2.朝 悪夢

ある日いつものように目が覚めると、家の中には誰もいなかった。


家はやけに暗く、微妙な月明かりのみがそこらを照らしていた。


ほんの少しの違和感と不安を抱えながら俺は一階の方へ降りて行った。


足を踏み出すごとに、階段がギイギイと音を響かせる。


一階まで下りた俺は、いつも祖父母のいるその部屋の扉に手を掛けた。



_ひんやりとした金属の感触が指先から伝わってくる。



何気ない行動だった。


いつも通り、そこには祖父母がいて何気ない会話をする。


そう思っていた。



でもそんな現実はなくて、そこにあったのは_、



_これが俺の覚えている、この状況の始まりだ。



あれからあの部屋に入ったことは、数えるほどしかない。


初めのうちこそ、信じられずに何回もあそこへ行った。


そしてそれと同じ回数、俺は自分の部屋で目を覚ました。


目を覚ませば、何事もなかったような景色がいつもそこにあった。



一体、何回繰り返しただろうか。



俺は再び同じ布団の中で目を覚ますと、赤い陽に照らされながら体を起こす。


目を覚ました俺は一言も発しないまま、自分の部屋、屋根裏部屋から下へ降りていく。


一階まで階段で降りていくと、祖父母の部屋がすぐ正面に現れるが、俺は逃げるように足の向きを変え台所へ向かう。



そしてやかんでお湯を沸かすと、カップラーメンへお湯を注いでいく。


別におなかがすいているわけでも何でもないのだが、こうでもしていないとおかしくなりそうだった。


最初の頃は料理もしようとしたが、携帯が圏外になっているのを確認して諦めた。


電気、ガス、水道が問題なく使えることだけがせめてもの救いだ。


これがなければとっくに狂っていただろう、或いは_。



カップラーメンを食べ終え台所を後にしようとすると、ふと包丁が目にとまった。


_いつだったか、あれを自分に突き立てた時があった。


階段の一番上から飛び降りたりもした。


ロープを首にかけたり、家に火をつけたりもした。


それでも、俺はまだここにいた。


そんなことを思い出しながら、俺はほんの少しだけ口角を上げると台所の扉を閉めた。



台所を出た俺は、自分の部屋に戻ると着替えを持って脱衣所という名の廊下へ向かう。


服を脱いで洗濯機に突っ込むとシャワーを浴びる。


冷たい空気の中、何も考えずに好きなだけお湯を浴びると、何もかもを忘れられるような気がした。



俺はさっぱりとした気分でシャワーを浴び終えると、自分の部屋へ戻り、何度も読んだ本を読み返す。


そのように時間を潰していれば、やがて日は沈み、部屋は暗くなる。




そうして気が付いたころには、俺はまた息を荒げながら、三角の屋根を見つめていた。


息を整えた俺は、再び無言のまま台所へ足を向ける。

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