5.夕方 月



扉のスライドする音を聞いた俺は、慌てて上半身を起こすと扉の方を確認する。


しかしうっすらと暗闇の中に見える扉のシルエットには、何の変化もなかった。


俺は扉の方を見つけながら照明のリモコンに手を伸ばし、部屋の明かりをつける。


照らされた扉はやはり、閉まったままだった。


「誰かいるのか?」


扉の方へ恐る恐る声をかけてみる。


「__ あなたは、だれ?」


女性だ。


姿は見えない。


それでも、確かに女性の声が聞こえた。


「お、俺は_」


「■■?」


「__。」


俺の声にかぶさるように女性が何かを言うが、ノイズがかかったように聞こえない。


「_そこにいるの?」


「あぁ、俺はここだ。 俺は、俺はここにいる。 __俺の声が聞こえているのか?」


布団から少し飛び出して俺は言う。


「_聞こえてる、聞こえてるよ」


「幻聴じゃ_ないよな」


「___うん、私もちゃんとここにいるよ」


そして、しばらく静寂が訪れる。


「私は松下由紀、君は?」


女性はわざとらしい咳払いをして俺に聞いてくる。


「俺は_佐野、佐野 みつる


「_そっか、満君_か、」


「_ゆきさんは、どうしてここに?」


「__呼ばれたんだ」


「呼ばれた?」


「____、どうして君はそこにいるの?」


ゆきさんは俺の疑問に答えないまま質問をしてくる。


「_出られないんだ、ここから」


「出られない?」


「そう、出ようとすると、ここに戻されるんだ」


「君は■■■■■■■■■■■■?」


__ノイズがかかる。


「ごめん、聞こえない」


「_■■■■■■■■?」


「___。」



「聞こえない?」



「うん」


「_そっか、そうなんだね,,,」



俺はゆきさんの言っていることが分からず混乱していると、続けて質問をされた。


「君はどれくらいそこにいるの?」


「_わからない、ずっと_ずっとここにいた」


「一人で?」


「うん、独りで」


「何をして、過ごしていたの?」


「何も、ただ寝て起きて食べてを繰り返してた」


 ____。


「_あのさ、私と友達にならない?」


「ずっとここにいる?」


「ずっとは無理かな、 それでもまた会えるよ」


「本当に?」


「本当に」



「__一つ質問してもいい?」


「もちろん」


「どうやってここまで来たの? あの部屋を通れるの?」


「あの_部屋?」


「一階の、■■■■■部屋」


 ____。


「うん、私は通れるよ」


「___。」


「大丈夫?」


「うん、」


_何_?



___。



「_何かさ、楽しい話でもしようか!」


ゆきさんは声を明るくしてそういう。



そうして、俺とゆきさんはしばらくの間、彼女がここを去るまで、他愛のない会話をした。



_なんでもない会話だった。



_それでも、久しぶりに時間が流れるのを早く感じた。

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