第10話 シティ・オブ・ハンニバル(1)
「これが、ファーストシティ――」
開かれた城門をくぐり抜けた俺は、息も絶え絶えに声を漏らした。
隣にいたスノハラも俺の肩をポンっと叩きながら頷く。
何だ、こいつ。疲れてそうに見えたが、案外まともな反応だな。
そう思った俺は、少しスノハラのことを見直して、賞賛の言葉を口にしようとした。
だが、結論から先にいうと、そのようなことを思うべきではなかった。
「おい、ハヤト。俺たちの冒険はこれからだろ……ハハハ、エへへへ」
とイッた目で、スノハラは打ち切り漫画のラストのような台詞を吐く。
だめだ、こいつ……明らかに精神を病んでいる。
「おい、スノハラ。なんだそれ。まだ冒険は始まってもないんだから、しっかりしろ」
そう言うと、俺はスノハラの頬を二、三発殴った。
今の今までこいつの馬鹿さ加減に振り回された恨みを込めて、多少力の加減を強めにしておいた。いや、もしかすると憎さあまって、フルマックスの力を入れていたかもしれない。
「お、おまえ……いつか殴ってやる」
ようやく正気の目に戻ったが、スノハラは恨み節を返してくる。
頬を赤く張らし鼻息を荒くはしているが、俺の日本刀の鞘を杖代わりにするほど足がフラフラなので、やり返してくる気配は今のところない。
いずれにしても、脳内ドラッグから心を救ってやった友人に対しこの態度とは、いささか心外である。
城門を潜り抜けた俺たちを待っていたのは、レンガ造りの家が立ち並ぶ石畳の道で区画整理された街並みだった。
ダコタ・チュートリアルより、よりヨーロッパの中世の趣を感じさせる。
夜だというのに各家々の窓から淡い光が漏れていた。
疲れ果てた俺の目にそれは、エメラルド状のクリスタルが浮き上がっていくつも浮いているかのように映った。
美しい街だ――それが、ファースト・シティーの第一印象だった。
城門程近くに、天然パーマでひげ面のスラっとしたおじさんの像があり、その周りが噴水で囲まれている。
夜であるからか少しライトアップされており、なかなかの威厳を感じさせる造りだった。
「ようやくだ。ようやく着いた。長いなんてもんじゃなかったぜ」
崩れ落ちそうになりながらも、口を震わせながらそう述べるスノハラ。
あれから約一ヶ月が経った。
もはや、EXPハント団の中で生き残っているのは俺たちふたりのみ。ボロボロになった俺の学生服やスノハラの鎧はモンスターとの激闘を物語っている。
ダコタ・チュートリアルから隣町ファーストシティへ徒歩で行くことを決定した後、俺たちは頭上を通った飛行船が飛んでいく方角へと向かった。というのも、ファーストシティへの位置を誰も知らなかったからだ。
EXPハント団は全員、このクレア・ザ・ファミリアに入植したばかりで当然地図など持ちわせていない。
この世界のビギナーであるのだから、それも当然といえば当然だった。
飛行船が飛び去ってしまって若干道のりが不安になったが、歩いて一時間もしない内に街が小さく大草原の先に見えた。その街がファーストシティだとあたりをつけ、この分だと簡単にその隣町――ファーストシティに到着することができる、と当時の俺たちは踏んだ。
結論から先にいうとこの考えは甘かった。
進行を妨げるモンスターたちは簡単に倒すことができたのだが、倒したモンスターたちから時折現れる触手を持った例の物体だけはどうしても倒せない。
いや、正確に述べると倒せないどころか触れることさえできなかった。
致命的な一撃を食らわないためには触手の伸びる範囲をかいくぐって攻撃するしかない。だが、多数の触手が高速に伸びてくる状況下でそのようなことは――並の人間の動体視力では――まずは不可能だった。
間合いを超えたところから攻撃できる弓やライフルのような武器があればなんとかなるのかもしれないが、クレア・ザ・ファミリアに入植したばかりで、ロールプレイングゲームでいう初期装備に近い武器しか持っていない俺たちEXPハント団がそんな便利な兵器を持っているはずがなかった。
あのゴキブリ色の――あの黒い物体からは逃げ回るしかない。出発してから一日と十分後俺を含めた生存者共通で辿り着いた答えはこれだった。
そこからこの逃げ回る作戦を取ったはいいが、ファーストシティまでの道中、幾人もの仲間があの物体から逃げ切れず無碍もなく殺された。
首を切断され、足も切断され、手も切断され、惨殺死体とはまさにこのことだろう、というくらい切り刻まれて――
さらに人数が足りなくなったこともあって、普通のモンスターたちとさえまともに戦うことが不可能になり、自然と彼らがいない方へと遠回りすることをを余儀なくされた。その結果、目に見えていた街であるのにもかかわらず、ここまで到着に時間がかかってしまったのだ。
喉の乾き、空腹はもはや絶頂を過ぎていた。途中、引きちぎった芝生を口にしようとしたが、食えたものではなかった。というより、喉が芝生を完全に拒否するような感じだった。おそらく付近の芝生は食するように設計されていなかったのだろう。
となると、考えるのは当然モンスター飯だが、火を起こす道具さえなく、そのまま生肉で食べようとしても倒したモンスターの種類が悪かったのか、とても喉を通るような代物ではなかった。
飲食をしなくても死なないようだが、喉の渇きや空腹だけは覚えるという生き地獄。何にせよ、この無謀な旅路の果てにわかったことは、クレア・ザ・ファミリアでは人間は餓死しない、ということだけだった。
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