第4話 ダコタ・チュートリアル(3)

 港――らしき場所――の前にあるコスプレ集団が造りあげた長蛇の列。俺はその最後尾にいた。先程から今まで三十分ほど待っているが、まだ列は動きそうにもない。

 現在の俺は暇という暇を持て余していた。

 

 来たばかりの異邦人である自分に話しかけてくる相手がいるはずもなく、かといって誰かに話しかける勇気もない。


 港のはずなのに近くに海は見えないので来る場所を間違えたかと思いはしたが、列に並ぶ道程にあった看板には、ダコタ・チュートリアル港と書いてあったのでここで間違いはないだろう。


 何にせよ、さすがに暇過ぎる。何かすることはないだろうか。

 未だ乗客の搭乗が始まっていないのだろうか、列が前に進む気配はまったくなかった。


 は、そうだ。

 とばかりに手をぽんと軽く叩く。

 急いで腰に手を回し、先程武具屋で手に入れたばかりの剣を鞘から抜き出した。


 俺の愛刀、日本刀。この名も知れぬ刀。

 若干錆びてはいるが、天空に向けると刃先は奇麗な流線型を描き太陽の光を切り裂くようなたたずまいをみせる。


 ダコタ・チュートリアルを出た後、すぐ武器屋に向かった。武器屋はこじんまりとしていて中にはハゲのごつい店主がひとりいるだけだった。武器が欲しいと尋ねると、店主は雑多に置かれている武器を指差しどれでも持っていって良い、とぶっきらぼうに言った。

 なので、俺は、その様々な武器の中から日本刀とヌンチャクのどちらか――自分なりに――究極の選択を迫られたが、最終的にはやはりこの日本刀を選んだ。

 

 この白光りする剣の切っ先は――ふっ、悪くはない。

 胸の内で冗談めかした感想を述べる。

 だが、その後訪れたあまりの気恥ずかしさに、ポリポリと頬を掻くハメになった。


「おお、日本刀じゃないか」

 突然背後から声がした。


 俺が若干驚きながら後ろを振り向くと、そこにはサングラスをかけた金髪の外人。性別は男。巷で流行っているオンラインロールプレイングゲームに出てきそうな西洋の甲冑を装備していたが、身長があまり高くないせいか不格好に見えた。


 また妙ちくりんな輩に声をかけられたものだ。


 もちろん先程まで自分がいた現実世界だったら、間違いなくこのような輩は無視していただろうが、ここはクレア・ザ・ファミリア。そういう訳にもいくまい。

 なんとなくだが、そう思った。


「やっぱ日本人は日本刀だよな」

 続けて男は言ってきた。


 俺は即座に、ありがとう、と礼を返した。

 が、すぐに首を捻った。

 この男の口振りを妙に思ったのだ。


 この言い草、まるで自分が日本人のような――


「ああ、俺は生粋の日本人だよ」

 俺の疑問を読み取ったのか、男はそう答えた。


 すかさずあまり高くない鼻筋にかけられていたサングラスを顔から外した。

 その下から日本人とは思わずにいられない程の真っ黒な目玉が現れる。


 高い鼻、青い目にする予定だったが、設定を少しミスった。

 ホントは全部白人みたいにしてやろうと思っていたのに、鼻とか目玉の事なんかすっかり忘れていた。

 身長も190くらいにするハズだったのに、マジで忘れていた。

 でも、まあ、後で設定変更すれば問題ないだろう。


 と訊いていもないのに自分のミスを一通り語った後、男は「俺、スノハラ」と名乗り握手を求めてきた。


「それ、本名?」

 スノハラが珍妙なことを訊いてきた。

 俺が自分の名を名乗り返し、差し出された手を握ろうとした矢先のことだった。


「当たり前だろ」

「いや――そんなことねえぜ」俺の言葉に負けじとしてかどうかは不明だが、そう素早く断定してくるスノハラ。「もしかして、現実と違う名前を入力する奴もいるんじゃないか? ほら、トランスマイグレーション・ルームでさ。名前がデフォルト以外も入力できただろう」


「名前の設定なんか、あったっけ?」

 俺は自問するかのように尋ねた。


 そのような項目にまったく覚えはなかった。が、俺の記憶と相反するかのように、あったぜ、とスノハラは自信満々に頷く。俺の記憶にはまったくそんなものはなかったが、適当に操作していたせいできっと見逃してしまっていたのだろう。


「まあ、なんにせよ、やはり名前は本名に限るってこった。なにせ親から貰った最も大事な物だからな。これを失くしてしまったらもはや日本人ではない。姿形は変わっても俺は日本男児の心意気を失わないぜ」


 どう頑張っても生粋の日本人には持ちえないナチュラルなツーブロックの金髪をなびかせながらスノハラが述べたこの台詞には、若干の閉口を禁じ得ない。


「それはそうと、スノハラ……お互い呼び捨てでいいよな?  で、スノハラ、なんで俺に声をかけてきたんだ?」

 気を取り直して確認した。

「ああ、それだよ、それ……ハヤト、おまえに頼みたい事がある」

「なんだ、何か用があったのか」

「もちろんさ。さすがの俺も何の用もなく人に声はかけないぜ」

 

 ふむ、と唸りながら、俺は頬を少し釣り上げた。

 とてもそうとは思えないが、彼がそう言うのであれば――そういう事にしておこう。


「何はともあれ、だ、ハヤト。俺と今からフィールドに出て、EXPを稼ぎに行かないか?」

 続けてスノハラは意味不明な誘いを投げかけてきた。

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