第11話 シティ・オブ・ハンニバル(2)

「とりあえず、飯と水だ。早く食堂を探せ、ハヤト。この際、ジャンクフードでも構わない。いや、むしろジャンクフードがいい」

 目に狂気を帯びさせながら、スノハラは顔を左右させた。

「スノハラ。俺たちにもはや迷っている時間は与えられていない。あれでいいだろう」

 近くにあったブラックライトで照らされた店の看板に視線を送りながら、そう声をかけた。


 崩しに崩した筆記体だったのでそこに何と書いてあるは不明だが、店の風貌は明らかにレストランの一種のように思えた。

 スノハラは、素早くそちらの方へと顔をやったかと思うと、脇目も振らず駆け出した。

「おい、待てよ」

 と言いながらも、俺も負けじと彼の背中を負った。


 近づいてくる度に、レストランであるという確信度が増していった。

 形容し難い食欲をそそる匂いが辺りに漂っている。レストラン特有の大きな窓の向こう側には、丸テーブルや長方形のテーブルの並びが見え、配膳を待っているであろう客らしき女が座っている姿もそこにはあった。


 店の前に到着した。

 スノハラが蹴破らんばかりに檜造りのドアをこじ開ける。

 中に入ると、少し先に番台。その奥にはキッチンへと通じる間口が見えた。


「おい、ハヤト。間違いなくレストランだ。やったんだ、俺たちは」

「ああ、スノハラ……スノハラ。あいつらにも食わしてやりたかったな」


 会話を続けながら、最寄りのテーブル席へと向かった。

 皮のソファーへ座り込む。

 しばらくそこで待っていると、ちょび髭のウェイターが待望の水を運んできた。

 彼の手をコップが離れるや否や、ふたりはそれをがぶ飲みし一息ついた。


 水浸しになった口元を袖で拭いた後、怪訝そうに眉をしかめるそのウェイターに向け、よくわからない用語で書かれたメニューの中から適当なものを二人前注文した。そして、十分も経たない内にウェイターがその適当なもの――『季節の南洋肉とエスカルゴス』をふたつ運んできた。


 空腹で飢えたハイエナのように獰猛となっている俺たちふたりは、それが何であるかもわからずにかぶりつく。

 味わうこともなく胃に食材ごとぶち込むといった感じで一瞬の内にすべてをたいらげてやった。

 軽く腹を満たした俺は、皿を舐め回しているスノハラを尻目に、メニューへ手を伸ばした。

 

 こんな物では足りぬ。だが、少し吟味してから次の注文は行うくらいの余裕はできた。


 とりあえず、メニューを開き次の獲物を物色する。

 あれも良い、これも良い。ちょっと甘い系にする? それともこれか……

 そのように悩んでいた俺だが、ある事に気がついた。

「おろ? どういうことだ?」

「どうした? ハヤト。何でもいいから早く選んでメニューをよこせ」

 スノハラが若干苛立った声色でそう言って、俺のメニューを奪い取ろうとした。

 

「なあ、スノハラ……そういや、お金って大丈夫なのか? 俺、小銭しか持ってないぞ」

 メニューを手元に寄せながら、俺は尋ねた。

 料理のラインナップ写真の横に、それぞれ数字が書いてあったのだ。


「大丈夫さ。EXPで支払えるはずだ」

 歯をつまようじでいじりながら、スノハラが軽い調子で言う。

「そうなのか? でも、ほんとだ、単位がEXPになってる……」

 じろりと数字の横に目をやった俺は、少し目を細めた。


「ということは、やはり、クレア・ザ・ファミリアの通貨単位は円とかドルではなく、EXPなのか」

「ああ、そうだ。だが、EXPってのは通貨だけに使うわけじゃないぜ」

 と、ドヤ顔で言うスノハラ。

 態度が態度なので、何となく腹立たしい。


「――ところで、スノハラ。おまえ、今いくらEXP持っている? 俺は200EXPちょうどなんだけど」

「え、俺もハヤトと同じようなもんだよ。200EXPくらいだ」

 怪訝そうに眉をしかめながら、スノハラはそう答えた。

 俺たち結構稼いでるはずだぜ、ひと財産築けるくらいはよ、とその後に付け加える。


 それを聞いた俺は少し首を捻った。

「なあ、スノハラ――俺の見間違いかもしれない……見間違いかもしれないが……ここのメニューにある料理、どれも一品700EXP以上なんだけど……」

 何かの間違いかもしれないと思い、人差し指で目を擦った。

「な、700……」

 それを聞いたスノハラが声を失う。


 俺たち二人の合計EXPは合わせても約400EXP。にもかかわらず、俺たちがオーダーした料理は二つで計約1400EXP。単純計算で1000EXP足りない。次の獲物をオーダーするどころの話ではない。

 しかし、あれだけ苦労し400体近くモンスターを倒して、その報酬が小料理ひとつ分にも満たないとは、どれだけ物価がインフレしてるんだこの世界は……

「ど、どうするんだよ、ハヤト」

 と、狼狽えるスノハラ。

「どうするも何も正直に言うしかないだろう。仮想空間なんだから、ちょっとくらいまけてくれるんじゃないか」

 俺は冷静にそう返した。


 現実に準じているとはいえ、ここはクレア・ザ・ファミリアという仮想空間――元はVRMMO。さすがに無銭飲食等はまずいだろうが、こちらの出方次第によっては軽く笑って許してくれるはずだ。


 何せクレア・ザ・ファミリアでの飲食物はただのデータ。原則的に無から造り出していると述べても過言ではない。

 EXPは重要なものである可能性はあるが、飲食物についてはたいした意味を持たないはずだ。


 事情を話せばおそらく無料で恵んでくれることだろう。

 そして、俺たちは願望込みでウェイターを呼びつけ、現在までの経緯を説明した。

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