3日目、朝食前に検査を。

 ガラテアと共に朝食へ。

 今日の食堂は実に静かで空いている。


 昨夜逃げ出そうとした生徒、又その友人として名を連ねる者は早朝から検査へ。

 例え領地に帰ろうとも家に帰ろうとも、検疫法に逆らう事は不可能なのだが、何故か毎年脱走しようとする者が出る。

 そもそも字も契約についてもしっかり分かっている筈の爵位持ちから、毎回の様に本当に検査が行われるとは思わなかったんだと抗議が来るのも風物詩になっており。

 王も認めた正式な入学書類に、なんなら少し大きい文字でしっかり明記してあるのだが、何故か毎回こうなる。


 そして念の為に、入学式では必ず言っている。

 病が流行る前に徹底を、ココには検査をする場所も整っているので、いつでも診察を受けて構わない、と。


「はぁ、リチャード理事長代理が入学式に言っていた事を、何故誰も本気にしなかった、のかしら」

『でもまさか私が、だなんて生きていては常に不安が先行してしまいますし。何故か、都合の悪い事は向こうから避けて下さるんだと思える、ある意味では良きご両親の元で平和に育った証拠ですわよ』

《ですが過剰に不幸な事を避けさせた弊害が性病とは、ご両親もさぞ後悔してらっしゃるでしょうね》

『その点ウチの領地は少し荒っぽい方だったので、そう思える事が少し羨ましい気もします。そんな夢見がちで居られるって事が、ですけど』


「ご両親が辺境伯でらっしゃると、やはり、ご苦労されてらっしゃるんですね」

『いえ、僕なんかは両親の背を常に追い掛けるだけで。辺境伯たるもの渡来人を排除しない、けれども適切な距離に気を付ける。最初は抽象的な概念だと思っていたんですが、衛生学にも通じるモノが有ると知り、成る程なと。お互いの為の距離が有る、それを如何に保つか』

『最も利益が有る行動はとはどうすべきなのか、その結果が来るものを拒まず、適切な距離を保つ。王様の頭が良いお陰で我々は豊かに暮らせている、感謝しなくてはなりませんね』

《ですね。今日は良く晴れるそうですから、食事が終わったら皆さんで日光浴へ行きませんか》


『良いですわね、中央棟のテラスへ参りましょう』


 そこは療養棟が良く見える場所であり、検査する人々が良く見える場所。

 検査結果を待たずとも、そこから出てくる者の顔色や表情で大体の結果が分かってしまう場所でもあるので、こう言う時はトリスタンやギャレットが閉鎖している。


 今回はリチャードの役目なのだが、この雰囲気だと向こうで集合と言う形になるらしい。

 出来るなら茶菓子は胃に優しいモノをと願いながら、ベアトリーチェはガラテア達と共に中央管理棟のテラスへと向かった。




 リチャードはベアトリーチェやガラテアが来るであろうと予想し、胃に優しく軽いお茶セットを用意していた。

 作り立てのとマシュマロウのお菓子とブルーマロウのハーブティー、これはトリスタンの為にとギャレットが考案して作ってくれたセット。

 見た目は非常に可愛らしいのだが、どちらも胃痛に効果が有り、何ならギーがコレで王族へ取り入った品物だとの噂も有るとか、無いとか。


《リチャード理事長代理、お邪魔でしたでしょうか》

「いえいえとんでもない、少し隠れて日光浴をと思いましてねライリー。一緒に如何ですか、ベアトリーチェ、ガラテア、マーカスも」


《では、少しだけ》

「はい、お邪魔させて頂きます」

『お邪魔致しますわね』

『あの!コレってもしかして、コレは王都バーミンガムで有名なマシュマロウでは?』


「おぉ、良くご存知で。実は原材料はウチの名産なんですよ」

『あぁ!そうなんですね、不勉強ですみません』

『お気になさらず、加工された粉末を売っているのは衛生学を学んだ医師か、菓子屋位しか知りませんから』

《栄養価が高く、美味しい胃薬。だそうで》

「医食同源、だったでしょうかね。中つ国の知識をコチラで再編した皇帝内経、大変助けて頂いてますわ」


「ギー、ギャレット侯爵も留学してらっしゃったそうで、それでもたらされたんですよ。作り立てですから、どうぞ」

『はい!頂きます』


 爵位持ち子息にも様々な子供が居るけれど、素直に無知を謝罪し拘らない、そして素直にお菓子に喜ぶ。

 そんな姿にリチャードは改めて子供らしさについて考え、マーカス以外はすべておっさんばかりなのだと不意に思い出した。

 外見など些末な問題だと思っていたけれど、如何に重要なのかを思い知らされた。


「お口に合いますかしら、マーカス」

『はい!ふわふわモチモチなのに噛み応えがあって、凄く不思議な食感ですけど、ほんのり甘くて美味しいです』

『味は其々に違うそうですけれど、コレは蜂蜜かしらね?』

「はい、蜂蜜漬けにしたベリーのシロップ、ウスベニタチアオイの乾燥粉末、それとロバのゼラチンを少し」


『ロ、ロバ?』

『ココの領地で完全管理されてる個体、ですわよね?』

「はい、中つ国では阿膠あきょうと呼ばれる漢方の1つ、皮を煮出して加工したモノなんですが。まぁ、コレが凄く大変で」

《驚きましたかマーカス、動物が使われている事に》


『はい、動物はどうしても食事と言うか、こうお菓子になる事は想像して無くて』

「あぁ、僕も分かるよ、こんなに可愛いお菓子や、婦女子の薬になるなんて最初はビックリしたけれど。今ではもうね、言い聞かせながら世話をしているよ、君は余す所が無くて最高だってね」

「肉はアッサリして美味しいですし、可愛いし、可愛いし」

『ベアトリーチェもお馬さんが大好きですものね』

《ですが交雑しては品質に問題が出る可能性が有るので、領地でも特に厳重な場所にいらっしゃるそうで》


『しかも毒草が生えていたら駆除する為の見回りも居るんだそうで、管理も大変でしょう、理事長代理』

「いやぁ、うん、凄く大変。ロバが平気でも人間には毒だったら毒が蓄積してるかもだし、具合の悪いロバは商品には出来ないから、最悪は焼却処分、その時が1番悲しいと叔父上が言っていて。僕も、健康に育ってくれる事が大事だからね、馬を雑に扱うモノの気が知れないよ」

《地方では未だに鞭打って八つ当たりするヤツなんかも居るらしいけれど、それが元で死んだら勿体無いのに、つい金が有ると何でもして良いと錯覚するのが定期的に湧くみたいだね》

『皆さん博識なのに、僕は、少し恥ずかしくなってきてしまったんですけど』


「そ、わ、私はですね、体が丈夫では無い方で、本を読む位しか出来ない時もあったからですわ」

『今も胃痛持ちなのよねトリスは、胃に優しいからとロバも良く食べていたし』

《ココでも出ると良いですね、ロバ肉》

『その、僕はまだ食べた事が無いんですけど、どの様にして食べているんですか?』

「内臓は煮込み、リーキポロネギと内臓の塩煮かな」


『カウルケニンにするんですね』

「そうそう、肉はギーが好きなソイソース焼きかな、カリカリに焼いた薄いパンケーキで生のリーキと挟んで食べると美味いんだぁ」


『リーキを生で?大丈夫なんですか?』

「ココでは生食用に管理されたリーキが有るんだ、感染予防の為に家畜の堆肥は使わない、生で野菜が食べられる様に特別に栽培させたモノでね。シャキシャキして美味しいよ」


『その、ココで質問するのは不適切だとは思うんですが…』

「何かな?」


『……その、ギャレット侯爵とトリスタン伯爵が……怪しい仲だとの噂で、両親が少し心配していて』

「あぁ、男色家ではないから心配しないでも大丈夫、激務で婚期が遅れてただけだから」


『すみません、失礼だとは思うんですけど、どうしても確認しておくべきだって』

「いや、そも叔父上が悪いんだもの仕方無い。それにギーも悪いんだよ、叔父上に何でもかんでも試せって唆すから、ヤる事が本当に多くて。もうね、僕はそれでも付いて来てくれる人を見付けてから、当主を引き継ぐ事にするって言ったんだよ。そう言い訳しながら各地を周ったんだけど、結局はココに戻っちゃったんだよね。あ、話が逸れたけど、叔父上は幼かったり未熟な方には絶対に手を出さないから大丈夫」


《少なくとも、子供をそう言う目で見る人では無いと聞いてますよ》

『ですわね、庇護対象だそうですし、保護対象に手を出す位なら愛馬のジェシーと一緒に丸焼きになる方だって聞いてますわ』

『すみません、どうしても表に出ない方で、僕も会った事が無いので手紙にどう書くか悩んで、大変失礼な事を聞きました、ごめんなさい』

「いやいや、社交する時間が無かったとは言え、情報が少ないからこそ不安だったんだろうし。叔父上に特に何か言うワケでも無いから、気にしないで」

「いえ、私は言わせて頂きますわ。領主が誤解されては平民への弊害も有ると言うのに、忙しいなら時間は作るべきです。私からお手紙に書かせて頂きますわ、マーカスの名は出しませんからご安心なさって」


『いや、僕は』

「いえ、苦言こそ忠臣のすべき事なんですのよ。周囲からそう諫言を言って頂け無かった事も恥じるべきですし、私は」

『あら、アレって白衣では?もしかしてココは療養棟が見えるのかしら?』

「あ、あぁ、毎年こうなった時には封鎖していたんだけれど、今日は僕がココから見守ろうと思ってね。叔父上は心配して見舞いに行っても逆上され、時には逆恨みされて。悪評が立つのも無理は無いと思うよ、なんせ向こうは本当の事は言えないんだから。だからこそ、根も葉も無い事は僕は叔父上の耳に入れるつもりは無いし、気にもしない」

《ですがご本人が知ったら悲しむでしょうね、諫言を呈されない愚者だ、と》


「そうですわ、きっと」

「なら言わない、良いねベアトリーチェ。悪い噂への対応は気にしない事、但し」

『誰が言ったかは正確に把握しておく、ですわね』

《内訓学、でしたか。まだまだですねベアトリーチェ》

『それは、一体』


「今はそれだけに留めておくと良いよ。それでいつしか当人と叔父上が会った時、その当人がどれだけゴマをするか」

『如何に腹に一物を持つかの物差しになりますし、諫言と戯言と甘言の区別を付ける訓練にもなりますわよ』

《ベスはこう言った事に疎いので、男だ女だとは拘らす、何か有れば支えて上げて下さい》

「すみません、少し取り乱してしまいましたわね」

『いえ、僕こそすみませんでした。今度からはせめて出所を確認してから、心に留め置きたいと思います』


「いやいや」

『あら、図書館のお姉様、真っ青になって泣いてらっしゃいますわ、お可哀想に』

《確かに、ご両親が、お可哀想ですね》

「大事に育ててらっしゃれば、らっしゃる程、悲しみも深いでしょうに」

『そうですね、僕も、悲しませない様にしないと』


 ココでリチャードは、ふとこうして誤解を招く事も有るのかも知れないなと思った。


 子供もロバも大切に育て、片方は生きる糧にする。

 鞭で打ち据えても誰も咎めない家畜を大切に育て、片や国の為にと子供を見守る。

 これは時に何かを偏愛する者にとっては己を見ている様で、己を重ね、批判するのだろう。

 そしてロバと子供の区別の付かない者にとっては、自分の子供も家畜扱いにされるのではと恐怖する。


 其々の育て方が有ると言うのに、ロバの方が過保護だなんて検討違いな保護者の八つ当たりも、こんなバカみたいな論から生まれているのかも知れない。

 ラズベリーシロップのピンクのマシュマロウを摘まみ、ブルーマロウの青いハーブティーを飲みながら、リチャードはこの先を憂うしか無かった。




 そして叔父上トリスタンことベアトリーチェも又、憂いていた。

 全く知らなかった自身への男色家の嫌疑、それを甥もギャレットも知っていながらも放置していた事。

 そして今回も、思わぬ者が陽性者になっていた事。


 ライリーから聞いていた元辺境伯の息子が既に陽性者だったらしく、大声で騒いでいるからだ。

 確実に面倒な事になる、しかもそれを甥に任せるしか出来無いのだから。


 完璧だとは思っていなかったが、コレでは領主交代でも問題を後回しにし兼ねない、まだまだ準備が必要だ。


 そう胃が痛くなりそうな事を考えながら、美味しい胃薬マシュマロウと青いハーブティーを摘まんでいた。


『意外と声が届きますのね』

《声の質が良いのでしょう、なんせ馬追いもした事が無さそうですし》

「警備には良いと思うけど、あの感じは先ず王兵なんて無理だろうね、逆ギレして大騒ぎは騎士道から外れ過ぎだし」

『あの、ベアトリーチェ、先程はすみませんでした』

「いえ、遠くとも身内の恥は恥ですので。お恥ずかしい所をお見せしましたわね、ごめんなさい」


『じゃあ気分転換に移動しましょう、バカの言葉を聞くのは耳小骨と時間の無駄になりますし。理事長代理のお時間を邪魔しては』

「あ、そうだった、君達の提出した紙の裏を見たのだけれど、実に良い案だね」

《あぁ、マーカスの紙は使って無いんですが、彼も案を出した1人なんですよ》

『僕はそんな、お話に少し混ぜて頂いた程度ですよ』


「是非、もう少し形にしたいんだ。昨夜叔父上が来てね、話したら発案者にやらせてみたいって、それと風紀委員モラルガーディアンズなるモノも、お願いしたいらしいんだ」

『モラルガーディアンズ、ですか?』

『もしかして、この騒動と何か関係がおありなのかしら?』


「その通り、モラルを示し、モラルを守って貰う。教師や大人が居ない場面でこそ子供のモラルが問われる、ならそれを守り指導するのも子供。懲罰委員会の様なモノは別に作るから、取り締まり役を作りたいらしいんだ」

『懲罰委員会って何だか怖い感じですわね、もっと他に柔らかい感じが良いですわよね?』

「大人と全く同じでは錯覚し兼ねませんし、他の名称を」


「そう、そう言った案を君らからも欲しいんだ。対価は愛好会や同好会の実現、どうかな?」

『あら、なら協力しなかったら同好会は作って頂けませんの?』


「いや、でもお願いだよ、僕はほら、ココの代理意外にも領主の仕事も有るし。頼むよ」

『では、恩を売るチャンスだと思って良いでしょうか?』


「勿論、但し勉強に関しては僕は操作不可能だからね」

『ふふふ、では次期領主様へ恩を売る事に賛成頂ける方は挙手を』


 こうして風紀委員設立へマーカスも引き込む事になった。

 不慣れな若輩者だからと子供に頼る、こうした柔軟性が自分には無かったなと反省するトリスタンだった。




 マーカスは反省したのも束の間。

 大手を振ってベアトリーチェと関わる事にすっかり浮かれていた。


 そして前日に予習をしていたお陰で衛生学の授業もスムーズにこなせ、暗い雰囲気の検査前の廊下でもウキウキしていた。


 片やライリーは凄く不機嫌だった。

 全く顔には出さないが、マーカスの事を嫌いになりそうになっていた。

 あのトリスタンへの嫌疑で、トリスタンを悩ませる事になったからだ。


 未熟な子供だからと言えど、深く考え込んでしまうベアトリーチェには聞かせたく無い話だった。


 ギャレットや他の転生者や転移者が齎した知識によって、ソドミーへの迫害は消し飛んだに等しいが、それでも子を成せぬ者としての偏見は未だに存在している。

 だが、子供を修道院や神殿へ捨てる親も少なく無い世の中、なら自分はその子供達の面倒を見るのだから、結局は腹を痛めるかどうかに過ぎない。


 そう思っていたのだが、愛しい人が妊娠出来る状態となれば話は別。


 常に、偶々好きになるのが男だっただけ。

 臭い白粉や香水にまみれ、古い因習にしがみつき、ただ男の顔色を窺えば良いと育てられた女にはどうしても靡け無かっただけ。

 いつも素直で裏表の無い、可愛く純粋な人間をと思うと、偶々男だっただけ。


 偶に良い女が居ても、庶民だからと本気にもされなかったり、もう既に相手が居たり。


 そう、本当に偶々、良いと思えるのがそんな相手だっただけ。

 自然体で、優しくて、飾らない。


 しかもあの強面で馬を溺愛して、可愛い物が好きだからこそ、ロバの養殖にも反対してギャレットと大喧嘩しそうになって。

 なのに、あの可愛いお菓子のマシュマロウ無しでは生きられ無い体、繊細だからこそ愛しい。


 そして優しく、配慮も出来る。

 あの菓子が可愛いからこそ客人の前では食べない、自分の強面の顔と年を自覚し、そんな印象が付いてはマシュマロウの売れ行きに影響が出兼ねないと我慢する。


 あの強面のオッサンが、ラズベリーシロップ入りのマシュマロウ大好き。

 馬も、ロバの養殖は可愛いから大好きで反対しただけ。

 何なら毒草を取り除いているのは彼、ロバが好き過ぎて個体識別が可能だからこそ、遠くから愛でる為の方法に過ぎない面も有る。


 そう、トリスタンは凄く可愛いのだ。

 少なくとも、王都育ちのライリーにとっては凄くギャップ萌えでキュンキュンする存在。


 それを傷付けられたのだから、それはもう激オコ。

 だけれどライリーはトリスタン程では無いけれど、完全に婚期を過ぎたオッサン。


 良い距離を保ちつつ見守ろうとした矢先、ギャレットから性別を変える魔法が込められた魔道具の相談をされ。

 万が一にも手を出して良いのかを聞くと、何とも言えない顔で『トリスタンが受け入れたら、まぁ』そう言われ、ずっと楽しみにしていた学園生活。


 なのに。

 クソガキ共のせいでベアトリーチェの胃痛は収まる事を知らず、果てはソドミーではとの噂が彼自身の耳に入ってしまったし。

 フォローしたくてもソドミーの気の有る自分がフォローしては逆効果か、果ては嫌われてしまわないか。


 もう、検査どころでは無い。

 何なら潔白は既にトリスタン達に証明している、だがしかし生徒ならば受けるしか無い。


 そもそも昨日今日感染したからと言って、直ぐに検査で出るワケでは無い。

 コレは見せしめや反省を促す為の措置、殆どの場合は陰性となり、数ヶ月後の再検査で真の潔白を示せるのだが。

 今回はこの時期にして既に陽性者が、しかも下級生から出てしまったので、自己防衛と自制を促す為に全生徒の一斉検査となったのだ。


 早くトリスタンに会ってフォローしたいのに、学生と言う身分が邪魔をする。

 大人だったら直ぐに厩舎に連れて行って、一緒に乗馬を楽しめるのに。


 《次の方、どうぞー》


 ハッとして現実に戻ったライリーは、こうした子供の恋心もマーカスに有るのかも知れないなと思い、少しばかり許す事にしたのだった。




 衛生学と検査でディナータイムの食堂は、誰かが亡くなったかの様に静かだった。


 無理もない。

 たかが絵とは言えど、梅毒により鼻の捥げた者の姿を見せられ。

 その他にも精密に描かれた患者の患部を見てしまったのだから、慣れない者には非常に苦痛だっただろう。


 まして検査の後には薬物学。

 薬も水も、大量に摂取すれば害になる。

 そして毒も薄めれば有効に使える。


 その流れで外科手術の説明にもなり、如何に病気や怪我が恐ろしいかが爵位持ちにも十分に伝わっただろう。


 だが怯えたからと言って、性行為無しでも移ってしまう恐ろしい病気も存在する。


 それを回避する方法は他者と関わらないか、陰性証明書を持った信頼出来る特定の人間と一緒になるか。


 残酷かも知れないが、選択肢が有るだけマシだろうとギャレットは思っている。

 少なくとも自分が居た向こうの世界には、選択肢は存在しなかった。

 例え夫婦でも病気を移され様が殴られ様が文句を言えない、逆らえば殺される。


 それか結婚をしない異常者か不妊と罵られ村単位で除け者にされるか。

 他者に殺されるか自殺するか、そんな道しか無かった。


 段々とハッキリする記憶と夢が重なり、毎日魘され、男で良かったと毎朝自身の体を拝んでは感謝したモノだ、と。

 こんな程度で揺れ動く子供達が憎かった。


「ガラテア」

『あ、あぁ、ごめんなさい、少しボーっとしてしまって』


「疲れてらっしゃるのね、今日はサッサと湯浴みに参りましょう」

『そうね、ありがとう』


 トリスタンに転生者だと言う事を隠していたのは、純粋に彼を守りたかったから。

 自分が利用される程度なら良い。

 けれど優しい家族、この強面の幼馴染、果ては領民が犠牲になってはと。

 そう怯えながら知識を隠し、知識を仕入れ、融合させた。


 その果てが、結局は知識を広める事を推し進めた。

 トリスタンや家族を病や死から遠ざける為、医学の知識を広めるしか無かった。

 目立ちたく無かったけれど、頑張った。


 けれど、こんなにもバカが多いとは。


「ふぅ、まだ浮かない顔だな」

『こんなに頑張ったのに、まだまだだなと思ってね』


「あぁ、そうだな、私も凄くガッカリだ」

『だよねぇ、入学式でもリチャードがちゃんと言ってたのにさ』


「それもだが、諫言についてだ」

『だから、それは無駄な流言飛語を入れさせない為だけだってば。見合う人が偶々、君の周りに居なかっただけだって私も周りも良く分かってるんだし。それとも、だからって頑張って結婚して、ちゃんと奥方を大事に出来てたって言い切れる?仕事と私とどっちが大事なのって言われたらどうするつもりなのさ』


「両方、だが、体は1つ。なら領民だろう」

『それを世間の女性が許さなかったから君は独身なだけ。それを利益を齎しそうにも無い相手に時間を割いて欲しいの?利益を齎しそうも無いバカに』


「いや、でもそれらしき事は言っておいて欲しかった」

『他の事はちゃんと言っているし、味方では無い人間ですらバカが何か言ってるなって程度なんだから。ね?君には仕事を沢山任せてるし、コレは私なりの配慮だったと納得して欲しい』


「生まれ変わりの事も、か」

『そうだよ、どこまで被害が及ぶか分からなかった、手探りだったんだよ』


「もう、秘密は無いな?」

『そら有るけど、ちゃんと時期を見て言ってるとは思わない?』


「…あぁ、だな」

『ほら、それに全部は言えないよ、普通に性的な事は伏せたいもの』


「だな、悪かった」

『いえいえ、じゃ、コレでスッキリ眠れるかな?』


「おう」

『よし、じゃあもう部屋に戻るよ、おやすみ』


「あぁ、おやすみ」

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