第6話 名称不明の大草原(1)
「おい、スノハラ、何で街に城壁なんか必要なんだ?」
たいそうな白塗りのレンガで楕円を縁取った背の高い城門に足を踏み入れながら、俺は尋ねた。
港に滞在している間はまったく考えもしなかったのだが、実はダコタ・チュートリアルの街は城壁に囲まれていたのだ。
「そんなの決まってるだろ、ハヤト。外にモンスターがいるからだ。そんな事さえ知らないで、クレア・ザ・ファミリアに入ってきたのかよ」
と、即答するスノハラ。
スノハラ曰く、クレア・ザ・ファミリアの街は原則的に城壁に囲まれているとのことで、それがなければ基本的に街と見做されないそうだ。
「おい、おい。何だ、そのモンスターって。ゲームじゃないのに、なんでそんなヤツがいるんだ」
城壁の件はさておき、俺は失笑混じりに突っ込みを入れた。
「笑い事じゃないぜ、ハヤト。だから、これだけの人数で行くんだよ」
そう注釈を入れたかと思うと、スノハラは前方へと視線を送った。
リーダーのトラビスを先頭に総員五十人程の同志……要は人を出し抜こうとするせせこましい人間の集まり――なぜか、全員性別男たち……が、颯爽と俺たちの前を歩いていた。
当然だが、述べるまでもなくもちろん俺もそのせせこましい一味に含まれる。
それはさておき、もしかすると、このような大人数でモンスターハントを行うのは気分が良いことなのかもしれない。
シミュレーションゲームで出てくる師団を率いる武将の姿が脳裏に浮かぶ。俺がリーダーではないところは惜しいが、その一員として戦うのも悪くはない。それに考えてみれば、モンスターを仲間同士で狩る行為自体も何かしらのゲームのようで面白い。
モンスターを狩猟する仲間……なるほど、俺たちはチームか。であれば、何かここはかっこいい名称が欲しいところだ。
そうだ。俺たちを総称して、EXPハント団と名付けることにしよう。
無論、心の中だけではあるが俺はそう思った。
「ハヤト、これくらいの人数がいなければ、モンスターと相対するのは危険なんだよ。な、わかるだろ。なぜ、街を城壁で囲まなければならないか」
その後スノハラが付け加えた説明によれば、モンスターは街の外の至るところに生息しており近くを通る人間を襲うようにプログラムされているとのことだった。
「プログラムだったら、初めから人を襲撃しないよう設計すれば良かったじゃないか」
頭に浮かんだ疑問をそのまま口にした。
なんという人迷惑なプログラムだ。そんな物がある時点で、とても人間が安心して住めるような思想の元造られた世界だとは思えない。
「おいおい、ハヤト。決まってるじゃねえか。それだとリアルじゃないだろ」
スノハラは嘲笑気味に頬を歪めた。
この台詞に、ふーん、と鼻を鳴らしはした。
でも、モンスターがいるのにリアルって何?
納得がいかず俺は首を傾げた。
少し長めの距離を歩き終えると、城門に遮られていた視界が一気に開けた。
見渡す限りの大草原。ところどころにある小高い丘に生えた木や芝生は総じてきめ細かく、とても疑似空間のものとは想像がつかない程だった。現実より現実らしい、そういう表現がもっともこの光景にはふさわしい表現になるだろう。
遠くの方では、猪や狼のような形をした動物たち――もといモンスターたちが群れをなしていた。小さく自由に動くそれら、遠目のせいかとても可愛らしく、到底人を襲うような実装をされているとは思えなかった。
EXPハント団はその目眩がする程の大きく開けた大草原の道なき道を、しばらく真っ直ぐに歩いた。時折足に触れる花々が小気味よく音楽を奏でるように揺れる。それらから漂う匂いは現実より香ばしかった。もしいきなり何の情報もなくこの場に放り込まれたとしたら、誰がこれが仮想空間の世界であると信じられるというのだろうか。そう思いたくなるほどのリアルさをこの大草原は感じさせた。
そして、ダコタ・チュートリアルの街からある程度離れたかという時だった。
先頭のトラビスが、がしゃりと重い鎧の音をさせたかと思うと後ろを振り返り、さて諸君、と全員の注目を集めた。
「我々EXPハント団はこれから狩りを始める」
奇しくも俺が心の中で名付けた総称を使いそう宣言するや否や、矢継ぎ早に剣を抜くよう指示を送った。
トラビスの呼びかけに、鬨の声をあげるEXPハント団と名付けられたメンバーたち。俺もそれに合わせて腰に携えた鞘から錆びた日本刀を抜き出した。
「なあ、ハヤト。やっぱ、俺も剣にしたら良かったよ」
みんながそれぞれ剣らしきものを抜き出して威勢の良い掛け声を出している最中、突然隣でしょんぼりとした声を出すスノハラ。見ると、木製のトンファーを一本手にしていた。
したら良かったよ、じゃない。
西洋の鎧を装備しているにもかかわらず、なぜ武器にトンファーを選ぶという選択肢があったのか。こいつの趣味の問題なのか頭の問題なのか。時間があれば小一時間ほどその理由を訊かせて欲しいものだ。
そう問い質したいのを我慢して、俺は先頭を敢然と進むトラビスへと視線を移した。
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