7.夜明け さよならを



 _確かあの日は冬の_。


 その日は__。




「やっほー、元気?」


明かりのついた部屋、扉が開いた音が聞こえるとすぐ後に由紀さんの元気な声が響く。


「元気だよ_そんな大きい声出して、また警察呼ばれて隠れる羽目になっても知らないよ」


彼女の方ももう夜だろうに、やけに大きい声を上げる由紀さんに俺は注意をする。


「あ、ヤッバい_そんな大きかった?」


急に潜まった声で聞いてくる。


「うん、響いてた」


「そ、それはそっちが静かだからだよ_きっと、たぶん」


「それ抜きにしても大きかったよ、だからそんな風に自分に言い聞かせても意味ないよ」


「むう、今日は君の好きなバンドの新曲を聞かせてやろうと思ってたけど、そんなこと言うと聞かせてやらないぞ」


「えぇ、__はあ、うん、さっきはソンナニオオキナ声ジャナカッタキガシテキタゾォ」


「そうだね、そうだよね! よしよし、ではこの曲を聞かせてあげよう!」


「___。」


俺が彼女の肯定をすると、彼女はそれはもう元気な声で喜んだ。


_もう知らん。



俺と由紀さんはそうしていつものように穏やかな時間を過ごす。


本当にゆったりとした時間だ。


しばらくそうしていれば、俺の世界はが変わり、また布団の上で目覚める。



__暗い部屋だ。



いつからか_。


恐らく由紀さんと出会った前後から、俺の目覚める時間はだんだんと遅くなり、眠る時間は早くなっている。


もうすぐ、このループが終わる。


そんな予感がした。


彼女がここに来る前の俺ならそのことを手放しで喜んだだろう。


でも、今の俺には__。


とにかく、俺に残された時間はさほど多くは無いようだ。


ここから消えたら、俺は一体どうなるのだろう。




_そして、俺はそれを由紀さんになかなか言いだせていなかった。



 (こわい__。)



「元気ー?」


扉の開く音と共に由紀さんの間延びした声が暗い部屋に響く。


「_元気ぃ」


俺も寝起きの力が抜けた声で返す。


「なんか、今日はいつにもましてふんわりしているなぁ」


「ふんわりって?」


「覇気がない」


「由紀さんほどじゃないよ」


「いやいや、私はこうなんか、すごい_すごいよ」


「ほら、もうすでに微塵も覇気がないよ」


そう言いつつ、俺は起き上がる。


「_寝てたの?」


「そうだけど、なんで?」


「最近の君はおねぼうさんだね_今日も私、色々あって遅くなったんだけれど」


「__しょうがないだろ、起きててもやることがないんだから」


「そっか_」


,,,。


そうしてまた、時間が流れていく。




 (熱くて、冷たい__。)



 (思い_出せない)






「私参上!」


今度は扉がガタリと開いた音がしたと思ったら、由紀さんの明るい声が部屋に響く。


この部屋も最近はずっと暗いままだ。


「こんばんは_で、あってる?」


俺は布団から由紀さんに挨拶をする。


「あってるよーまた寝てたの?」


「うん、あのさ_、」


言葉が詰まる。


「なに?」


「あの_そっちはどうなのかなって」


「どうって?」


「いや、由紀さんはこんなに俺のところに来て大丈夫なのかなって、ほら前言っていた友達とかさ」


「もちろん大丈夫だよー」


「ならいいんだけど_」


「なにぃ? 私が来なくなるか心配なのかなぁ?」


由紀さんが茶化すようなことを言う。


「そんなんじゃないよ_    」


「ふふっ、安心して、私は私の生活もちゃんとしてるから、それに君と過ごしてる時間も結構好きなんだぞ」


「__ありがとう」


「ええ、ええ、とんと感謝したまえ_とまあ、そんな君にはこの前の休日にまた友人に振り回された私のはなしを聞かせてあげよう」


「また、変なところに連れていかれたの?」


「そうなんだよ、今度はさぁ_


また、緩やかに時間が進んでいく。




 まだ_




「_」


「_」


「_ん」


「お、 起きた?」


「ほんはんばぁ」


目を覚ますと、ぼんやりと由紀さんの声が聞こえた気がして返事をする。


「これまた気の抜けそうな声してるなぁ」


「由紀さん、いたのか」


「いるよ、何ならここに来たのだいぶ前だよ! もう、いなくなっちゃったかと思ったよ,,,」


「待っててくれたの?」


「う、うん、一応_ね」



「_」



「_」



「あの、由紀さん」


「なに?」


「俺、多分、もうしばらくしたら、ここから__もう由紀さんと、会えなくなると思うんだ」


「__そっかもういいの?__」


「_」


「_」


暗い部屋に耳鳴りするほどの沈黙が流れる。



「■■■■■■■■ノイズ音■■■■■」


由紀さんが何かを言う。



 忘れてる


「__分からない、分からないよ」



 聞こえないんだね_


「_ねえ、満君_」


由紀さんの優しい声がする。


「なに?」


「忘れていること、思い出したい?」


「_分からない、でも、思い出さないといけない気がする」


「そっか__じゃあさ、___」


由紀さんのことばの先がなんとなくわかってしまう。


「_」


「一緒に一階の_部屋に行こうか」


俺が何も言えないでいると由紀さんは続ける。


「あそこに君の知りたいことが全部あるはずだから」


 _知ってる。

俺は体にかぶさる布団をゆっくりとどけて立ちある。


温もりはあたりへ散ってゆき、冷たい空気が体を覆う。


「うん、行こう」


暗い部屋に、無表情な俺の声が響いた。


明かりのついていない真っ暗な階段を下りていく。


静かな階段に響くもう一つの足音がとても頼もしく感じた。




「_大丈夫?」


部屋の前に着くと、由紀さんが聞いてくる。


「多分、大丈夫」


「ごめんね」


「どうして、由紀さんが謝るの?」


「私には何も出来ないから」


「__近くに居てくれるだけで嬉しいよ、だからもし_いや、今だけはそばにいて」


「もちろん、いつまでもそばにいるよ」


「_ありがとう、それじゃ行くよ_」



ドアの取っ手に手を当てると、ひんやりとした感覚が指先に伝わる。


 あの日は_

ドアをスライドしていく。


ゆっくり、


ゆっくり。


そして、前と変わらない風景がそこに現れる。



さっきまで夜だったはずなのに、その部屋にはあの日のように暖かいオレンジ色の陽の光が差し込み、薄暗い部屋の奥には__刃物を持った黒い靄。



部屋中に飛び散った、生き生きとした赤い染み。



赤い池の中に浮かぶ人___。



気が付けば俺は再び床に倒れていた。



黒い靄の二つの真っ黒な瞳が俺を見下ろしている。








___俺は、赤く照らされた三角の屋根を見つめていた。

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