開いた。
入ってみると、中は一面芝生の庭だった。その中央を通る石畳の小道を颯爽と歩き出すオトハ。鼻歌まじりにその道を進んでいく。
俺とスノハラは一旦顔を見合わせてから、とぼとぼと彼女の背中に続いた。
やがて、重そうな檜造りの扉の前に到着した。
「オトハです」
大理石の間口に足を踏み入れるなり、またオトハは自分の名を言った。
また、自ら開けるのだろうと踏んでいたのだが、今度は彼女が触れるまでもなく扉は開いた。
洋館の中から現れたのは白い女性用の制服を着用した黒髪ショートカットの女だった。
「あら、オトハ。遅かったわね」
軽くショートボブの横髪をかきあげながら、その女は言う。
大きな胸が微弱に揺れた。開いた胸元から漏れるラベンダーのような香りが、俺の乾いた心を微かに癒した。
「ファウさん。ごめんなさい。少しこの方々と話し込んでしまいました」
オトハはその女に声をかけた。
「この方々とは?」
と尋ねながら、ファウと呼ばれたその女は片眉を上げた。
「ああ、紹介が遅れました。今日から、ハンニバル小隊に入隊されたハヤトさんとスノハラさんです」
「に、入隊されたって、あなた、また勝手に……」
女は呆れ顔で、声を漏らした。
ファウと呼ばれたこの女の振る舞いから推察すると、どうやらオトハに俺たちをリクルートする権限はなかったようだ。
「あの、すいません、俺たちなんでしたら......」
空気を読んで、俺はその場を離れようとした。
そもそも軍人になるつもりなどない。このまま流れに任せて立ち去れば、オトハは呆気に取られたまましばらく放心状態になることだろう。そうなれば、もう無銭飲食の件なんて意識の外のはずだ。後はほとぼりが冷めるまで逃げきれば良い。
が、スノハラがすぐに手を伸ばし、俺を制止する。
「おい、待て。ハヤト。どこに行くつもりだ。俺たちに行くあてはないんだぞ。それに、せっかくのご厚意なんだからせめて一泊くらいさせてもらうのが礼儀だ」
いつになく真剣な眼差しで言う。
「いや、軍隊なんておまえ……」
「いいから、いいから」
スノハラは俺の肩を強く掴んでくる。
いきなり何事かと思ったら、スノハラこいつ……
顔は俺の方にやっているが、視線はファウの胸元へと向かっていた。
「いえ、大丈夫ですよ、ハヤトさん、スノハラさん」
オトハがにこりと笑う。
「……仕方ない」ファウが肩を竦める。「部屋は余ってるところを適当に使用していいわ。エドワードには、私から報告しておく」
そう言って、俺たち三人を洋館の中に招き入れた。
さっきの彼女のオトハを見る目は、若干かわいそうな子を見るような感じだったような気がしたが、それは俺の気のせいだろうか?
間口に足を踏み入れながら、俺は何気なくそう思った。
兵舎のエントランスの先は大広間だった。白いレンガ造りの壁には、部屋のドアもいくつか見えた。その奥には複数の通路や階段。ファウは通路のひとつを指差し、無言のままその場を去っていった。
取り残された俺とスノハラはオトハに連れられ、ファウに指定された照らされた通路を進んでいった。
薄暗い灯りに照らされた道を少し歩くと交差路が現れ、その右側にあったドアの前でオトハは立ち止まった。
「ここが今日おふたりに泊まって頂く部屋ですよ。後日、お部屋はまたそれぞれ個室を用意しますので、ご安心くださいね」
と、すでに俺たちの入隊が本決まりになっているかのような文言を吐く。
部屋の中に入ると、オトハは、聞かなくてもわかるようなふたつあるシングルベッド、洗面所の位置、さらにクローゼットの使い方などを簡易に説明してきた。
それを終えると、「それではおやすみなさい」と断って、部屋を立ち去ろうとする。
「おい、オトハ。もう少し話を聞かせてくれ」
俺は急いで彼女を呼び止めた。
「あれ? お疲れじゃないのですか?」
そう言いはしたが、オトハはすぐに身を翻しちょこんとベッドの上に座り込んだ。
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