第3話 ダコタ・チュートリアル(2)
「それで、俺はこれから何をすれば?」
気を取り直して訊いた。
すると、中年は少し目の瞳孔を広げる。
「――もちろん、自由ですよ、自由。あなたの人生ですからね。どこに行かれようと構いません」
すぐに軽く首を横に振り言った。
「あの……すいません。どこに行っても構わないとは......」
「ええ、ハヤトさん。このクレア・ザ・ファミリアは、現実世界の精巧かつ擬似的なエミュレーター。だから、どこへ行こうがあなたの勝手。そこで何をしようがあなたの自由。例えばいつどこで寝ようが誰も罰しない。そうです。ここはクレア・ザ・ファミリア、シルバー・クルセーダー。妙な束縛などあろうはずもありません」
なるほど、言われてみればそれもそうだな、と俺は頷こうとした。
だが、そんな矢先に中年は意外なルールを告げる。
「ですが――と言ってはなんですが、この街はダコタ・チュートリアル、この店の名称だけではなく街自体がチュートリアルを目的として造られております。ですので、あなたがここに留まることは許されません。本日中にこの街を退去してください」
この街を本日中に退去――って、どういう事だ。チュートリアルなのだから、俺が慣れるまでいて良いとか、手取り足取り教えるとか、そういう親切設計ではないのか?
俺は眉間に深く皺を寄せた。
「ちょっと、待って下さい。本日中にこの場所を退去って、いったい俺はどこに行けばいいんですか?」
当然なから怪訝な口調でそう尋ねる。
この焦燥感を帯びた俺の質問に対し、はは、と軽く笑い飛ばすダンディな中年。
「ご心配なさらなくても、大丈夫です。この国……いえ、このサーバーの隣町――シルバー・クルセーダー・ファーストシティに出航する定期連絡船がありますのでね。今からですと、三時間後に出航です」
普通のロールプレイングゲームを参考にすると、チュートリアルの街を出てから、序章との分岐点である隣町に行くというような感じなのだろう。
しかも、その隣町の名前はファーストシティ、わかりやすい程チュートリアルの次に行く街の名だ。
「チュートリアルにずっと居着かれては人生というゲームにならない、ということでしょうか?」
「ええ、そんな感じと思って頂ければ。先程も述べた通りクレア・ザ・ファミリアは現実世界のエミュレーター。なので、そこを譲ってはエミュレートできない、といったところです」
「ふーん、エミュレートね……」
「以上、簡単ながら私からのチュートリアルは終了です。こんな場所で説明を長々と続けるのも何ですからね。後は、ここから数軒先の並びにあるダコタ武具屋で、ハヤトさん好みの武器を選んで下さい。街の人と触れ合って色んなことを学んでください。それを含めてのダコタ・チュートリアルです」
にこりと笑って中年は言った。
これに、ええ、と相槌を返しはしたが、すぐに俺は首を傾げた。
中年の台詞に大きな違和感を覚えたのだ。
武器――確かこの人、今、武具屋で武器を選択するって言わなかったか? 俺のイメージでは、ここはレトロ・ゲームのあるアナザーライフを永遠に楽しむ天国に最も近い場所のはず……なのに武器?
両眉を上げてそう自問した。
「ああ、説明するの忘れていましたね。ええ、この国――いえ、このサーバー、シルバー・クルセーダーでは、銃器を含めた一般人の武器の所有は認められています。その気になれば何点でも装備できますよ。無論、あなたが現実で身に着けられる範囲の数ですがね」
俺の疑問に勘づいたのか、中年は言う。
なるほど、このサーバー名からすると欧米のサーバー名。英語はわからないので推測の域をでないが、たぶん米国系のサーバー……転生したとはいえ、そう簡単に銃器は捨てられない……ああ、そういうことね。
俺は勝手にそう納得することにした。
とはいえ、武器の購入資金をどのように調達したらよいのだろうか。財布は転生元から継続して持ってこられたようで財布自体は問題ないのだが、今は……というより元からだが小銭程度しか入っていない。
「ああ、その点であれば心配入りません。一点のみであれば、何を費やすこともなくお選び頂きます。これは国からのささやかなプレゼントです」
中年の台詞に、ああ、良かった、俺は一瞬安堵した。
だが、再び首を傾げる。
国? 国とは? この場所はただのサーバーじゃなかったのか。
先程からこの中年は、何度か国とサーバーを言い間違えているが、彼の態度から察するとそれはわざとではなさそうだ。
考えてみれば、チュートリアルなどという看板を背負って商売している人だ。長年このサーバーに在住していると考えて然るべきだ。
あくまで彼個人の問題であるとは思うが、サーバーをいつしか国と見做すようになってしまっても不思議ではない。俺みたいなサーバーに入ってきたばかりの者ばかりを相手にしていると、彼の普段の生活と大幅なギャップがあり、少し混乱するようなところもあるのだろう。
だとすると、これについてこれ以上深く詮索するのは失礼に値するはずだ。
あえてこの場で親切に説明してくれたダンディすぎるこの中年の神経に触れそうなことをあえて訊く必要もない。
そう思った俺は中年に軽く礼を述べると、そそくさとダコタ・チュートリアルを後にした。
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