第6話

 次の日から、わたしは哀夢を観察することにした。

 教室だと、哀夢の方が席が後ろだから、振り返らないと観察できない。でも、授業中に後ろを向いているのも不自然。初っ端から出鼻を挫かれそうになったけど、そういう時は乙女の神器だ。後ろに目がついていないのなら、手鏡で見ればいいじゃない。


 鏡越しの哀夢は座って、俯いている。ワカメみたいな前髪がだらりと顔の前に幕を下ろしている。あの幕の向こうで一体、どんな表情を浮かべているのだろう。


「さき、聞いてる?」

「え? ああ、えっと、揚げパンの揚げが足りてなくてテンションが下げになった話だっけ?」

「それ、さきの話でしょ」

「あれ、そうだっけ?」

「もういい」

「ごめん拗ねないで、ちゃんと聞くから」


 ハルカにぷいっとそっぽを向かれてしまった。

 わたしは手鏡を閉じて、ハルカの機嫌を取る。

 よく知らない男のせいでハルカとの仲が悪くなったら釈根灌枝(しゃくこんかんし)だ。

 授業中も、ちらちらと手鏡で何度か哀夢を見てみたけど、これといっておかしな行動はしてない。普通に勉強しているようで拍子抜けだ。


 はっ! さては、勉強しているようで、哀夢が書いているノートって「デ」から始まる死神のノートなのかもしれない。それなら、あんなにひ弱そうでも、簡単に殺人ができ……って。

 そんなわけない。そしたら、この学校にLがいることになる。


 午前の授業が終わって、わかったことは、哀夢の授業態度はとても良いということだった。

 つまり、とてもつまらない観察だったということだ。

 昼休みは給食を食べたいから、観察は止めて食堂に行く。やっぱり哀夢は教室から出る素振りすらない。お腹は空かないのだろうか。

 ああ、だから、あんなに細いのか。


 午後の授業。哀夢は相変わらず、ずっと同じ姿勢のままだった。

 手以外が、あまりにも動かないから、石像でも鑑賞している気分になってきた。美術館じゃあるまいし。

 それに、気付いたけど、観察していても、あいつが殺人犯だったかどうかなんてわからなくない?


 この徒労感と食後の微睡みを泡が立たないようにかき混ぜたところに、疲労感がふりかけられて、わたしは連日、夢の中で授業を受けてしまった。

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