第14話 貫く剣は贖罪の証(5)


 理志の個人的な最有力候補イオリを最後に持ってくるとは地獄か。

 理志はそう思いながら、集められた騎士達を見る。聖人の護衛騎士兼闘技大会の相棒を決めるだけあって、恐らくは集められた全員が優れた騎士なのだろう。見るからに強そうな人が多い。しかも、そのほとんどは年上だとすぐわかる人が多く、あの理志と同い年くらいの青年はイオリと呼ばれている青年しかいない。あたりを伺えば最後のほうにイオリが待機しているのが理志には見えた。

 理志はそばに立っているルジェを見上げる。ルジェは辛抱しろといわんばかりに理志をちらりと見下ろしただけで、特に何か話すそぶりを見せるわけではない。

 ――ルジェにはとりつく島がない。

 理志はそう思い、隣に座る王に声をかけた。


「王様、俺が思うに、優れた年上は貴方の護衛にして、同い年くらいの人を俺の護衛に置いた方がいいと思うんですよ」

「そうもいかんよ、聖人は国の宝だからな。護衛に手を抜くことはできかねる」


 そう言った王に理志は何とも言えない顔をした。同じ聖人であるというのに、ましろと理志の扱いの差である。と、理志は一瞬おもいはしたが、よくよく考えて納得した。ましろの護衛についたユージンはいろいろな問題面を持ってはいるがそもそも武力面ではこの国では一番なのは間違いがない。理志自身が一応「聖人」扱いなのだから、本来なら理志にはこの国で二番目の騎士をつけるべきではあるのだろう。ルジェによって集められた騎士は、どれもユージンには敵わないが二番目と噂されるような騎士たちである。

 王は椅子の手すりに片肘をついて、理志を見た。


「理志よ、ほかに理由は?」

「俺の気も楽です」


 理志の本音である。恐らく建前を並べるより、率直に本音を告げた方が早い。

 ただでさえ主人公であるましろの周りは『転生』と『異世界転移』の関係上、基本的に年上しかいないのである。協力を要請するにも、年上には頼みづらい。だから、理志は同い年くらいの人が相談相手としてほしかった。同い年くらいの味方が欲しかったのである。

 理志の言葉を聞いたフューネ王は驚いたあと、ケラケラと笑う。それは傲慢な王というよりは子供が笑うようなあどけない笑みだ。ルジェが珍しいものを見たと言わんばかりの表情を浮かべている。


「確かにそうかもしれんな。俺も昔はそうだった。城にいる年上に囲まれるのが窮屈で、騎士団にいる同い年ぐらいの奴らとつるんでいたものだ」


 どこか、懐かしさを抱いているような。感傷に浸っているような。フューネ王はそんな眼差しで騎士たちを見つめる。しかし、その感情をフューネ王は目を伏せて閉じ込めた。そしてどこか真っ直ぐな目を理志にむけた。夕焼けのような橙色の瞳ではあるが、それはどこかましろに似ている。


「理志よ、お前は俺と似てるかもしれんな」

「え?」


 反射的にどこが? と聞き返さなかったことを理志は自分で自分をほめたくなった。なぜなら、物語ゲームでこの王は我が儘を超えた傲慢で、そして好戦的な人物だったからだ。理志は決して自分が我が儘でも傲慢でもないと思っているし、好戦的でもないと思っている。だから、似ているといわれてもいまいちピンとこない。


「お前に何か意志があるのであれば、周りの言葉を聞く耳をもたぬほうがいい」


 フューネ王は呟くようにそう告げると立ち上がる。理志は真意を確認しようと彼を見上げたが、フューネ王にはそれ以上言葉を交わす気はないらしい。騎士たちに向かって、イオリはいるか、と大きな声をかけた。すると後ろの方にいた青年が駆け寄ってくる。深い茶色の髪を一つ結びにしたパッツン男子はまごうことなく理志が希望した――イオリという名の青年だった。


「はい、ここに」

「お前が聖人様のおもりだ」

「え、しかし、」

「文句はあるまい、私の命令だ。逆らうか?」

「……いえ」


 フューネ王の言葉にイオリと呼ばれた青年が首を左右に振った。ざわついていた周りの騎士達も、フューネの言葉を聞いて緊張したように静まっている。フューネ王はすぐに命令を告げる。


「橙の部隊を再編する。お前たちは俺に続け。ルジェ、お前は聖人二人を護衛と共に黒茨に連れていけ」

「……かしこまりました。先に済ませるべき執務は机に順に並べております。私が戻るまでにお目通しを」


 ルジェの言葉を聞いているのか、聞いていないのか。フューネ王は返事をせずに騎士達を引き連れてその場を後にした。理志はその背中を見送る。そうして、不満げにルジェをみた。


「ルジェさん、なんで最後にしたの?」

「最後まで見ないと騎士たちの反感を買うのは貴方です。形だけでも全を見て1を選んだ方がいい。だから俺は一番はやく決めるために、最後にイオリをもってきただけです」

 王があのように言うとは想定外でしたので。


 ルジェの説明に理志はなんとも言えないような顔をした。確かにルジェの説明は理にかなっている。全部を見てから決めるのと、途中や最後に決めるのでは確かに不満を抱く率は変わるだろう。

 それに、王の行動は理志にも想定外だ。物語ゲームでは傲慢で好戦的な王――所謂悪役というだけで、詳しい描写はあまりされないのである。多くのルートで王国は崩壊する。物語上の因果応報とでもいうのか、恐らく多くのルートで王は死んでいると思われるのだ。そんな人物が、周りの聞く耳を持つな、とはどういうことだろうか。絶対的だからこそ、傲慢だからこその言葉だろうか。

 理志は少し小難しい顔をして見せたが、すぐに考えるのをやめた。こう言うことはゆっくり考えるべきで、今はましろと合流するべきだ。恐らく合流するまでにもいろいろなイベントやフラグがたっているはずである。

 理志は頭をガシガシとかいて、ルジェとイオリを見た。


「あー、まぁ、とりあえず結果オーライってことで。よろしくな、えっと、イオリだっけ?」

「イオリ・オオクダです、聖人様」

「……敬称なし敬語なしで行こうぜ。同い年ぐらいだし。俺は理志・長佐。よろしく、というか本当によろしく頼む」


 理志が握手のために手を差し出した。イオリは少し不思議そうにそれをみたが、何か思い当たったらしい。するりとまるで王子が姫の手を取るように、理志の手を取った。理志は思わずその手をのけた。手の甲に忠誠のキスなど望んでいない。


「違う違う、そうじゃない。握手」

「握手、ですか?」


 不思議そうにしたイオリに、見かねたルジェが口を開く。


「箱庭にはない文化ですかね。握手というのは友好的にしましょうという挨拶です」

「友好的な……」

「一般的に――」

「説明はややこしいな。はい、イオリ、手を出す」


 理志がそう言えば困惑しながらイオリは手を差し出した。理志はその手を取って握手すると二、三回上下に振ってから手を離した。ルジェが何とも言えない顔をしてみているが気にしないふりである。


「これが握手。よろしくな、の挨拶だよ」

「なるほど……」

「同い年くらいだし、敬語なしでいこうぜ、相棒」


 理志はそういってイオリの肩をたたく。なんと友好的な聖人なのだろうか、と、イオリは困ったように口を開いた。


「善処します……貴方は聖人様ですので……」

「善処じゃなくていいんだよ」


 イオリの言葉に理志は不服そうに告げる。しかしながら、イオリたちにとって聖人は敬う立場であり、自分のような『箱庭』出身の騎士がため口を聞けば周りがどういう視線で見てくるのかなど、イオリはよくわかっていた。しかし、敬う立場の人から言われた言葉を断ることも出来かねる。イオリは困ったように眉尻を下げて理志をみた。その様子はさながら尾を下げて飼い主を見つめる仔犬である。理志もルジェも同じようなことを考えたが、ルジェは口を出さずに理志に声をかけた。


「聖人様、聖女様の元へ向かいましょう」


 その一言に、理志は思考を切り替えたらしい。今すぐ行こう、と二人の手を引いて歩き出す。まぁ、場所がわかっているのかとルジェに聞かれて理志は足を止めたのだが。




 理志が物語ゲームで見た景色よりも、その街は随分と寂れていたし、街の外と中を隔てる壁は高い。まるでベルリンの壁だ。往来は基本的に騎士団や行商だけのようで、出入り口にあたる門には騎士達が警備をしている。

 騎士達に門を開けてもらい、中に入ると、なるほどどう見ても貧民街である。

 騎士達に物をこう大人や子供、路上にほったらかしの病人、どれもぼろぼろの服を着て理志達を眺めている。昨日とは違い寄ってこないのは剣を刺し、橙色の騎士服――王の護衛騎士の服をきたイオリがいるからだろう。恐らく、ここの住民は橙色を着た騎士達を怖がっている。ここに追いやった関係もあるのだろうが。

 ルジェはそう思いながら理志を見る。昨日の聖女は常に不安や悲しみといった感情を表情ににじませていたが、理志はそうではない。ただ、淡々と――というよりは、王都の景色を眺めているときと同じような反応だ。


 三人がそんな寂れて廃れた街を進むと、枯れた植物に覆われた屋敷があらわれた。どこか忌ま忌ましい雰囲気のある館である。理志がその屋敷を見上げていれば、イオリが口を開いた。


「これが黒薔薇の……」

「黒薔薇?」

「ああ、えっと、ここは黒薔薇の騎士団員や兵達が寝止まる場所なんです」

「黒腐病の巣くつですよ」


 イオリの説明に、ルジェがそう告げる。黒腐病、と理志が繰り返せば、イオリは理志に説明をする。


「全身が黒く変色しながら脆くなり、腕や足が腐れ落ちたりする病です」

「うわ、想像しただけでやばいな」

「聖女様はうつらないとおっしゃっていましたが」


 ルジェの言葉に、理志は確かにそうであると頷く。が、うつらないと理解していても、もげる様子は想像したら怖さを感じる。ましろがうつらないと宣言しているのなら理志も宣言するべきなのだろう。俺も映らない思います、と理志が答えれば、イオリが不思議そうな顔をした。うつるというのがこの国においての一般論だからだ。

 ルジェが近くにいた騎士に門を開けさせていれば、枯れた植物が生えた庭の方からチェリッシュに手を引かれたましろが現れた。その後に続いた長身でぼろぼろの男――カルネヴァムと、子供――トゥーリにルジェがなんとも言えない顔をしたが。ましろが理志に気づいて、ぱぁっと表情を明るくするのが見える。推しが今日も可愛い。近くに桜がいれば、理志は恐らく今の表情を見たかと自慢したいくらいだった。


「理志くん!」

「ましろー、無事かー!?」


 そう言って理志がましろに駆けよれば、ましろは刻々と頷いた。まぁ、近くにいたチェリッシュが間髪を入れずにつっこんだが。


「聖女様! どこが無事なものですか!」

「何かあったのですか」


 あまりのチェリッシュの剣幕にルジェがそう尋ねる。カルネヴァムが口を開いた。


「ユージンが聖女様を殺そうとしてね」

「は?」

「彼女を殺したら死ねると思っていたようだよ。誤解は解いておいたけれど、聖女様の近くにユージンを置くことは賛成できないかな」

 まぁ僕は爵位も役もないからそんな権限なんてないのだけれど。


 カルネヴァムの言葉にルジェは見るからに嫌悪感を滲ませる。あの男は、と呟いた声のトーンはかなり低い。理志はましろをみた。ましろは眉尻を下げて困り顔である。

 ――それは間違いなくイベントである。理志が知る限りおそらく分岐は二つだ。

 ましろが目を瞑ることを選択すると咄嗟に周りが庇い、もしくは自分で避ける選択をして少し怪我をするという分岐である。理志が見た限り、ましろは怪我をしていないので周りが庇ってくれたのだろう。

 さてはて、ここで、だ。

 怪我をしていればチェリッシュにより部屋に閉じ込められるorルジェにより彼の側近としてしばらくそばにいることになる、というちょっとした好感度上げイベントが現れたりする。しかしながら、ましろは怪我をしていないのでそれらは関係がない。

 ということは、このままいくと、ましろはユージンと闘技場に参加するのだろう。下手をすればこのままユージンルートに突入である。その先で主人公ましろは。

 理志はその先の結末エンドを思い浮かべて眉間に皺を寄せた。ユージンにとって幸せであっても、果たしてましろにとって本当に幸せなのかはわかりかねる。いいや、本人が救いだと思っているのならばそれは幸せなのかもしれない。

 何はともあれ、ましろがどうしたいかわからなければ理志も行動を移せない。未来ルートが確定しなければ段取りが難しすぎた。桜がその場にいれば「無計画」と言われるだろうが、理志がそうなってしまっているのは桜のように事前準備に何カ月も何年もかけれなかった部分も大きいだろう。

 理志はましろに尋ねる。


「ましろ、ましろはどうしたいんだ?」

「私はきちんとユージンさんとお話をするべきだと思う」


 ましろはそういって理志を見た。その目はまっすぐで、決意を固めているのだと理志にはすぐにわかった。何度もスチルや公式イラストで見た、ゲームの主人公の目だ。ましろの言葉を聞いて、チェリッシュが首を左右に振った。


「聖女様、そんなことをするべきではありません。あれは先程からなん度も告げたように狂っています。こちらの話が通じません」

「でも、泣いていました。あの方はずっと泣いています。その理由が……」


 ましろはそこで口を噤む。

 もしも自分の前世が原因であるのならば、それを解決するべきなのだと。そんなことを言ってしまえば、自分が魔女なのだといっているようなものになるのでましろは決して口には出さないが。チェリッシュがすぐに言葉をかけるかと思えば、ルジェが口を開いた。


「理由は聖女様に関係ありませんよ」

「でも、何か彼の役に立てるかもしれません」

「……貴方が根からの善人なのか、偽善者なのかはわかりかねますが。あまり彼に首を突っ込まない方がいい。無力な貴方は殺されるのが落ちです」


 バッサリとまぁ。理志は苦笑いをする。ましろはその言葉にしょんぼりとした。なので、理志は声をかける。いつものように、明るく笑って、励ますように。


「大丈夫、大丈夫、俺がついてるし」

「そうだ! 僕たちもついてる!」


 理志とトゥーリの言葉に、ましろは嬉しそうな表情を浮かべたが、ルジェはため息をついた。


「聖人様にしろトゥーリにしろ、論外ですね……そもそも、トゥーリ、貴方はここに来てはいけないと告げたはずですが?」

「大丈夫! 今日は一人じゃなくて、師匠と一緒だから!」

「……カルネ」


 トゥーリの言葉にルジェはカルネヴァムを睨む。カルネヴァムは気にしていないが。


「一人ではダメなんだろう? 私がいれば、二人いることになるから大丈夫だよ」

「それを揚げ足取りというのですよ。第一、貴方にこの地区に出入りする許可をだした記憶もありません」

「君が忙しすぎたから、ラディアント卿にしてやられたんじゃないかい? 私はきちんと形式に沿って許可をもらったよ」


 カルネヴァムの言葉にルジェは目頭をほぐした。カルネヴァムという人物と、ラディアント、次いでハウウェルの三人が屈託すると面倒なことしか起こりえないからである。そもそもカルネヴァムはおとなしくしておいてほしいというのがルジェの本心だ。カルネヴァムはそんな内心に気づくことなく、「国王直属の護衛騎士の制服だね」とイオリをじろじろとみている。


「えっと……」

「彼は聖人様の護衛ですよ。それで? 貴方たちは何をしに?」

「いつも通り、黒腐病の診察と薬草を採りにね。君は? 君がここに来るのは珍しいだろう?」

「王より聖人様達を黒茨に連れて行くようと」

「黒茨?」


 ましろは首を傾げた。ましろ――アンナがいたころにはそう言ったものは王国内での発見例は少なかった。いや、正しくはそう言ったものの発見例は少なかった記憶がある。

 ましろの問いかけに、ルジェはうなずいた。


「はい、黒茨は今やこの王国の多くの土地に発生しています。その茨には魔物が寄ってきやすいのです。発生源ではないかとも言われています」

「魔女の呪いだっていう噂もあるんだけれどね、残念ながら確証はないね」

「……いまやそれが一般論ですがね」


 カルネヴァムの言葉にルジェが眉間にしわを寄せて告げた。理志が伺うようにましろをみたが、ましろは小さく首を左右に振った。ましろにはもちろん心当たりなどない。話を聞いていたトゥーリが不思議そうに首を傾げた。


「でも、師匠、なんで聖女様をつれてくんだ? ふつうは黒茨には騎士団がいくんじゃないのか?」

「昔話にね、聖人様が浄化した話が残っているんだよ」

「昔話?」

「聖人の話を教えていないとは、教育に偏りがあるのではありませんか」


 そう言ったチェリッシュに、カルネヴァムは「話してなかったっけ?」と考え込む。トゥーリが刻々とうなずいた。理志が俺たちもわからないけど、と手を挙げる。


「簡潔にいえば、聖人が戦争をとめた逸話があるのですが、その中に出てくる話ですね。貴方たちの前にも聖人がこの世界にいらしたことがありました。その聖人が――」

「ルジェ、君ってどれを話そうとしてる? 原典、宗教としての教典、騎士達の教典、平民の子供向けにあつらえた話。あれには派生があるだろう?」

「それを細かく把握しているのは貴方だけですよ。俺はあくまで宗教的な話と騎士の教典しか知りえません。原典など、王族とごく一部の人間しか読めないでしょう」

「そうだっけ?」


 カルネヴァムの言葉に、ましろと理志、トゥーリは首を傾げた。理志の『物語ゲーム』知識では、この話はおとぎ話として存在しているように語られていた。というよりは、主人公であるましろが教えられた話がそうだったんだろう。ましろはましろで、そんなに話にパターンがあるとは思っていない。ましろがしっているのは恐らく原典にあたるのだろうが。


「師匠、何がどう違うんだ?」

「興味があるかい?」

「……師匠がそういうってことは、話がながくなるから、ない!」


 トゥーリの即答である。理志は吹き出した。ましろもふふっと笑みをこぼす。トゥーリは告げ口をする子供のように口を開いた。


「師匠はこういった後話し出すと、一時間以上は話すんだ」

「それは困りますね。では、ざっと話しましょう。騎士に伝わる話では聖人には不浄を浄化する力を持つと言われています。聖人が触れるだけで浄化できるとか。しかし、不浄から生まれる魔物にとっては、浄化する聖人は天敵。聖人に向かってくるので、聖人と契約した剣人が聖人を守るために魔物を倒すという話が多いですね」

「なるほど」


 ルジェの言葉に理志はとりあえずうなずいておく。ましろもならってうなずいては見たが、違和感がする。

 ましろが教わったのは、魔物は苦しんでいるから聖人に向かってくるのだという話だ。聖人は魔物の声を聞くことができる。苦しみが分かる。しかしながら、聖人は不浄を浄化する術はあれど、魔物を浄化する術はない。魔物と不浄は少し違う。魔物は誓い――契約を交わした『剣人クシウス』が斬ることによって浄化できる。だから、『剣人クシウス』が斬る必要があるのだ。それに、決して触れるだけで不浄は浄化されない。不浄の原因となる苦しみを取り除かなければならない。

 カルネヴァムが「さすが騎士の話だね」と納得している。そうして、カルネヴァムはましろを見下ろした。


「聖女様はどう思う?」

「ええっと……本当に触れるだけで?」


 ましろが伺うようにそうつげた。理志もどうなんだろうな? と首をかしげる。『物語ゲーム』では触れるだけにも見えているが、不浄に寄り添うシーンというものがあったはずだ。


「言い伝えではそうですが」

「聖人と契約? した『剣人クシウス』がいないけどいいのか?」

「王族は聖人の血を引くらしいし、国王の護衛団の彼がいるなら大丈夫じゃないかい? 現にユージン達は倒して帰ってきているし」


 カルネヴァムはそう言ってイオリをみた。イオリは眉尻を下げる。


「ええっと……」

「カルネ、彼は箱庭出身です」

「ん? ああ、ということは国王に忠誠を誓ったわけではないんだね。じゃあ、黒茨にいくのならユージンを連れて行かないとまずいね。聖女様に会わせるのもまずいけど」

「やはり、もういちど、きちんとお話を」


 ましろがそう言えば、チェリッシュが何か言おうとしたが、ルジェがその必要はありません、と淡々と告げた。


「話をしなくとも、王の命令は絶対です。歯向かえば生き残るだけだとあの男はよく理解していますからね。俺が連れてきます。あなたはこちらでお待ちください」


 ルジェはそういって、庭のほうへ足を踏み出した。

 怖っ。理志は苦笑いをする。このルジェという男はユージンに対する話題の時に感情がなくなる。その理由を理志はよく知っていた。本編にもその絡みの話がたくさんある。

 この男は――いや、チェリッシュもそうであるが――ひどくユージンを憎んでいる。

 不意にルジェは足を止めて、振り返った。


「チェリッシュ、貴方はメイドです。それ以上ではありません。それ以下になりたくないのであれば、聖女様の帰宅後の準備を」


 忠告なのか、釘を刺したのか。チェリッシュは顔をそむけて、申し訳ございません、と誤った。ましろは心配そうに二人を見比べる。ルジェが今度こそ庭に消えたのを見て、ましろは落ち込んでいるチェリッシュの手を取った。


「ルジェさんはああ仰いましたが、チェリッシュさんは私にとって、頼れる方に違いありません」


 ましろのその言葉に、チェリッシュは微笑んだ。


「ありがとうございます、聖女様」

 ――しかし、私が無力なメイドであることは変わりのない事実なのです。



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