3.昼前 声



まただ。


またこの天井を見つめている。


どれほどの時間が過ぎたのだろう。


何もかもがどうでもよくなって、ずっと眠っていた_そんな気がする。


前回、何をしたかさえ覚えていない。


なんだか頭に靄がかかっているように、何も考えられない。



何も考えないで布団をどける。


ちらりと外を見て、階段を降りるために屋根裏の扉を開けようと手を伸ばす。



____。



ガタン_



家の中に音が響いた。


「_ッ」


その物音と共に頭にかかっていた靄が一気に晴れていく。



初めて、


初めてのことだ。


今回は何かが違う。


そんな期待が俺の中で膨らんでいく。


それが悪いことなのか、いいことなのかは分からないが、変化がある。


今はそれだけでどうしようもないほどに嬉しかった。



やけにこわばる手で扉をスライドしていく。


すると徐々に階段が姿を現す。


まっすぐと一回まで続く階段は、いつもと変わらず赤く照らされていた。


手のこわばりが強くなるのを感じる。



俺はぎこちない動きで階段を下りっていった。


ちょうど屋根裏から二階に降りた時、再び下から床のきしむ音がした。



その音を聞いた俺は転げるようにして階段を下だり、台所まで続く廊下を見る。



_何も変わらない。



窓のない薄暗い廊下には何の変化もなかった。



_不安が膨れ上がっていくのを感じる。



急ぎ足で台所の扉の前に行き、扉に手を掛けた。


そして、息を吸い込むと一気に扉を開ける。



_そこには、何度も繰り返し見た風景があった。



何も変わってはいなかった。


「なんだよ_」


そんな呟きと共に、口からは乾いた笑いが漏れ、体からは一気に力が抜ける。




「_どうか_」「_いや_な_」




会話のような声が聞こえた次の瞬間、ガラガラという音が玄関の方から聞こえた。


遠い昔に何度も聞いた、玄関の扉の開閉音。



「おい! 誰か! 誰かいるのか!」



玄関の方へ向け精一杯に叫ぶが、その声は静寂の中に寂しくこだまするだけだった。


後には耳をつんざくような静寂に囲まれ、ただ固まる俺だけがそこに残されていた。


しばらく固まっていると、ちょっとした希望が頭をよぎる。


_よぎってしまった。



その希望にすがるしかなくなった俺は、祖父母の部屋へむけて駆けていく。



_玄関に行くためにはこの部屋を通らなくてはいけない。



俺は震える手で、扉をゆっくり開けていく。



次第に視界に部屋が広がっていき、



扉で隠されていた部屋の全貌が姿を現す。



明かりのついていない、くらい部屋にぼんやりと広がるオレンジ色の光。


机からぽたぽたと垂れ落ちる赤い液体が、床のカーペットに染みを作りながら広がっていく。


その染みとは別に、床に、壁に飛び散る赤い液体。



_血の池に転がる、五つの人影。



そしてその一番奥に”居る”、人型の黒い靄。


その手にはきらりと凶悪に光る刃物が握られている。



体の奥底から恐怖が込み上げる。


息が浅く。


頭が真っ白になり、



俺は逃げようとする。





それでも、





気が付けば俺は地面に倒れていて、





両手は血まみれで、




服も血まみれで、





俺を見下ろすそれと目が合う。





いつの間にか俺を頭が割れそうなほどに大きな叫び声達が囲んでいる。





その靄は何もしないまま俺を見下ろしている。






靄の奥底その目は、





何処までも冷たく、








黒い二つの瞳がただ、悲鳴と共にじっと俺を見つめていた。










すると、次の瞬間には息を荒げながら三角の天井を見上げていた。



慌てて布団をどけて、体を確認する。


_変わらない。


普段と変わらない俺の体がそこにはあった。




俺の声だけが響く静かな世界で、よく知った人たちの叫び声がいまも頭に響いているような気がした。




_はじめと何も変わってはいなかった。




確かに声は聞こえた。


_そんな気がした。




それでも階段も、台所も_あの部屋も、何もかもがそのままだった。




____。





_俺は、まだここにいる。

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