第8話

 それから、数日だけ観察を続けた。

 でも、行動様式は至って普通で、奇行に走るような、その片鱗すら見えない。基本的に単独行動で、友達とか話し相手はいないらしい。


 二回だけ放課後にあいつをつけることができたけど、一日は中庭でぼんやりしていて、もう一日はトイレに入ったきり、「夜」まで出てこなかった。


 そのせいで、男子トイレの前をウロウロしていたから、男子たちに「痴女なのか?」なんて聞かれて、恥ずかしい思いもしたし。哀夢のせいだ。

 でも、裏を返せば、あいつは嫌われているだけで、実際は凶悪なやつではなさそうってこと。

 結局、どうしてあんな噂が出てきたのか全然わからなかったけど、別にわたしは日常が壊れなきゃそれでよくて、真相なんてどうでもいい。

 そうとわかると、哀夢はもうわたしの視界に入るようなこともなくなって、いつしか、あいつのことを完全に忘れる日々が続いていた。


 ――と、疑念が晴れつつあった、ある日のことだった。


小腹が空いたので、食堂に向かう途中、中庭の奥の方で哀夢がしゃがんでいるのが見えた。

 でも、もう観察する気はなかったから、過ぎ去ろうかと思っていたら、


「え、笑ってる?」


 遠目だから、見間違いだったかもしれないけど、長い前髪で隠れていない口角が上がっているように見えた。

 わたしは咄嗟とっさに柱の後ろに隠れる。


「気になる」


 でも、突撃するわけにもいかないし、中庭の奥だから、回り込んで見ることもできない。何か草でもいじっているように見えるけど、何をしているのだろう。

 しばらく、大体五分くらい見守っていたら、あいつは立ち上がって、こちらに向かってきた。

 内心、超焦ったけど、わたしも平然を装って食堂の方に向かう。いかにもちょうど柱の前を歩いていたかのように。

 それから実際に、食堂に行って、小腹を満たした後、さっきあいつが居た場所に行ってみた。


「たしか、ここらへんにいたよな」


 若干、草が踏まれた痕ある。わたしはそこにしゃがむと、目に衝撃的な勢いよく物が飛び込んできて、反射的に後ろに尻もちをついてしまった。


「キャッ!」


 心臓が跳ねた。鼓動がころんだ。息がつまずいた。汗がぞわぞわと這い出てきた。


「な、なんだこれ……」


 わたしはおそるおそるそれに近づく。見間違い、枯尾花だったかもしれない。錯覚だと確かめるために雑草を震える手で掻き分けた。しかし――。


「うっ……。む、むごい……」


 あったのは、羽をもがれ、首が捻れた鳥の死骸だった―――――。

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