第7話 名称不明の大草原(2)
トラビスは身につけた青銅の甲冑の音を軋ませながら、すでに少し先にいた猪の群れと相対していた。
彼の背中に続いて、俺もその猪たちへと近づく。
その内の一体を視界に入れる。
突然、俺の頭――いや脳というのが正解かもしれない――に、ウリボリアンという文字が舞い降りてきた。
風体に似合わず目が狂暴だな、と思いかけた矢先のことだった。
続けて、HP・10、MP・0という文字が、相対しているウリボリアンの直下に現れる。
「これがこいつの名前と能力か」
脳のビジョンに文字が現れるという不思議な体験に感動しながら、俺はそう声を漏らした。
そうこうしている内に我らがEXPハント団の仲間たちは、自分の膝にも満たない小さなウリボリアンへと武器を持って奇襲を仕掛ける。
「せい!」
と、トラビスのかけ声。
暴徒と化したEXPハント団のリーダーである彼は有無を言わさず、まだ攻撃準備もしていないウリボアンを斬りつけた。
悲鳴を発する間もなくそのウリボアンのHPは一気に7まで減った。
返す刀でもう一撃。さらにもう二撃。血しぶきを上げると共にウリボアンは地に這いつくばった。
そして、数秒を経た後、塵と化し天へと登っていった――というようなRPG仕様の展開はなく、死体はそのまま地面に置かれたままだった。
おそらく、後程この死体は食材とか道具とかの素材になるのだろう。
このリーダーの勇姿を見届けたEXPハント団たちは、鬨の声をあげて残りのウリボアンに襲いかかった。
仲間たちがウリボアリンを虐殺する中、すかさず俺もその内の一体を仕留めた。
錆びているとはいえ、さすがは日本刀――切れ味がひと味もふた味も違う。
そう思った瞬間、EXP・1、AMOUNT EXP・1という文字が脳裏に再生された。
もう一体倒す。AMOUNT EXPは2に加算された。
一匹倒して経験値がたった1しか増えない。
ちょっと少な過ぎるような気がしないでもないが――初めはこんなものだろう、と俺は見積もった。
「楽勝!」
「またつまらぬものを切ってしまった」
「お、俺たち、強え――」
群れを全滅させたEXPハント団たちはテンションを極めた声で、口々に自らを褒め称えるかのような賛辞の言葉を並べ立てた。
かくいう俺もウリボアンを斬った自らの手を見つめ、言葉こそ発しなかったが、彼らと同様の感慨に浸った。
「おい、ハヤト。次が来るぞ」
との甲高いスノハラの声に、俺は我に返った。
今度は先程見た狼の形をしたモンスターだった。
少し近づくとまた脳裏に文字が出現する。
「ウルフ――捻りがないな」
頭に去来した狼の名前に対して不遜な感想を述べた。
それに構わずに襲いかかってくるウルフ。有無を言わせぬ勢いは感じるが、何せその動作は遅い。軽く攻撃をかわして胴体を斬りつけてやると、怯えた様子でウルフは後ずさった。
その後、二回、三回、と斬りつけたが、まだ死ぬ気配はない。気配というより、HPが思ったより削られないだけなのだが――どうやらこいつはウリボリアンよりは強いらしいな、と俺は鼻息を荒くした。
結局ウルフを絶命させるのにはそれから十回以上の打撃を与える必要があった。
獲得したEXPはまたもや1。ウリボアンを倒した時と同じ経験値。ウリボリアンよりかなり耐久力が高いのに、この程度の少ない経験値しか貰えないとは――少し納得がいかない。
先が思いやられるが……まあ、こんなものか、初めは。
ウリボリアンを討伐した時と同じような感想を頭に胸の内で吐いた。
そして、俺が次の獲物を狙おうとした瞬間だった。
「ちっ、怪我しちまったぜ」
と、スノハラの声。
見ると、腕に生々しい切り傷。足元にはウルフの死骸。どうやら最期の一撃を加えた瞬間、ウルフと相打ちになってしまったようだ。
「やけに、傷口がリアルだな。痛みはあるのか?」
見るとスノハラの腕には現実と同じような擦り傷がついていた。さらに皮膚が裂けてその奥から滲み出るような赤い血が浮かび上がっていた。
「ああ、現実とほぼ同じだよ」
よほど痛いのか、スノハラが両目を閉じて答える。
だが、続けて「何か傷口を治すアイテムを手に入れたら治療できるだろ」と軽口を叩くかのように言う。
まあ、それもそうだな。元々ゲームの世界だし。
俺は妙な違和感を持ちながらもひとまず胸を撫で下ろした。
それは束の間だった。
前方を視界に入れた俺の額に細い汗が流れる。
スノハラの心配をしている間に他の者たちが存在していたすべてのウルフを倒してしまっていたのだ。
ミスった、これ以上EXPは――
俺はしょんぼりと肩を落とした。
これまでの経緯を踏まえると、EXPは団体に割り振られるわけではなく、敵を倒した者のみに与えられるようだ。
団体を示すステータスは何も脳のビジョンに浮かばなかったし、他の者が何体敵を倒しても、俺のEXPの数値の変動は何も見られない。
従って、一連の戦いで俺が手に入れることができた経験値はたった3のみだ。
芝生の上で絶命しているウルフを見やる。
RPGにありがちな仕様とはいえ――これでこの先大丈夫なのだろうか。EXPの実態は未だよくわからないが、おそらくは重要な物のはず。それがたった一桁の半分にも満たない数しか手に入れられていない……
「お、おい、ハヤト。そいつ何かおかしくないか?」
突然俺の思考を遮るかのように、スノハラが慌てた声を出した。
「何が――」
そう反論しかけたが、俺はすぐにスノハラと同じ疑問を持った。
周りのウルフは次々と倒れ込んで生気を失っていく中、なぜ間近で倒れ込んでいるウルフだけは、すでにHPが0になっているのにもかかわらず、目が開いていた。
どうやら、その瞳は俺やスノハラの動きを追っているようだ。
いや、それどころではない。
ウルフの身体のところどころが大きく不自然に脈打ち始めていた。
そう、それはまるで、命を取り戻しているかのような――
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