第16話 貫く剣は贖罪の証(7)


 理志は地面に座り込んでましろをみる。こうなってしまえばイベントであるがために理志はお手上げである。二人の雰囲気というのか、なんというか。まるで物語ゲームの画面を眺めているようだ。

 理志はため息をついた。ましろの代わりに近づいたらと考えていたものの、現実は甘くない。こんなことになるとは想定外である。対策を講じないと、物語ゲーム通りの結末で終わってしまう。

 ましろはユージンの誘導で黒茨の蜷局に見事に辿り着き、手を伸ばしたところ黒茨は塵のように拡散した。そうして現れたのは折れた剣の山だ。殆どが錆びているのか変色して積み重なっている。ましろがそのうちの一つを手に取ると、慣れたように口を開く。


「貴方の剣を貴方にお返しします、マーニャ。どうか月の元で安らかにおやすみください」


 そう告げた瞬間、剣が淡い白い光を発して透き通った一人の老婆の姿に変わる。彼女はましろに向かって綺麗な微笑みを浮かべたあと、まるで白昼の月に溶け込むように消えた。カルネヴァムはそれを興味深そうに観察しながら告げる。


「あれは、返還の儀だね」

「はい、あれは確かに酷似しています。それに文言も」

「へんか……?」

「返還の儀?」


 トゥーリとイオリがそう首をかしげる。カルネヴァムはそれを聞いて首をかしげる。


「箱庭にはない文化かな?」

「はい」

「……『剣人クシウス』が死んだ時に、折れた剣を『鞘人コリウス』が『剣人クシウス』に返す行為のことです」


 理志はルジェの説明を聞きながら、物語ゲームの設定を思い起こす。『剣人クシウス』の剣は『剣人クシウス』の魂そのものだ。剣が折れてしまえば体は死ぬが、その魂は折れた剣に宿り続けるとされる。その魂を体に返し、輪廻の輪に戻す――すなわち、魂的にも死を迎えるための行為である。現在は剣を持つのは騎士だけとされていて、騎士であれば王族が返還の儀を行うのだ。こんな事態が起こる可能性は少ない。そうして、その後には王族が宿す薔薇の花だけが残る。

 ――ましろがそれを行うと、白い薔薇が現れるから。物語ゲームの中では、この光景を見た人間が少なすぎて、助けたという印象ではなく、忌ま忌ましい黒茨を魔女の証しである白薔薇にかえたと糾弾される事態が起こるのであるが。

 イオリが剣の山を遠目で見て眉間に皺をよせた。


「では、あの剣の山はいったい……」

「……あの街の人だろ」


 理志はそう言って頬杖をついた。イオリがえ? と小さく声を上げる。


「あり得るね。昔はあの街の人も剣を取り出されてたし、その辺りがどうなったかはわかりかねるね。ルジェ、魔女の件があった後、街の人にたいして返還の儀が行われたかい?」

「いいえ。そのいっさいを王やエレーナ王女が禁じましたから」

「興味深いね。あの黒茨の正体は返還の儀を行っていない剣だった説が現れたよ」


 イオリが困ったように眉尻を下げる。


「『剣人クシウス』の葬列……返還の儀であるならば、家人を付き添わせるべきなのではありませんか?」

 少なくとも、箱庭ではこう言う場には家人が必ず立ち会います。

 イオリの言葉に、理志は目を瞬いた。そうだ、そうである。そうしたらいいのだ。この光景を見る人間をさらに増やせばいい。こうやって、こっそりやっていたから、増えた白薔薇やましろののちの行動に魔女の再来と言われただけで。街の人の前でやれば、それは恐らく聖女の奇跡になる。

 理志は立ち上がるとイオリの肩を叩いた。


「いいこと言うじゃん、相棒!」

「え?」

「ましろ! 家族を連れてきたりしなくていいのか!?」


 その問いかけに、ましろが振り返る。それいいかも! と手を叩いて、見えない何かに確認するように宙を見上げている。


「しかし、あの量だと全てに家族がいるかどうかも怪しいですが……」

「ここにたくさんあるんだし、街の人なら誰がここに捨てたかもわかるんじゃないかな」

「あの街の人が理解しているのなら、それが原因だと報告があがるのでは?」

「報告できると思うのかい?」


 ルジェの問いかけにカルネヴァムはそう問いかけなおした。ルジェは黙り込む。この国――特に王都の雰囲気的に報告は恐らくできない。していたとしても、ルジェや騎士団長の耳に入る前にことになっていだろう。


「僕、知らせてきます」

「いや、橙色を着る君やルジェが行かない方がいい」

「俺役に立ってないし、俺が呼んでこようか?」

「理志様、貴方だと取り囲まれて時間を浪費します」

「トゥーリが行く!」


 トゥーリが、はい、と手を挙げた。いいのかい? と首を傾げたカルネヴァムにトゥーリは刻々と頷いた。


「みんなのお父さんとか、お母さんに会えるかもしれないってことでしょ!」

「……そうだね。君のお友達にとってはそうだ」


 カルネヴァムはそう頷いて、頼めるかい? と尋ねた。トゥーリはしっかり頷いて、ましろに向かって「聖女様、待っててね!」と叫ぶ。ましろは頷くと、待ってるよ、と手を振った。

 理志は街に向かってかけていくトゥーリを見送ると、カルネヴァムに声をかける。


「トゥーリの親はあそこにはいないのか? カルネさんの子供っていうわけではないんだろ?」

「確かに私の子供ではないね。なんやかんやと今面倒を見ているのは私だけども。この国の、仲がいいのさ。母親はあそこにいるかどうかはわからないが答えかな」

「父親は?」

「さぁ?」


 イオリの問いかけにカルネヴァムは首を傾げた。理志はその様子を不思議そうに見る。物語ゲームの中では確かに両親の話は不明なままだ。確か理志も前世むかしに不思議に思っていた。理志の前世にいた姉曰く、ましろの騒動が終わったスピンオフの小説でわかると言っていた気がする。

 ルジェはため息をつくと、上着の内ポケットからペンのようなものとメモ用紙のようなものを取り出した。カルネヴァムがそれを見て、ケラケラと笑う。


「なんやかんや、君って真面目でマメだよね」

「役人としての責務です」

「何すんの?」

「昔は街の剣人も剣を取り出しましたから、誰がどういう剣を持ったのかという剣人名簿というものが存在したのです。俺が所持している登録名簿と照らし合わせます。多くが生きたままになっていますからね」

「ルジェさん忙しそうだし、俺が手伝おうか? って言いたいけど、文字が読めないんだよな」


 理志はルジェの持つメモを覗き込んで告げた。何かが羅列しているが、それがどう言った物かは分かりかねる。カルネヴァムがぽんと手を叩いた。


「ああー、そうか、聖人様は異世界から来たからわからないのか」

「ではお二人には教養の時間を設けた方がいいですね。文字は読めた方がいい」

「ああー……ジャンヌ・ダルクみたいになる可能性があるからか」


 理志はそう言って苦笑いする。異世界まできて勉強かよ、とは思わなくもない。文字が読めないあたり、トリップというご都合主義でどうにかなるわけではなさそうだ。


「ジャンヌ・ダルク?」

「俺の世界で二百年? もっと前か? まぁ、随分と昔に救国の聖女とか魔女とか言われた人だよ」

「真反対じゃないですか」

「彼女の祖国にとっては聖女、敵国にとっては魔女と言われてて……まぁ、彼女の祖国が戦争に負けて捕まったんだけど、文字が書けるけど読めなかったから騙されて自分の処刑を了承する書類にサインして処刑されたっていう……」


 そこまで理志は告げてから、気づく。恐らく地雷のような話である。ちらりと三人の様子を窺えば、イオリはその話にショックを受けたようで、そのようなことが許されるのですか、と理志に告げる。ルジェは表情ひとつ変えずに頷いた。カルネヴァムは口をへの字にしているのが見える。


「酷い話だ。うん、とても酷い話だね。でも、許されるかどうかは別として、戦争の後なら納得はできる」

「え?」

「戦争なんてお互いが正義を掲げるから、負けた方がだいたいは悪にされる。それが英雄や聖女と言った正の象徴であっても、負けただけで逆転するんだ。箱庭が珍しいだけだよ」

「そうですね。……貴方達がその方の二の舞にならぬように最低限の読み書きは学ぶ手配をしておきます」

「ルジェさん忙しいんだろ? 手配してもらわなくても、適当にイオリとかに聞くけど」

「ご心配には及びません。全ての業務は円滑です。貴方達のことなどほんの些細なことです」


 理志の言葉に、ルジェはそう言って初めて少し微笑んだ。無表情な人間がこうやって笑みを浮かべるところがきゅんポイント、とは理志の前世にいた姉の発言である。理志は優秀だなぁ、と言葉をこぼす。まぁ、裏を返せばルジェが抱く計画にとっては理志はほんの些細なことだと言うことだろうが。

 理志がもう一度ましろを見る。ましろはユージンの陰に隠れて見えなかったが。



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