第15話 貫く剣は贖罪の証(6)


 目が死んでいる。

 理志がユージンに抱いた第一印象はそれだった。影の様だという印象よりも、瞳だけが緑色で目立つのだから、そちらに目が行ってしまったのだろう。『物語ゲーム』でみるイラストよりも、みるからに精神が不安定そうな男である。どうして、としきりに呟くユージンは元居た場所では不審者とされるに違いない。現物を見ると、これをどうにかできるとは思えない。イオリも若干怖いのか、一歩下がってしまっている。そして、ルジェの醸し出す雰囲気も悪い。ましろが帰ってきてからの支度を命じられたチェリッシュがこの場にいれば、空気は余計に悪かっただろう。カルネヴァムは気にしていないようであるが、トゥーリが固まってしまっている。

 理志はこそっとましろに耳打ちをする。


「ましろ、ましろ、どうやって仲良くなるんだ?」

「うーん」


 ましろはそう言って考え込んだ。好きなものの話をしてみるとか? とおもってみたが、今の精神状態をみるに、決してそんな状態ではなさそうだ。ちらりとましろがユージンを見てみたが、彼の視線はましろとかちあうことはなく宙を彷徨っている。


「つきました」


 そう言ったルジェの言葉に、ましろと理志が足を止めた。

 そこには確かに黒い茨の蔓が城壁にへばりついて、その蔓の一部が何かを囲むように蜷局をまいていた。なんというか、その蔓が全体的に大きい。その様子は、お姫様が眠りにつく昔話に出てくる城を囲む茨を思い起こさせる。それが、真っ黒に変色しているのだ。あたりには、ちり、ちり、と粉雪のように黒い何かが周りに舞っている。どうみても、触ってどうにかなるようには見えなかった。


「珍しく魔物がいないね」


 カルネヴァムが周りを見渡しながらそう告げる。通常であれば行く手を阻むように魔物が現れることが多いのに、この茨の周りには魔物一匹いない。しかし、それをユージンが否定した。


「いいや、違う。ここの魔物は地下にいる」

「地下?」

「近づくと地上に現れるが、茨に近づかない限りはなにもしてこない」


 そう言ったユージンに、カルネヴァムが「お行儀がいい魔物だね」と返答した。理志はそんな問題じゃないだろ、と思ったが。

 さてはて、これはどうしたものか。理志はそう思いながら茨をみる。特にこういう考えも浮かばないが、確かあの蜷局をまいっている場所には捨てられた剣たちが山のようにあるのだ。それも、ただの剣じゃない。『剣人クシウス』達であった剣だ。理志はましろをみおろす。ましろはじっとその蜷局をみつめていた。そうして、何かに問いかけた。


「何がひどいのですか?」


 ましろがそう告げた瞬間、理志の耳にもノイズのようなモノが聞こえだす。それはひとつではない。複数だ。ザアザアと複数のノイズが何重にもなって聞こえる。理志は顔をしかめて耳を防いだ。


「聖人様?」

「すげー音がうるさい」

「俺たちには何も聞こえませんが」


 理志はましろを見る。ましろは何かを聞いているようだった。そうして、一歩、その茨に近づく。その瞬間、周りの土が盛り上がり真っ黒なオオカミのような化け物が飛び出してくると、ましろに襲い掛かる。まあ、その牙や爪が届く前にユージンが剣を抜きその化け物を切り裂いたが。しかし、それもすぐに復活するようだ。化け物はまるで影のように再びくっつくと、仲間を呼ぶかのように不快な遠吠えをした。その瞬間、あちらこちらで薔薇の近くにある土が盛り上がり、狼のような何かが姿を現す。


「君も死にたいのかい?」


 ユージンがましろを見下ろしたが、ましろの視線は荊に向いたままだ。


「いいえ。ごめんなさい、でも、あの場所、たくさん誰かいます。積み重なって」


 理志も茨をみる。理志には特に誰かいるようには見えない。が、茨の影が人の形をしているのがわかる。それも、一人ではない。ましろが言うように、人が積み重なっている。

 理志はそれを理解した瞬間、気持ち悪くて鳥肌がたった。影ではあるが、まるで歴史の授業で見なければいけなかった戦時中の映像だ。

 茨の影が積み重ねられた死体の山のように蠢いている。


「気持ち悪っ……」


 そう理志は告げたことを後悔した。何故なら化け物達はましろではなく理志を見たからだ。ノイズがひどくなる。イオリが警戒しながら聖人様? と尋ねたが、理志は気にかけることはできかねた。耳鳴りもひどく、声や周りの音も聞こえかねる。しだいに理志の意識は朦朧としていた。あまりの気持ち悪さに吐き気もこみあげてくる。


「理志くんに意地悪しないで」


 不意に、ましろがそう言ったのは理志には聞こえた。その瞬間、聞こえていたノイズも耳鳴りもスッと止んだ。ノイズは理志に向けてではなく、ましろに向かったらしい。化け物達はもう一度ましろを見た。ユージンはましろを見下ろす。周りもましろをみた。ましろは真っ直ぐに茨の蟠を見つめていた。


「――あそこに、何かあるのですか?」


 そうルジェが問いかける。


「あそこにたぶん、たくさん人がめちゃくちゃいる。いるっていうか死体みたいに積み重なってる」

「人の死体?」

「私たちには何も見えないけど」

「……正しくは、朽ち果てた剣がたくさん積み重なっています」


 ましろはそうつげる。黒い半透明の茨の下には剣が積み重なっているだけなのだ、しかし、それは人にも見える。


「剣」

「ユージンさん達と同じだとは思うのですが」


 ましろはそう言って困った顔をした。


「俺たちと……」

「恐らく、名を呼んであげれば良いのだとは思いますが、近づかないことには……」


 ましろの耳には叫びのようなものがずっと聞こえている。大人の声も子供の声もする。どうして。酷い。辛い。痛い。何で。悲しい。なくなればいい。そんな言葉の中に、名前を呼んで、と微かに声が聞こえたのだ。


「名を?」

「はい。しかし、私一人ではあそこまで辿り着けません。力を貸してくださいませんか?」


 そうましろがユージンを見上げる。まっすぐな青い眼に、ユージンは目を大きく見開いた。

 やっぱり、あまりにもユージンの記憶の中にいる魔女とそっくりで。

 小さく、アンナ、と紡いだユージンに、ましろは困ったように微笑んだ。アンナは死んだ。処刑されて。ユージンが

 普通は人間は蘇らない。それはましろが生まれ変わった先、理志達と暮らしている世界でも、この世界でも同じはずだ。だから、ましろは小さく首を左右に振った。頷けばきっとユージンはましろの言うことを聞いてくれるとはわかっていたけれど。また泣きそうに歪められていくユージンの表情に、ましろはユージンさんとまた声をかけた。ユージンにとっては懐かしさを覚えるような、優しい声だった。


「現時点で私の護衛であるのは貴方だけなのです。どうか泣かずに力を貸してください」

「……わかった」


 ユージンは目を伏せる。思い出を閉じ込めるように。そうしてまた剣を構えて化け物をみた。


「とりあえず、近づけばいいんだね」

「はい」

「俺のそばから離れないでくれ」


 ユージンの言葉にましろはしっかり頷いた。


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