第15話 シティ・オブ・ハンニバル(6)

「おい、ハヤト。先に断っておくが、俺は絶対に……なんだ、ハーメルンだっけ? そのハーメルンじゃないぞ」

 スノハラは強く首を横に振りながら言った。

「……そんなことは初めからわかってる。おまえみたいな人間臭いNPCがいるわけないだろう。ハーメルンはトラビスだよ、トラビス」

 呆れ声で言葉を返した。


 そう、スノハラみたいなNPCがいるゲームがこの世に存在するはずがない。

 NPCの本来の役割は、ゲームの進行を補助するモブキャラだ。そのゲームの進行を妨げる役割しかしないであろうスノハラをNPCとして創り出すなんてもってのほかだ。

 しかも、クレア・ザ・ファミリアはすでにゲームを超越している存在のはず。この現代の現実と断定しても過言ではないこの世界でこいつをNPCとして使うのであれば、犬や猫をNPCにした方がまだマシだ。犬と猫は少なくとも余計なことはしない。


「そうですね」この俺の見解にオトハも小瓶の蓋を締めながら同意する。「先程お聞きした話から推察すると、そのトラビスって人が一番怪しいですね。チュートリアルの街で自ら先頭に立ち城壁から出ようとする人がいるなんて、あまり聞いたことありませんから」


 オトハは、スノハラみたいな単純で動物臭い人間がハーメルンな訳があるはずもないと付け加えた。

 どうやら、皆考えることは同じようだ。


「動物臭いと言われるのは、いささか心外だが――しかし、ハーメルンの目的はいったい何なんだ?  俺たちを死に導きたいってのはなんとなくわかるけど」

 オトハの台詞が胸に突き刺さっていないのか、表情を変えずスノハラは言う。

「死に導きたい?  例え死んだとしても蘇生できるのに何でそんなことする必要があるんだ。クレア・ザ・ファミリアでは誰も死なない。永遠の命が約束されているんだぞ」

「それもそうだな……」

 スノハラが首を傾げながらも同意する。


 それも当然だ。現実にほど近いとはいえ、ここは仮想空間。そんなに簡単に死ぬのであれば、誰がわざわざ好んでサーバの中になど転生するものか。


「え、何を仰ってるんですか。おふたりとも。死にますよ、普通に。もちろん、復活もできません」

 ここで思いもよらぬ台詞をオトハが吐いた。


 復活ができない――

 何を言ってるんだ、こいつは。


 鼻息を荒くする俺を尻目に、オトハは台詞を続ける。

「今回、ハーメルンが現れた目的はおそらくそれですね。言うなれば、人口の抑制。どれくらいの頻度かはよくわかりませんが、サーバー自身がそういった理由でハーメルンを造り出すそうです。事実関係は不明ですが、世間ではそう思われています」


 ハーメルンの目的は人口抑制、人は普通に死ぬ……


 それが事実だとすれば、EXPハント団の連中は誰ひとりとして復活させてやることができないということだ。

 こんなにあっけなくあいつらの死亡が確定するなんて信じたくはない。信じたくはないが……


「ハヤトさん、大変申し上げにくいことなのですが――残念ですが、EXPハント団の方々は誰も生き返りません」

 オトハがことさらのように俺の残酷な想定を裏付ける。

「まあ、知り合って間もないが……ショックはショックだよな。あれで、あいつらが終わりなんて……」

 スノハラが柄にもなく殊勝な台詞を吐く。

 こいつがこんなことを言うとは予想もしなかったものだから、俺の胸は黒い何かにきつく締め付けられてしまった。

「そこで、ですね。おふた方。軍隊ですよ、軍隊。我がハンニバル小隊に入隊頂ければ、間違ってもあのような物体に殺されてしまうことはありません」

 オトハが鼻息を荒くして言う。

「いや、それは……」

 俺は首を振った。


 何しろ、クレア・ザ・ファミリアに転生する前は、戦いどころか殴り合いもしたことがない身だ。また、軍隊などに入ってしまったら、あのバグとまた相対しなければならない可能性もありそうだ。


「そうだよなあ、ハヤト。やはり、軍人ってのはな。俺たちに合わない。どちらかというと俺たち、うどん屋とかの方が似合っているよな」

 スノハラが言う。


 いや、西洋の甲冑着ているおまえがそれを言っても説得力がないよ。

 スノハラの言い分を聞いた俺は胸中でそう零した。


「宿舎もありますので、雨風に晒され眠らないといけない、なんてこともありませんよ。軍隊志願であれば一年に一回しかないジョブ・セレクトも不要です」

 こぶしを振り上げながら、オトハは俺たちを誘ってくる。

 なぜここまで彼女は俺たちの勧誘に情熱を燃やしているのだろうか。

「いや、それでも軍隊ってのは……」

 と、苦笑いをして拒否するスノハラ。

 俺もこれには同調した。と同時に、なぜこのクレア・ザ・ファミリアで軍隊なんて物騒なものが必要なのか、という極自然な疑問が再び頭を過る。


「どうしても、お聞き届け頂けないと?」

 少しむっとした顔をするオトハ。

「ああ、残念だが……」

 せっかく誘ってもらった身の上で若干胸は痛むが、俺は首を横に振った。

「そう、それでは仕方ありませんね。では、あなたたちふたりを無銭飲食の罪で逮捕します」

 そう宣言すると、オトハは胸の谷間から取り出した手錠を俺の両手首にかけた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る