第22話 ハンニバル小隊(7)

 買い出しを終えた俺たちは兵舎に戻り、落ち着く暇もなく食堂の中へと荷物を運んだ。


 そこではすでに夕食の準備が始まっていた。

 ファウは裸にエプロン――のように俺には見えた――を羽織り野菜を切っていて、ヒューイはせっせと広々とした木造りの食堂内中央に置かれた大テーブルをナプキンで掃除していた。食材をファウに手渡すと、俺たちもその準備に加わった。


 間もなく食堂の切りっぱなしの間口からぞろぞろとハンニバル小隊のメンバーが現れる。忍者のヨウドウ・ミツルギ。小太りの金髪の玉ねぎ頭……背丈の異常に低いジョン・スミス。街を出るまでが彼の護衛任務だった例のハンニバル小隊リーダー、エドワード。踊り子のアメリア、イザベラの双子姉妹、吟遊詩人のローランド、太鼓叩きのテリー、バイオリン弾きのゴーシュ、修道女のフレア、その他のメンバーの面々。そして、最後にスノハラ。

 オトハの兄であるキラは、コレキヨとシルバー・クルセーダー作戦司令本部に向かっているのでこの場にはいない。


 ハンニバル小隊では、こうして特段その日に任務がないメンバーは、全員で同時刻に食事を用意するのが兵舎内での慣習になっているようで、夕食の時間になるとこうして一人残らず食堂に集まることになっている。

 クレア・ザ・ファミリアに存在する他の軍隊にそのような規則があるというわけではないらしく、単にリーダーであるエドワードがそういう方針であるからだそうだ。


「さあ、食べよう」

 そのエドワードが食事の準備が完了した瞬間に号令をかけると、一斉に食事を始める……わけではなかった。

 いただきます、といって箸を取るもの、何も言わずナイフとフォークをとるもの、神に祈り始める者とまったくまとまりがない。本当にこいつらは軍隊なのかと疑うほどの光景がいつも目の前で繰り広げられる。


 最初に見た時驚いたのだが、忍者であるはずのヨウドウ・ミツルギは常に食前、修道女フレアと共に神に感謝の言葉を捧げることを習わしとしていた。

 忍者であるのに神とはこの男……

 彼の忍者の基準がまったく不明だが、神に祈っている男をこれ以上詮索するのはやめておこうと、俺はこれを見る度にいつも思うようにしている。

 要は放置しておこうということだ。


 ゲフ、という音が、俺の背後から小さく聞こえてきた。

 振り返らずともわかる。早くも料理を食べ尽くしたジョン・スミスによるものだ。

 不特定多数いるハンニバル小隊の中で、ヨウドウ・ミツルギの次に目立つといえばこのジョン・スミスだ。

 彼も特徴のある男で、まずはその金髪玉ねぎ頭。小柄だが丸々と太っていて、いつも着ている水兵服は、風船かと見紛うほど今にもはちきれんばかりに白い肌にひりついている。

 さらには二重顎。吸い込まれそうなずんぐり眼。膨らんだ頬。その姿だけでも特徴をあげればきりがない。

 大好物なのか、ポテチらしき袋をいつも携帯しており、暇を見つけては中からチップスを取り出し食べている。

 またジョン・スミスは、ヨウドウ・ミツルギとは違った意味で、何を考えているかわからない男でもある。

 この電脳世界クレア・ザ・ファミリアでなぜかノートパソコンを弄っており、ある程度付き合いの長いオトハさえ彼がそれで何をしているのか知らないらしい。

 そうかと思えば、作業の合間に何食わぬ顔でファウやオトハ、踊り子姉妹、フレア、その他の女の胸やお尻を触って、その都度ぶん殴られている。

 だが、へこたれた様子もなく、何事もなかったかのようにノートパソコンへと顔を戻す。

 こうして改めて考えてみると、ジョン・スミスはただの変態なのかもしれない。


 そうはいっても、エドワードやヒューイを筆頭に、ハンニバル小隊のメンバーたちは一応に悪いやつらではない。

 お互いにビールを振る舞いあって、ワイワイと食事を楽しむ陽気な仲間たちだ。

 俺やスノハラも未成年であるにもかかわらず、クレア・ザ・ファミリアの実態はただの仮想空間であるからほぼその辺りの規制がないこともあいまって、毎夜毎夜ビールを飲みふけり彼らとどんちゃん騒ぎをしている。


 そして、バイオリン弾きのゴーシュが今日もバイオリンを弾き始める。

 隣にいるテリーはすでに空いた酒樽を太鼓にし、そのリズムに合わせギターで音を奏でるのは吟遊詩人のローランドだ。

 心躍るような民謡音楽に合わせ、踊り子のアメリアとイザベラが踊りながらテーブルの上に身体を乗り上げると、即座に料理人ヒューイが長テーブルの上にある皿やコップの片付けを開始する。

 修道女のくせに酔っぱらった顔を見せているフレアも、酒瓶片手に修道着を捲り上げ、なぜかチャッカマンらしき物をもう片手にテーブルの上へと参上していく。

 ファウもそれを見て心に火が付いたのか、テーブルの真ん中へと踊り出る。

 それを見たアメリア、イザベラは音に合わせ踊りながらファウを押しのけ中央へ。間もなく彼女から主役の座を奪い取った。

 ちなみに、ファウたちとは違い、踊り子姉妹の身体には、ダンス時に自動で上空から光のスポットライトのようなものが照射される。

 建物が途中にあろうが光が遮られることはない。これは踊り子ジョブ特有のスキルであるそうだ。

 

 この双子姉妹の意味不明な光の件は別として、全体を通してこの場の雰囲気を例えるとすると、西洋の中世ドラマとかでよくある大きな酒場での陽気なダンス会といった感じである。


「さあ、ハヤトさん。今日は私と踊りましょう」

 俺の感慨を打ち破るように、オトハが誘ってきた。

 いつもは人が踊っているのを見ているだけでダンスに誘われたのは今日が初めてだ。

 生粋の日本人で、ダンスなんてマイムマイムしかやったことのない俺にとっては若干どころではなく気恥ずかしい。


「お、おい。スノハラ……おまえも……」

 と道連れを増やそうとしたが、横に座っているスノハラに反応はなかった。

 

 静かに目を閉じて項垂れており、それはさながら白色の廃人のようだった。要は完全に酔い潰れているということだ。


 スノハラ、いつもながらになんて頼れない奴なんだ。

 愕然とした俺は、思わず頭を振った。

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