2日目なんだぞ、ビックリだよな。

 次の日からは実に慌ただしい事態となった。

 先ずはガラテアが理事長室に呼ばれ、1人で朝食を取ろうとすると、分散して座っていた爵位持ちの子女達に邪魔され。

 男女で分けて設置したつもりは無いのだが、男子達の居る食卓へ向かう事にした。


『ベアトリーチェ!お一人でお食事ですか?』

「はい、どの席にも爵位持ちの方が居て、先約が有るそうで」

《虐めでしょうか、実に幼稚で気持ち悪いですね》


「ですがトリスタン伯爵は男女で分けてはいないと、なのでお邪魔したいのですが」

《是非》

『はい、勿論ですよ』


 マーカスもライリーも上機嫌。

 このベアトリーチェの中身はおっさんなのに、そう思いながらトリスタンが食事をしていると。

 食堂に珍しく校内放送が流れた。


【どうも、理事長代理のリチャードです。皆さんにご報告があるのですが、お食事をしながらで結構ですので、どうかご清聴願います】


 ガラテア令嬢の保護者、ギャレット・スミス準男爵が侯爵へと昇格したので祝賀会をするのだ、と。

 ひいては生徒達にも協力して貰いたいので、勉強に余裕が無い人以外は準備室へ参加票を取りに来る様に、と。


「これではまるで、参加しない方は勉学に全く余裕が無いと思われかねませんわね」

《そうだね、それでイビリやイジメをしたとあっては、親の面目を完全に潰す事にもなるしね》

『様々な方々と知り合うのも学園の醍醐味だと両親が言ってましたし、参加しないのは勿体無い事ですよね』


 ベアトリーチェは純粋に令嬢としての感想を述べ、ライリーはベアトリーチェの背後に迫っていた子女達への牽制に、マーカスは牽制と純粋な感想を織り交ぜながら。

 どんな事にどう参加するのか、期待と不安を胸に、食事を終えると準備室へと向かった。


「おー、参加票を取りに来てくれただけでも嬉しいよ、ベアトリーチェ、ライリー、マーカス」

「学園に所属する以上は学園の催しにも参加する、当然の義務ですわ」

《ですね》

『それでこの、下記の空欄は一体?』


「何か必要最低限な係を思い付いたら記入して欲しいんだ、何せ今回初めての催し物だからね」

『そうなんだ、初めてなんですね、成る程』

「是非にも考えさせて頂きます」

《返却は理事長の投書箱で宜しいですか?》


「うん、宜しく頼むよ」


 元おっさん達は早速廊下のクラスメイトへ空欄の説明と、返却は理事長の投書箱だと知らせながら、マーカスとライリーは図書館へ。

 ベアトリーチェは裏庭へと向かった。


 それにしても、ガラテアは一体。




 その頃のガラテアは王都からの隠密隊と接触していた、表向きはギャレットの侯爵位就任を知らせる為、裏は帰るフリをしてココに留まり隠密行動へ移る事。


『念の為なのですが、どうか宜しくお願いします』


 万が一にも王族がこれだけの準備をしてくれるのは、転生者としての知識を未だに必要としてくれているから。

 この立場になる迄、如何に元の少ない知識を温存した事か。

 そして編纂された皇后達の内訓に貞観政要、黄帝内経を向こうの文字で覚えている限りを書き起こし、トリスタンに大事な書だと預け。


 それからはもうひたすら知識を詰め込み、ココの中つ国へも留学し、向こうの知識と融合した書を新たに出して。

 そうして初めてやっと王族に会う事が出来てからも、更に月日を費やし、信頼を得てから初めて王へ転生者だと暴露した。


 王は驚く事も無く、他にも居ると教えてくれたが、それが悲劇の始まりで。


 だが、やっと苦労が実を結んだと思ったのに、バカなクソガキ共のせいで念願が果たせないとなっては、また死に際に後悔してしまう。

 それだけは絶対に、トリスタンにもリチャードにも、そしてライリーにも味合わせたく無い。


 だから今はグッと堪えて、学園改革をするしか無い。

 好きな本を好きなだけ読み、溺れる程に酒を飲む為、そして大事な友人の為に。




 ベアトリーチェが刺繍や裁縫クラブを思い付いた頃、再び校内放送が始まった。


【お茶会が始まるから、是非皆さんお越し下さいね】


 折角リチャード等とも話し合える機会なのだし、お茶会が開かれる筈の中庭へと赴こうとするのだが、立ち塞がるは爵位持ちの子女達。

 何と浅ましいんだろうか。


「何かご用でしょうか」


 先ずは参加票を出せと、そしてお茶会には参加するな、とも。

 まるで先日の犯人だと名乗り出る様なモノじゃないか、何とも知恵の浅い子供達だ、実に嘆かわしい。


『ベアトリーチェ、どうなさったのかしら』


 鞭を出すべきか走るべきか悩んでいたが、ガラテアが裏庭へと現れた。


「ガラテア、いえ、特には」

『何か楽しそうに、お茶会がどうのと聞こえましたわよ?皆さんで一緒に行きましょう?』


 動揺する子女達に腕を絡めながら、ガラテアが中庭へと強引に引っ張って行った。

 これは見習うべきだろうと思い、ベアトリーチェも残りを強引に連れて行く事にした。




 叔父上達が獲物を捕まえた時の様に、ウキウキと楽しそうに爵位持ちの子女達を連れて来た。

 主犯格を引き連れて来るとは、さすおじ。


「ガラテア侯爵令嬢、早速ご友人をお連れになって来て下さるとは」

『私が侯爵ではありませんし、その敬称は今後も不要ですよ』


「ご配慮して下さるとは、流石侯爵家のご令嬢でらっしゃる。では、コチラへどうぞ」

『ありがとうリチャード理事長代理』


 其々が恐る恐る着席する中、ベアトリーチェは自らのスカートの端を掴んだ。


「ご挨拶が遅れました事を先ずは謝罪致します、ベアトリーチェ侯爵令嬢。ギャレット・スミス侯爵の爵位授与、おめでとうございます」


 爵位持ちなら先ずはすべき挨拶。

 爵位持ちなら常識なのだが、所詮は爵位持ちでも無いただの子女達。

 だとしてもココで即座にベアトリーチェを見倣い挨拶をすればベターなのだが、彼女達はまだ入学したばかりの12才、そんな機転が利く筈も無くポカンとしたり、オロオロするばかり。


《ガラテア侯爵令嬢、ギャレット・スミス侯爵の爵位授与、おめでとうございます》

『もう、ライリーまで、2人は友人なのですから敬称は今まで通りに無しでお願いしますわ』

「ありがとうございます」


《ありがとうございます、では簡易ではありますがご挨拶も済みましたし、友人を紹介しても宜しいでしょうか?》

『勿論よ』

『マーカス・スペンサーです、ギャレット・スミス侯爵の爵位授与、おめでとうございます。僕はしがない辺境伯の長男ですが、トリスタン伯爵とギャレット侯爵を見倣いたいと思い、学園に来させて頂きました。どうかお見知りおきを』


《素晴らしいご挨拶をありがとう御座います、お互いにまだ爵位はありませんし、どうか敬称は不要とお考えになって頂ければと思うのですが》

『ありがとうございます、ガラテア』


 リチャードはガラテアと目が合ったかと思うと、ガラテアの目に僅かな呆れと信頼が見て取れた。

 説教しても良い、その合図として。


《いえいえ、では向こうでお茶をしましょう》


 そうして説教の出来る環境を手に入れたリチャードは、穏やかな声でゆっくりと。

 爵位持ちの子女達へ言葉を掛けた。


「君達、もし爵位持ちの子女だと言い張るなら、先ずは彼らの様に挨拶すべきだったね。親御さんが挨拶する場面を見た事が無いとしても、少しは周りを見倣おうね。例え礼儀を示した者の親の爵位が自分の親の爵位より下だとしても、親の爵位より上が居たなら尚更礼を尽くすべきだ。王様以外には頭を下げられないバカで無価値な子供だって流布されたく無いなら、もう少し頑張ろうね、一緒に学んで行こう」


 子は宝だけれど、育て方を間違えれば誰もが汚染物質になる。

 腐って病気を広め、土地すらも害する。

 子は親の鏡、親が育てた様にしか、よっぽどの人間以外は育てられた様にしか育たない。

 お前が本当にトリスタンを尊敬するなら勉強しろ、ギャレットが言っていた事が本当に今でも身に染みる。


 いや、寧ろ大人になったから、だろうか。




 少し大きめのトリスタンの声が聞こえる程度の位置へ着席したガラテア達は、早速参加票について話し始めた。


「ガラテア、刺繍や裁縫のお針子クラスはどうかしら」

『あの、クラスとは?』

《趣味の同好会を作ろうかと話ていたんですよ、様々な方々と交流するには趣味から、と》

『親と同じ爵位より下だなんてやってたらパンクしてしまいますから、ふふふ』


『確かに、そこで知り合える方から更に横へ、その先へ。成る程』

『呑み込みの早い方って凄く助かりますわ、それで今の所は……』


 ガラテアはワザと参加票の裏に同好会の趣旨や内容を細かく書いた、そしてベアトリーチェの紙の裏も使い、クラブの種類を書く。


『この、応援部とは?』

『内訓を模した支援、でしょうかね』

「子女は男子と関りが少ない、でしょう」

《校則を再度確認しましたが、男女で食事を取ることは禁じられておらず。寧ろ、適度に慣れる為にも定期的に交流を持つべきだ、と書いてありましたしね》


『それでもこの状態なんですから、確かに何か打開策は必要ですね』

『そうなの、是非協力して下さらない?』

「私からもお願い致します、とても大事な事だと思うので」


『はい、是非』


 クールビューティーのベアトリーチェが懇願する様は、とても素晴らしい光景なのだが。

 中身はおっさんなんだよな、と、ギャレットは思いました。




 そうして同好会を中身を煮詰め、参加票を投函する事に。

 そこに更に便箋も一緒に投下したライリーとコーディは、騎士科へ。


「ありがとうございます、農民の見学なんててっきり断られるかとばかり思っていて」

『いえ、自衛手段をお教えするのも僕らの役目だと思っていますので』

《そうでしたか、ならクッコロさんにもお話を聞いて大丈夫そうですかね、ワイリーさん》


『ええ勿論ですよ、少しお待ち下さいね、今呼んで来ますから』

「わぁ、ありがとうございます」


 コーディは強い女性が好きなのか、経産婦が好きなのかと思いつつ。

 自分はトリスタンの何処が好きなのか、クッコロが来るまで自問自答する事にした。


 先ずは大騒ぎをしない所、落ち着いた雰囲気なのに弱い部分や繊細さがあり、しっかりとした信念と信条と。


『お待たせ致しました、クリスチーナ・コンラッドですが』

「覚えて無いとは思いますが、昔、子供の頃に助けて頂いた者で。寒い中で漂着していた所を、取り調べの前に先ずは暖だと暖かいスープと、毛布を頂いて、それで」


『もしかして、ドーバー海峡の』

「はい、母の薬も、くれて、それで、改めて、お礼をど、おもっで」


『そうかそうか、良くココまで大きくなってくれた。確か君はこの位の小さい子で』

「ふふ、そんなには小さぐながっだですよ」


『そうだったかな、でもそれ位に思える程、立派になってくれた。そして良く学園に来てくれたね、素晴らしい事だよ』

「あい、ご恩に報いる為にも、立派な納税者になります。本当に、ありがとうございました」


『ふふふ、まだ子供なのだから様々な事を学び、才能を探し生かす事も重要だぞ』

「はい!」


 クッコロには後で学園外の酒場へ出掛ける口実を作ってやろう、ライリーはそう考えた後、再びトリスタンの何処が好きなのかを自問自答しながら、コーディと中庭へと向かった。


《何事も深呼吸だよコーディ》


「ありがとうございます。もう大丈夫です、あの、あまり僕と一緒だとライリーが」

《大丈夫、こう見えても俺は強いんですよ》


「だとは思いますけど」

《オドオドすれば向こうは付け上がる、君は自分の事だけを考えてて大丈夫ですよ》


「あの、今度はライリーに恩返しをしないとなので」

《より良い人間になり、不正を正せる勇気と、逃げ出せる知恵と頭を持ってくれたら。それでもと言うなら、少し話を聞いてくれますか?》


「はい、勿論ですよ」


 そうして自室へと案内し、秘匿の魔法が掛かっている位置へと座ってから、ワイリーは口を開いた。


《同好会、トリスタン伯爵を応援する同好会を》

「え!あるんですかそんな素敵な会が」


《いや、まだこれからなんだけれど、騎士科応援同好会も作ろうかと思ってて》

「え、それも無いんですか?」


《無いんだ、残念だろう?》

「はい、影ながらお支え出来るなんて、何て素晴らしいんだろうと思ったのに」


《だからこそ作るんだ、けど俺はほら、爵位持ちからは嫌われてるし、君らのグループも俺には関わろうとしないだろう?》

「それは違うんです、何かご迷惑を掛けてはいけないと思って、どうしても遠巻きにしているだけでになってしまって」


《なら、内密になら共闘出来るかな?》

「それで良ければ、ですけど。大々的には無理って事でしょうか」


《いや、けど会が出来上がるまでは悪目立ちはしない方が良いかなと思って》

「はい。それであの、もし良ければ女生徒も誘って大丈夫でしょうか」


《勿論だよ》

「じゃあ、善は急げ、で。これからなんですけど、追い出す時は少し面倒くさそうに、暫く少し僕とは関わらないで下さい。纏まったら改めて僕からご連絡します、けど」


《なら俺からの連絡はガラテアに頼むけど、分かるかな?彼女の事》

「天使の様な侯爵令嬢の方ですね、緊張するなぁ」


《大丈夫、実は気さくで素晴らしい人格者なんだよ》

「そうなんですね、なら同好会の事は」


《知ってるよ、けど発案者はベアトリーチェなんだ、もしどうしてもガラテアが捕まらなかったら》

「はい、ベアトリーチェさんへお話させて頂きますね」


《うん》

「はい、では、いきます」


 ライリーは光り輝く原石を見付けた気がした。

 既に居るとは言え、隠密部隊の様な行動を進んでしてくれるなんて、ただの農民にしておくには勿体無い。


《あぁ、うん》

「はい、失礼しました」


 コレは、確実に引き込んで巻き込むべきだなとライリーは確信した。

 地味で目立たない、なのに行動力も人脈も有る、実に良い人材だ。




 お茶会で軽く食べてしまったので、ベアトリーチェとガラテアは昼食を軽めにし、今度は図書館へ。

 そこでトリスタンが非常に落ち込む事を目撃してしまった、不純性交遊。


「はぁ、すまないが、苦言を呈させて貰う」

『うん、お先にどうぞ』


「アナタ達、校則、不純性交遊はご存知でらっしゃるかしら?」


 堂々と苦言を呈するベアトリーチェに狼狽える爵位持ちの上級生、急いで服を整える同級生の領民。


「私は誘われただけで」

「ご存知でらっしゃるか、先ずはお答え頂けますか、お姉様」


「知ってるけれど、誘」

「お断りするお言葉をお知りでは無い、そう言う事でしょうか?」


「それは」

「彼やアナタを愚弄する気は微塵も御座いません、と前置きさせて下さいね。梅毒ってご存知かしら、アナタ達のどちらかが感染してらっしゃったら、数年後には鼻が捥げますのよ?口や生殖器を経由し、果ては体中へと時間を掛けて広がり、全身へ。ですが暫くは症状がそれ程出ないんだそうですよ、症状が出ては納まり、また症状が出ては納まり、そうしてすっかり忘れた頃、妊娠しても流産や早産、死産を繰り返し、果ては死んでしまう」


『ベアトリーチェ、あんまり脅しては、まだ未就学で。あら、お姉様でらっしゃいましたか、授業を休まれてしまったんでしょうかね?それとも、あぁ、恥ずかしいなんて思っては身を守れませんわよお姉様、君も、現認してしまった以上は医師の検査を受けて頂かなくてはなりませんけれど、お国の為ですから我慢なさって下さいね。病気を広げ、果ては王族の方々に病気を移したとあっては、領主様諸共首を刎ねられませんから、許して下さいねお姉様』


 直ぐに司書へと連絡し、先ずは周辺の消毒から。

 潔癖とも思われるかも知れないが、体液は透明で少量でも病原菌を培養する汚物。

 それを当人達にもハッキリと分からせる為、消毒と一部閉鎖、それから両家の両親への報告、等々。


「例え病気で無かったとしても、幼い体で妊娠すれば最悪は死ぬ可能性が更に高まるんですよ?キスは頬まで、それすら我慢出来無いんでしたら、タダの性欲、ご自分で処理なさるべきですわ。そこも配慮しての、折角の1人部屋なのですから」

『あまり踏み込んでは、ごめんなさいねお姉様、この子は既に衛生学も習得してまして。お姉様を心配しての事なんですよ』


「もう少し大人になって頂いてからなら、恋は自由だと思います。けれども体が未熟なままでは、愛しい方のお子を抱く事も叶わなくなってしまいますのよ。親しい方は、きっと悲しまれるでしょう」

『そう、心配してるのよ、ね?』


「はい」

『後は先生方に任せましょう、では、ご機嫌よう』


 ギャレットは、トリスタンへ医学に関して教え過ぎてしまっていたのではと思っていた。

 だからこそ、女性と一緒にならずに独身を貫いたのかと。

 出産時の死亡率の高さを見て、女性へ触れる事すら一時は躊躇う程で、姉の出産にはもう夫を差し置いて世話しなく動く始末で。


「はぁ、つい喋り過ぎてしまったかも知れないわ」

『ごめんなさい、色々と知り過ぎて尻込みをしたのでは無いかしら』


「何年前のお話をしてらっしゃるのかしら、そんな時期はとうに過ぎてしまったわよガラテア」

『トリス、ちょっと、理事長室へ行きましょう』


 そしてリチャードの横を通り過ぎ、応接室へ。


「どうした」

『潔癖にさせたから、独身だったのかな、って』


「確かに病気は怖かった、女性の体が繊細な事も怖かった、が。普通に良いと思える相手が領地には居なかった、居ても既に相手が居ただけなんだが」

『あぁ、君にも普通の感覚があったんだね』


「普通かどうかは分からんが、この領地に適した女性となるとだな」

『そっちかぁ』


「そこもだ、すまなかった、社交界に出ていれば」

『それでもだよ、君、好きになった事は?』


「恋、だったか、そんなモノは選ばれた数少ない者の特権だろう」

『あぁ、そこからかぁ』


「なんだ、別にもう甥が」


『君はさぁ、一緒に居るだけでも幸せだと思える相手って』

「ジェシーは毎日居ても、あぁ、そろそろ会わねばな」


『馬じゃなくて、人型』


「精霊の子孫は、正直怖い、政務が滞っては」

『じゃあエルフの系譜は?』


「私が先に老いては可哀想だろう」

『じゃあ、じゃあもう、人間で誰か居ないの?一緒に居るだけで幸せだって思える人』


「領民」

『もー』


「領主なら当然だろう」

『いやぁ、そうだけど、今話してるのは違うんだよぉ。君、領主を本格的に交代して、隠居したらどうするつもり?』


「そうだな、ジェシーと一緒に隠居するつもりだったが、ジェシーの子孫を引き取って暮らすのも良いな」

『うまぁ、食べてやろうかしら』


「流石に縁を切る事を考えるぞ」

『即縁切りにはならないのね』


「非常時には、食べるしか無いだろう。領民を飢えさせるには」

『はぁ、君にも素敵な恋をして欲しかったんだけどなぁ』


「政務で忙しかったのは知っているだろう」

『お姉さんだって流石に16才で任せたのは悪かったって言ってたよ?』


「他に居なかったんだから仕方無い」

『だからこそだよ、3姉妹に囲まれて。もしかしてやっぱり女が嫌い?』


「無い筈だが、確かに性的な事には潔癖だが、そう性欲も……私は、少し異常なのでは?」

『いや、恋を知らないだけじゃないの』


「どうしてお前が拗ねる」

『恋や結婚が全てとは言わないけど、君には報われて欲しかった』


「私はまだ生きているんだが」

『だよね、どうにか幸せになって欲しい』


「飢えず凍えず、最近では病も怪我もかなり治る様になった。私はお前が居てくれて幸せだと思うぞ」

『嬉しいんだけどぉ』

「あのぉ、叔父上達?」


「あぁ、どうした」

「何を揉めてらっしゃるんで?」

『いや、うん、もう大丈夫。ちょっとした痴話喧嘩だよ』


「いや、痴情は縺れてはいないから心配するな」

「なら良いんですけど、そろそろご婦人方を部屋に置くのは」

『あ、ごめんよ、少し話に夢中になってた。本題をササッと話すね、明日は衛生学から頼むよ。今回の事が有ったからこそって感じで宜しく、全校生徒会で』


「ギー、無茶ですよそんな大規模なのは」

『じゃあ、学年別』


「まぁ、それなら良いんですけど」

『最年少クラスから宜しく、上級生の爵位持ち全てに抜き打ち検査ね。じゃ』

「すまんな、頼んだ」




 噂はかなりの速度で学園内を駆け巡り、夕飯前にはライリーとマーカスの耳にまで届いた。

 だからなのか、今回は上級生が非常に大人しいどころか、寧ろ真っ青になっている。


『どうしたんですかね?』

《あぁ、抜き打ち検査が有るらしい、毎回こう言った事が起きると必ず次は抜き打ち検査だそうだ》


『ご家庭で衛生学を、習わなかったんですかね?』

《まさか自分が病気になるとは思わないんだろうね、最近は特に、小さな怪我で死ぬ事は滅多に無くなったから》


『だからと言って病気が無くなったワケでは無いのに。あ、コーディは大丈夫かな』

《寧ろ彼は古株みたいですし、大丈夫だと思いますよ》


 少しタイミングが悪かったかも知れないと思いながらも、コレは逆に学園内自警団を先に作るチャンスにもなるか、そう思っているとガラテアとベアトリーチェが食事を持ってやって来た。


「宜しいかしら」

『えっと』

《どうぞ》

『失礼しますね』


『あの、この様な大胆な行動をなされて宜しいんですか?』

「身に覚えが有る者だけが怯えたら宜しいんですよ」

『そうですよ、遠ざけるだけでは何も問題は解決しませんからね』

《それもですが、何か良からぬ噂が立ってはと心配なされているのかと》


「既に内訓の序文を読んでらっしゃるなら、風説の流布は大罪であるとご存知でしょうし。少なくとも、お姉様達は悪質な噂などはなさらないでしょう」

『そうね、それどころじゃ無さそうだもの』

《今夜は騒がしくなるかも知れませんから、少し早めに寝ましょうか》

『それは、あぁ!成る程、なら僕のとっておきをお出ししますから、そうだな、中央管理棟で落合いましょう』


『それは楽しみ』

「でしたら良く噛んで早々に終わらせましょう」


 そうしてそそくさと準備を終え、湯上りにマーカスからすれ違いざまに渡されたのは、小さな小瓶。


 急いで部屋に戻り小瓶を傾けてみる、黄金色のトロリとした液体。

 

『コレは、蜂蜜かな』

「にしては粘度が低い様な」


『あ、お酒だ』

「ふむ、中々に良いモノを持っているな、移し替えてとっておこう」


『味見させてよ』

「あぁ、1滴だけだぞ」


『あぁ、芳醇な香りと味わい、コレって凄く熟成された蜂蜜酒だ』

「それを正しく使える、うん、良い候補者だな」


『だね』


 そう言って蜂蜜酒に合いそうな紅茶をガラテアがブレンドし、寝る前のティータイムを楽しんでから、お互いの部屋に戻り窓辺へ。


《トリスタン様、お迎えに上がりました》

「すまない、君らの様なエリートを」


《いえ、お洋服は準備させて頂きました》

「助かる、苦労をお掛けする」


《いえ》


 そうしてベアトリーチェは服を脱ぎ、変身を解いてトリスタンとしての服を着た。

 それから馬小屋でジェシーをたっぷりと愛でて居ると、灯りを持ち外出用に着替えた複数の生徒達がやって来た。


「どうした、こんな遅くに厩舎に何か用かな」


 どの時代にも病を恐れ逃げ出す者が居るらしい。

 しかもどう言うワケかかなりの確率で感染者、逃げ出して病を撒き散らしたいのか何なのか、恥が有るなら寛解したと大手を振って治療棟から出るべきだと言うの。


 トリスタンと知ってか知らずか、子供でも大勢いれば何とかなるだろう、そう思ったのか男子学生達が鞘に入ったままの剣でトリスタンに襲い掛かった。


 右手には既に皮手袋を付け鞭を持っていたトリスタンは、牽制の為にもと大きく鞭を振るった。


 バチィン!


 馬用の軽い鞭にも関わらず、大きな音と共に先頭の男子生徒が握っていた剣が落ちた。

 その音に驚いた馬達が一斉に騒ぎ出し、厩舎へと早々に警備兵達が来る事になった。


 うん、実に便利だな。


『トリスタン伯爵、帰ってらしたんですか』

「あぁ、騒ぎが起きたと聞いて寄ったんだが、コレの事だろうか」


『ある意味では正解ですが、詳しくは理事長室のリチャードさんへ』

「あぁ、そうしよう。大方の想像通りなら、この子達は何かしら持っている可能性は高い、防御し噛み付かれるなよ」


『はい』


 そう言われ警備兵達は顔に布を巻き、皮手袋を付け、渡来道具のさす股を取り出した。

 それだけの準備をされ、初めて自分達が病原菌扱いをされたと気付いた子供達が大声を上げ、厩舎は大騒ぎ。

 コレもまた風物詩と化している事に、トリスタンは胃痛を覚えそうになった。




 溜め息と共にトリスタンが理事長室に入ると、既に変身を解いたギャレットとライリーが、リチャードと共に書類を眺めていた。


「早かったな」

『コッチは普通に表門から来たからね』

《裏門は例年通り多かったので、街の看護師にも協力して頂きました》


「そうか、助かる」

「で、今は其々に関わった生徒のピックアップですよ、はぁ。ご家族への手紙を書かないと」


「すまんな、コレは学園の仕事だから俺が」

『もう木版で良いじゃない、作らせといたよ、ほら』


「ほう」

「あぁ、助かったぁ」

『でも流石に宛先はね、だから確実に感染してそうな子をピックアップしてる』


「こんなにか」

『あ、それは二次感染してそうな子、交友関係が広い子が居るから、今回は本当に大規模になるかも』

《それで提案なんですが、自警団を発足させるべきかと》


「生徒による自治、なら懲罰委員会かDiscipline Committee」

『それだと何か怖いから、もう少し優しくて大人しいのって無い?』

「disciplinary trainers、補佐、guardians、moral、風紀補佐員とか?」

《moral guardians風紀委員会、ですかね》


「守護者、監視者、保護者。風紀委員会、良いだろう。だが問題は適格者が」

『私達がなれる様に仕向けたら良いんだよ、挑発して、だったら君らがやれば良いって言わせる』

「叔父上、発想が怖い」


『そう?私がなります!とか変な段階踏むより早いじゃない』

「まぁ、そうですけどぉ」

「だとしてもだ、補佐は必要だろう」

《でしたら領民に良いのが居ます、カーディはご存知ですか?》


「あぁ、フランスの国境沿い出身で、ドーバー海峡を船で来た家族の長男だったが」

《トリスタン伯爵とクッコロを恩人だと思ってココまで頑張って来たそうで、真っ直ぐな子ですが身を弁える行動と考えが出来る子です。騎士科の応援部等について根回しをして貰っていまして、準備が整ったら俺に連絡を、何かあればベアトリーチェかガラテアと接触する様にと伝えてあります》


「そうか、ならその成果をもってして風紀委員になって貰うのも良いかも知れんな」

『いや、ライリーの見る目を信用して大丈夫。彼を入れる前提で考えよう』

「だけどなぁ、裏表が凄いから今のままじゃ難しいよ」


『カーディからの情報を前面に信用する設定で、そこから再考しようよ』

《なら少し接触する方法を変えて頂く必要が、俺が素っ気ない態度を取って追い出して、彼に目がいかない様にと配慮したので》


『なら何かを叱る体でベアトリーチェに接触して貰おう、パッと見て仲良しと思われない方が良いんだし』

「叱るのは不得手なんだが」


『実際に叱るワケじゃなくて、ちょっとキツめに呼び出す程度で大丈夫じゃないかな』

「あぁ、まぁ、頑張ってはみるが」


『よし、後は明日、解散』


 そうして今度は隠密部隊の手により、再び部屋に戻り、少女となってベッドへ。

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