8.明日



__長い、夢を見ていた。


なんだったか。


内容がどうも思い出せない。


昨日夜更かしをしたせいで妙な時間に寝てしまったようだ。


長期の休みだからと遊び過ぎたなあ、と後悔をしつつ布団から起き上がると、階段を下りて一階へ向かう。


父も母もまだ帰ってきていないようだ。


(まあ、時間も早いしな)


俺は一階に着くと何がなく祖父母のいるであろう部屋に入る。


「あらみっちゃん起きたの?」


祖母が俺に言う。


「うん、さっき起きたよ」


「休みだからって、生活リズムを崩しちゃだめだよ」


「うん、わかってるよ、てかおじいちゃんは?」


「いつもみたいに散歩に行ってるの」


「そっか_」


「ところでみっちゃん、何か食べる? 昼に寝てたでしょ」


「あぁそうだね、うん、お願い」


「じゃあ、用意するから座っててね」


「うん」


俺はそうして祖母との時間を過ごす。


なんだかすごく懐かしいようなそんな気がした。


食事も終わって、テレビの音をラジオ感覚に祖母と話しながらナンプレでも解いて

いると、玄関の方から物音がしだす。


最初は祖父が返ってきたのかと思って俺も祖母もいつも通り過ごしていた。


玄関がガラガラと開く音が響く。


足音が部屋に近づき、そこでやっと少しの違和感を覚える。



そして部屋の扉が開き_。


そこには刃物を持った黒い靄が立っていた。


それを見た瞬間、俺は座ったまま動けなかった。


____。


頭が真っ白になる。




 「満君」



声が聞こえる。


聞き慣れた、知らない声。




時間が止まったような空間。




黒い靄と俺は視線を交差して止まっている。







声がだんだんと近くなる。







「満君!」


由紀さんの声が聞こえて俺はㇵッとする。


椅子から飛ぶように走り出し、目の前の机を飛び越え、そのまままっすぐに黒い靄へと突っ込んでいく。


黒い靄はあっけにとられたように固まっている。


そんな黒い靄に向かって俺は、強く握った拳を叩きつけた。



_瞬間、当たりの風景がはじけ飛ぶ。




暖かいオレンジ色の陽も、黒い靄も、懐かしい部屋も何もかも。


 あぁ、そっか_俺は

その日の俺は、前日に夜更かしをしたせいで昼過ぎに寝てしまい、陽が沈んだころに目覚めた。


家の中は不自然に静かで違和感を覚えつつ、俺は下へ向かった。


階段を降り切ると、いつもは開いているはずの祖父母の部屋の扉が閉まっていた。


なんとなく胸騒ぎがした俺は祖父母の部屋の扉を開けた。


するとそこには、血だらけで倒れている家族の姿があった。


それを見て、廊下に置いてある固定電話に向かおうと振り返ろうとしたその瞬間、背中に嫌な感覚が走った。


鋭く、熱く、冷たい、そんな痛みが背中を刺す。


声を上げようにも思うように声が出ない。


床をはいつくばっているうちにも、背中に嫌な感覚が何回も、何回も繰り返し襲ってきた。


床に転がりながら微かに見たそれは、俺を見下ろすまん丸な二つの真っ黒な瞳。


_無_。


そして、俺は気が付くと自分の部屋で天井を見つめていた____。






辺りの風景が弾けると、俺の前には暗く、ボロボロの部屋が姿を現す。


「満君?」


声の方を向くと俺よりも少し背の高い、制服を着た女性がそこに立っていた。


「はじめ、まして_由紀さん? 見えてる、よね?」


「うん、見えるよ_思い出せたの?」


「うん、思い出したよ_俺は、もう死んでたんだね_」


気まずいような沈黙が俺と由紀さんの間に流れる。


「__これから、君はどうなるの?」


「ここで由紀さんとはお別れになると思う」


「_そっか、本当にこれで良かったの、かな?」


由紀さんはなんとも言えない笑顔で俺に訊いてくる。


「うん、もちろんだよ、おかげで満足していける、ありがとう、最後まで俺なんかのことを助けてくれて、色々楽しかった」


言いたいことが溢れてうまく言葉が出ない。


 意識が遠のいていく_。


「私も、君と過ごす時間は本当に楽しかった_あの、君の事忘れないよ」


「ハハ嬉しいな、最後にそんな顔しながらそんなことを言ってくれる人がいるなんて」


「あたりまえじゃない、君は私の大事な親友だよ」


 視界が遠のく


「それは_初耳だなぁ」


「えぇ、そんなことないよ」


「いやはじめて言われた」


「そうかな? そうだったかも,,,でも、親友であることに変わりはないから良し!」


「そう、だね___ねぇ、もし俺が生きていても、由紀さんとと今みたいな友達になれたかな」


「んー、なれるね_きっと」


「そうだといいな___」


________。


____。


「おやすみ」


暗闇の中、優しい言葉が俺の背中を押した。


__そんな気がした。





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