6.夜 _



由紀さんはあれから言った通りにここへ何回も来てくれた。


彼女がここに来るようになって、ほんの少しずつ何かを取り戻していくような、そんな気がした。



_いろいろな話をした。


話の内容は、好きな音楽の話だったり、趣味だったり、食べ物だったり_


そうやって話しているうちに、俺も少しずつ昔の_普通に暮らしていた頃のことを思い出して、その話をしたりもした。


ある時は由紀さんが俺の部屋にあるギターを見つけて、俺が弾くことになったり、


_この狭い部屋で色々とした。



互いの姿は見えなかったが、楽しい時間だった。



そうしているうちに、地獄のように見えていた赤い部屋が、だんだんと温もりのある優しい色に見えてきたのだから不思議だ。



_由紀さんと話しているうちに色々と分かってきたこともある。




俺以外の、少なくとも由紀さんは普通の時間の流れの中で普通に暮らしているようだ。


ネットも使えるらしい。


彼女は俺の知らない音楽を携帯で聞かせたりしてくれた。


_新しい曲だと言っていた。


世界中の俺以外の人もみんな同じ状況で暮らしている、なんていう妄想をしたこともあったが、現実はそうでもなかったらしい。


そして、由紀さんは俺についての話題をあまり口にしたがらない。


それは彼女の言葉にノイズが乗ることと何か関係があるのかもしれないが、俺には何もわからなかった。


何かを隠している。


そんな気がした。



それでも由紀さんは俺の唯一の支えになっていた。



どうやら俺には由紀さんが関連する何かしか観測出来ないらしい。


それが何かを意味するのかは分からないが、とりあえずそうなっているらしい。




__何かを、




____忘れている?





__時間がない、





_何か。

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