第10話

 放課後、哀夢が教室を出たのを見計らって、わたしも後を追った。

 周りに人が居なくて、でも、いざとなったら助けが呼べるようなところがいい。校舎の中だと四階とか。外だと、食堂の裏とか。


 その希望に沿うように、まるで予め話し合っていたように、哀夢は階段を昇っていく。わたしも足音を殺してついていく。哀夢は四階まで昇って、右に曲がっていった。

 ひょっとすると、あいつはわたしがつけていることに気づいているのかもしれない。だから、わざわざ四階に行ってくれた。

 いままで観察してきて、中庭とか下に行くことはあったけど、上に行くことはなかった。


 わたしもすぐに昇り終えて、四階のフロアに突入する。

 そういえば四階には来たことがなかった。教室は三階にあるし、四階に続く階段は一つしかなくて、不便だということで使われてもいない。だからか地面にはこんもりホコリが溜まっている。校舎の中なのに足跡がつく。


「あ……」


 ――わゆめ、と呼びそうになって、やめた。わたしは慌てて壁の死角となる部分に隠れる。


「あれは……?」


 哀夢の他に、三人、廊下の奥に人がいた。哀夢を待ち伏せしていたよう。ということは、哀夢は別にわたしに気づいてここに来たのではなくて、普通に呼び出されてここに来たのだ。良かった、名前なんて呼ばなくて。


 友達だろうか……と思ったけど、哀夢が一方的に近づいて行っているのを見ると、違うのだと思う。それに、あの三人も一応、知っている。いい評判は聞かない。

 合流してから、何か四人で話している。剣呑な雰囲気だ。何を話しているかまでは流石に聞き取れないけど。


「「なめとんのか!」」


 三人のうちの一人が硬いものをぶん殴ったような怒号を飛ばした。不意なことに、わたしは思わず肩をびくつかせてしまった。それからすぐに哀夢の身体が浮いた。胸座むなぐらを掴まれている。その状態のまままた何か言い合って――爪楊枝みたいに細い身体が飛んだ。

 哀夢はほとんど無抵抗のまま廊下に落ちた。殴られたのだ。

 そして、すぐに上体だけ起こして、何か言っている。あんなもろに殴られて、意識があるなんて、意外とタフだ。

 でも、向こうはもう話す気はないのだろう、そんな哀夢に強烈な蹴りが入った。他の二人も暴力に加担して、|袋叩き(リンチ)が始まった。

 哀夢はやられるがままで、反撃どころか、声を上げようともしない。たぶん、しようと思ってもできないのだ。物理的にも、心理的にも。


 何度も何度も空気の抜けたサッカーボールみたいに蹴飛ばされている。そのたびに長い前髪を引っ張り上げられて、床に叩きつけられた。顔面から床に……。

 そしてまた蹴る、蹴る、蹴る。引っ張って、叩きつける。


 たぶん、蹴るたびに意識があるかを確認しているのだ。逆に言えば、あれだけやられているのに意識が残っているっていうことになる。

 わたしはずっと何もせず傍観していた。止めに入ろうとは思わなかった。

 これだけ見たら悪いのは暴力を振るっている三人の方だし、もうこれは「いじめ」というやつだ。良心に従うならここで止めに入るべきなのもわかっているけど、いまは無視をして傍観し続けた。良心より、都合を優先してしまった。そう、都合が良かったのだ。

 さすがに三人も哀夢を殺しはしないと思う。だから、いちいち意識があるか確認しているのだと思う。

 おそらく、動けなくなるまで、意識を完全に失うまで、半殺しにするはずだ。そしたら、わたしは全然動けないあいつと話すことができる。その方が安全にあいつと対峙できる算段。

 サイテーかもしれないけど、気にしない。わたしは別に正義のヒーローになりたいわけではないのだし。それに、わたしが止めに入ったところで、相手は男三人。むしろ返り討ちにあって、あいつと一緒に袋叩きに遭うのが関の山だ。

 だから、苦しげな嘔吐えずきが発されても、肉塊を蹴りつける音が聞こえても、紅色に染まった顔面が見えても、わたしは遠くから、あの四人にバレないように傍観に徹した。



 時間として何分が経ったのだろう。やっと、三人の攻撃が終わった。ひたすら蹴っていたから、三人の方も疲れていそうだった。めいめい肩で息をしている。

 床に倒れている哀夢はぐったりしていて、立ち上がる気配すらない。たぶん、伸びちゃっているのだと思う。血も結構出ているように見える。

 三人は何か哀夢に吐き捨てて、最後に一人が蹴飛ばした。教室の地窓に哀夢の血がべっとりと付着する。あまりにも無抵抗なので、ひょっとすると死んじゃっているんじゃ……と少し思った。


 それから三人はこっちに歩いてくるので、わたしは慌てて階段を降りる。

 おそらくここに隠れていたのはバレていない。わたしは目がいいから見えていただけで、普通の人なら視力が足りないと思う。それに、別に誰かがいたことがバレたとて、特定されなきゃいいだけだし。

 一旦、三階に降りて、あの三人衆が過ぎ去るのを待つ。

 それからまた階段に足をかけた。一応、警戒は怠らない。足音を立てないようにして、ゆっくり階段を登る。再び四階に昇って、壁に背を預けながら、フロアを覗き見る。


「え?」


――そこに、哀夢の姿はなかった。

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